86.メガネ君、すごく嫌な予感がする
「ちょうどいいところに。俺もう村に戻っていい?」
いきなりの登場ではあるが、飛び込んできたロダは暗殺者たちの責任者という任を負っている。
これほどこの質問をするにうってつけの人はいない。
「あ? いや、まず俺の話を聞いてくれ。その話は後だ」
ふーん?
俺の話は後回しにして、自分の厄介ごとを押し付けてくると?
それを大人しく聞けと?
ロダは前触れもなくやってきて、さらには俺を名指しした。
明らかに俺に何かをさせるつもりで交渉に来たのだ。姑息にも己の立場が上であることを利用して。有権者の圧を利用して。
だが、姑息ではあるが有効だ。
俺には「聞かない」という一手は打てない。立場が同じリッセに誘われた狩りとはわけが違うから。まあ結局リッセも断り切れなかったけど。
ロダはさっさと空いている俺の向かいの椅子に座り、じっと俺を見つめてきた。
「君は魔物を探すのが得意なんだよな? どうしても探してほしい魔物がいる」
ああ、そういう方面のアレか。
「そんなことないよ。どこでどんな情報を聞いたのか知らないけど、別に得意じゃないし。俺なんかただの田舎の狩人だよ」
「ここでごまかす意味がわからん。白亜鳥の話くらい聞いているぜ。君が探してリッセが殺ったんだろ」
ああ、やっぱりあの一件から連なっているのか。
俺はリッセに言い放ってやった。
「断固として断ればよかった」
「……」
無視かよ。彼女は俺に目もくれずシチューをむさぼっていた。
「断っていても一緒だけどな」
ん?
「君がここにいる理由は、空蜥蜴を狩ったことも含まれている。というか理由としてはそれ一番が大きい」
……ああ、そう。白亜鳥じゃなくてもっと過去の俺の行動からか。
「え、空蜥蜴も探せるの!?」
無視したくせにリッセが割り込んできた。
「なんで言わないの!? 空蜥蜴は白亜鳥の倍以上の価値があるのに!」
え、そんなに価値があるんだ。あのトカゲ。
「まあ納得はできるけど。かなり肉うまいからね」
「肉の話じゃない! 空蜥蜴は希少なの! 珍しいの! 革とか骨とか全部役に立つの!」
へえ、そうなんだ。
「すごくうまいから納得だね」
「だから食う話じゃないって!」
ヒートアップするリッセに、「まあまあ落ち着け」とロダが口を出す。このままじゃ話が進まないと判断したのだろう。まったくその通りだと思う。
「その能力を発揮して、今度の魔物狩りを手伝ってほしいんだ」
ちょっと待って。
「さっき言ったのは冗談じゃないよ。俺はただの田舎の狩人で、魔物専門じゃない。そういうのはそれこそ冒険者の管轄でしょ。あと兵士とか騎士とか」
「戦うだけならな。探すとなると話が違う」
あ、そう……
はっきり言って、アレなんだよね。
「すごく嫌な予感しかしないんだよね」
「ん? なんで? どこが?」
ロダはニヤリと笑い、話を促した。この顔はわかってて言っている顔だ。間違いない。
「まず、ロダが動くほどの案件であること。
とにかく強い魔物を狙うんだろうなって考えられるよね。
もう一つは、表向きは関係を断っている俺に声を掛けてきたこと。
原則として『他人同士』で行くと言っていたのに、それを反故にしてでも俺を投入する決心をしたんだよね。
この二つの理由から導き出せる答えは、――今回狙う魔物は、とにかく普通の魔物じゃないってことでしょ?」
「……」
「とんでもなく強い魔物を狙うとか、人が行けない……長く活動できない土地で短時間で狩りをしなければいけないとか、かなり困難な狩猟となる。そんな話でしょ?」
「……」
ロダは何も言わず、満足げに笑みを深めた。
どれかは当たっているのか、それともまったく的外れなことを言ったのか、いまいちよくわからないが。
……というか、なんか言えよ。ニッコリしにきたわけじゃないだろ。
「ご馳走様」
ふと開いた間を縫うように、夕食を終えたソリチカが立ち上がった。小さめのパンと少なめに盛っていたシチューを完食している。ニンジンも食べている。
「リッセ。今日は君の部屋に泊まるから」
「は? え?」
言うだけ言って、ソリチカはさっさとリッセの部屋に行ってしまった。
「あ、ちょっ……え、何!? なんで急に!?」
ソリチカの突然の行動に戸惑うリッセは、急いで夕食の残りを口に詰めると彼女の後を追っていった。
……うーん。
「あの人、不思議な人だね」
「俺は驚いているけどな。あの女が人に気を遣うとはなぁ……」
あ、やっぱり。
ここから先の話は、リッセに聞かせないために連れて行ったのか。
まあそりゃそうだろう。いきなり人の部屋に泊まるとか言い出したからね。はじめてあんなこと言ったからね。不器用な気の遣い方だ。
「良い師は良い弟子を育てるが、良い弟子も良い師を育てるもんだ。君たちとの付き合いでソリチカにも多少の変化があったのかもしれないな」
元を知らないからなんとも言えないが、まあとにかく、今後とも飯だけはちゃんと食ってもらいたいものだ。
「食いながらでいい。聞いてくれ」
「聞きたくないんだけど」
「ははは。そりゃ無理だな。俺が言えばソリチカから話を通すこともできる。師匠の命令は?」
「聞くのが弟子だね」
「わかっているなら省こうぜ。無駄な時間をよ」
……うーん。これは絶対に逃げられそうにないな。
「先に言うけど、確実に探せるなんて保証はないから。俺が役立たずでも怒らないでね」
「約束する。
向こうも同じ処にいるとは限らない。活動しているんだからな。もし見つけられないなら、相手は目の届かない遠い場所に行ったと判断するさ」
そうあってほしいね。
そしてできれば見つからないでほしい。
凄腕であろう暗殺者ロダが動くほどの魔物だ。
絶対に一筋縄ではいかない相手であるはず。
きっと俺なんかじゃ太刀打ちできないだろうしね。
「――エイル。
ほら見ろ。
一頭で大規模な街さえ滅ぼせるような、強大な魔物の名前が出てきたよ。