84.メガネ君、訓練の終わりにふと思う
――もしかしたら、俺のメガネは世界征服できるんじゃなかろうか。
だいたい一ヵ月ほど試行し、また思考した結論である。
「これで私が教えられる事は全て」
と、例の地下訓練室にあるテーブルに着き、向かいにいる情報系の師として紹介されたソリチカに言われ。
「どう? その『
と、訊かれた答えである。
口には出さないが、俺はそんな可能性を感じていた。
俺のメガネは、たぶんこの世界を征服できると思う。
それと同時に、「俺がこんな力持っても持て余すだけなんだけどなぁ」とも思う。何に使うんだよこんなの。俺には使いこなすだけの器量も野心もないのに。
まあ、あれだよね。
「世界を征服できる」としても、「世界で最強である」わけではない。
どんな「素養」を持とうが、どんな武器を持とうが、使い方を誤れば宝の持ち腐れ。
更に言うなら、身の丈に合わない力は身を亡ぼすって相場は決まっている。歴史もそれを物語っている。
特に「俺のメガネ」は、誰にも知られないことで真価を発揮するだろう。
より一層の情報規制をし、徹底する必要がある。
知られたら、本当に誰かに消されそうな気がするから。
そして、だ。
「もういいの?」
俺を見ているのか見ていないのかわからない、焦点の定まらない視線を向けているソリチカに問う。
淡い色の長い金髪は風がなくともゆるやかにたなびき、焦点の定まらない薄ぼんやりした青い瞳で俺を見つめる二十歳くらいの、ひどく痩せた女性――ソリチカ。
彼女はいつもこんな風に、半分寝ぼけているような雰囲気をまとっていた。
「もういい、とは?」
質問の意味がわからなかったようだ。言い直すことにしよう。
「『俺の素養』をちゃんと知らなくていいのか、って話だけど」
俺なら放っておかない。
俺のような「素養」を持つ者の存在を。
放置するには危険な「素養」だと思うし、俺はソリチカから教えられるばかりで自分の「素養」についてはほとんど話していないし。
つまり、彼女は俺が「どんなことができる」のか、師でありながらちゃんと知らないはずだ。聞かれもしなかったし、俺から話すこともなかったし。
きちんと把握はしていないと思う。
「別にいい」
虚ろな瞳のまま、ソリチカは答えた。
「精霊が嫌っていない。君は邪心が少ない。放っておいても大丈夫」
邪心ねぇ。そんなもんかね。
自分では決して善人ではない気はしてるんだけど。
「それに君なら何時でも殺せる。警戒する理由がない」
あ、こっちが本音か。調子に乗って悪用したら殺すからと。わかりましたー。
こうして、短期間の情報系の訓練が終わった。
ソリチカからいろんなことを学んだものの、教えてくれたことは基礎的なことばかりだったと思う。
きっと、ここから先は自分で学び、「素養」を伸ばせと。
そう言いたいのだろう。
詳しく「素養」のことを聞かなかったのも、そういう意図からなんだと思う。
この一ヵ月で、なんというか……ソリチカは俺と同じ系統なんだな、というのはすごくよく伝わった。
彼女は俺に余計なことは聞かなかったし、言うこともなかったから。
俺と同じだ。
彼女も自分のことをぺらぺらしゃべりたくないし、知られたくもないのだろう。「情報系の素養」を持つ者として。
ちなみにソリチカの「素養」はわからない。
精霊に関する何か、ということしかわからない。俺も聞かなかったしね。
――と言いたいところだが、すでに「メガネで読んでいる」。
彼女は『精霊憑き』というもので、精霊に身体を取り込むことで、人間という枠から超越した存在になることができる。
身体に取り込む精霊によって特性が変わってくるみたいだ。
空を飛んだり、物質を通り抜けたり、水や地面と同化したりするらしい。
初めて見かけた時に光っていたりしたのは、もしかしたら何らかの精霊を取り込んでいたからかもしれない。それも確かめてないわからないけどね。
うん、なんというか、こういう人間から大きくかけ離れた者が暗殺なんて仕掛けてきたら、俺にはどうしようもないかな。
だから彼女は「いつでも殺せる」と、脅しでもなんでもないただの事実を告げたのだ。
……まあ、それはいいか。
「で、明日からはもう会えないの?」
「会う理由がない。私の仕事は終わった」
わかる。
俺もできれば人前には出たくない性分だから、すごく理解できる。
「ちゃんと飯食う? 一人で飯食える?」
「……わからない」
これだ。
だから他人にはあまり関わりたくない俺でさえ、ソリチカを放っておけないのだ。
「とりあえず今日も連れていくから」
彼女はあまり食事をしない。
毎日をほぼ水だけで済ませるという、だいぶ現から離れた生活をしていたようだ。
道理でかなりやせ細っているわけだ。
完全に栄養失調である。最低限は食べていると主張しているが、週一回の食事では最低限にもなってないだろう。全然間に合ってないだろうに。
俺が弟子になって一ヵ月。
晩飯だけは身銭を切ってでも責任を持って食べさせてきた。おかげで初対面では幽霊みたいだった顔色も、かなりマシにはなってきている。
「そんなんじゃ倒れない?」と聞いて「普通に倒れるけど」と返事された時は、物事の大半をスルーできる自信がある俺でさえ、放っておいたらまずいと本気で思ったもんだ。姉とは違うベクトルでダメな人だと思ったもんだ。
一言で言えば、この人は生きる気力がなさすぎるのだ。
「さ、行こう。そろそろリッセの訓練も終わるから」
「……」
黙ったまま動かず、虚ろな目で俺を見るだけのソリチカの手を取り、強引に引っ張る。こうでもしないと動かないから仕方ない。
「――ザント。今日はもう上がるから」
少し離れたところで、リッセを木剣でボコボコにしている小汚いおっさんに声を掛ける。
「――おう。こっちもそろそろ終わりだからよ。お疲れさん」
よそ見をしている間にも、ザントの振るう木剣はリッセの足を捉える。
ただでさえ、もう打たれまくってふらふらなリッセは、ぽこっと足を殴られ強かに転がった。「いったーい」と言いながら。うん、そろそろ限界っぽいな。
手のかかる師を連れ、俺とリッセが借りている家まで連れて帰る。
ここ一ヵ月は体力に余裕があったので、俺は家にある台所を使って夕食を作っている。自分とソリチカ、ついでにリッセの分もだ。
ソリチカをテーブルに着かせて、俺は台所に立つ。
とりあえず、今日で情報系の訓練は終わりらしい。
明日からの身の振り方を考えないと。……明日からは俺もザントの訓練に混ざろうかな。