76.メガネ君、用心しつつも失言する
ザントの話によれば、視覚からなる「素養」は、三つの形態に分けられるそうだ。
「これはあくまでも俺が学んだ形式だ。人によっては納得できる理屈が別にあることもあるだろう。
もし納得できないなら、坊主なりのわかりやすい理論を自分で組み立てて納得しろ」
つまり、ザントが話す理屈と違う、俺なりの解釈も間違ってはいないということか。念頭に置いておこう。
「時に坊主、人間ってのはなんだと思う?」
ん?
「生き物?」
漠然と訊かれたところで、当然答えも漠然となるが。
「じゃあ、そこにある椅子は? テーブルは?」
「物質?」
それ以外言いようがないと思うが。
「――違う。すべては情報の集合体だ」
…………
情報の、集合体?
「まずそれを前提に考えるぞ。
『視る素養』は、基本三つに分けられる。
一つ、視覚から情報を得る。
二つ、視覚から情報を与える。
三つ、視覚から情報を書き換える。
そして一つ目を魔眼系、二つ目を念眼系、三つ目を邪眼系と呼ぶ。
坊主の場合はごく一般的な魔眼系と分類される」
うん……なるほど。
ほかのが非常に気になるけど、聞くまでもなく説明してくれるだろうから、余計なことは言わず言葉を待つことにする。
「魔眼系は、言葉通り視覚から情報を得るものだ。これは説明する必要はねえな? おまえが見ているものだからな」
俺は頷く。「見るもの」の種類はたくさんありそうだが、基本できることは「俺のメガネ」と一緒だろうから。
「次に、念眼系は、情報を第三者に与えるもの――自分の記憶なんかを人に『見せる』とか、そういう力だな」
なるほど、だから「与える」か。
…………
俺の「メガネ同士が繋がっている」というアレは、この系統に属するんだろうか。
馬車の事故に遭ったセリエが「見ていた景色」を、「俺のメガネ」は確かに映していた。あれは……うーん……
まだ気がするだけだけど、「メガネ同士での通信」は可能な気がする。というか、たぶんできると思う。どういう形でできるかはわからないが、これはたぶんできる。俺がやる気になれば。
やる気にはなっているので、あとで試してみよう。
「最後に、邪眼系。情報を書き換える力だが」
そう、それだ。
それが一番気になっていた。
それだけは、言葉を聞いてもどういうものなのか想像もできなかった。
邪眼という言葉は知っているが、果たしてそれが持つ力とはなんなのか。
「見る者を一時的な催眠、睡眠状態にする――正常という情報を、異常に書き換えるものだ」
……あ、そうか。言われてみれば知っているものだった。
「悪魔の目だね?」
「おとぎ話で言えばな」
そう、村の年寄りたちから聞いた昔話とか物語とか、そういうので出てきた悪魔が使う力が邪眼だった。
悪魔の邪悪な瞳は、見つめた者を狂わせるとか誘惑するとか、そんな話だったかな。
よくよく考えると、あれこそザントの言う「情報を書き換える」という現象に分類されるだろう。
「それと、目を見たら石になっちまうって有名な魔物とかな。聞いたことくらいあるだろ? あれも一種の邪眼だ」
なるほど。確かに聞いたことがある。
「本当に実在するんだぜ。かなり希少ではあるがな。だから国は、『素養』を探す選定の儀式を根付かせたんだ。
国を揺るがすような『ヤバい素養』を持った者がいれば、すぐにわかるようにな。
こいつぁ一般論だが、『素養』は魔法という形で表面化することがある。坊主のソレも魔法だし、リッセのアレも魔法だ。そう考えると結構多いだろ?
で、根本的なことになるが、使い方がわからないと使いようがないって『素養』もある。――って、ちょっと話が逸れたか」
わかる。
俺なんかは典型的なそれだと思う。
まさか自分に「メガネを生み出す素養がある」なんて考えることが、日常生活にあるだろうか。
そんなの教えられないとわかるはずがない。
選定の儀式は、生まれ持った『素養』を見出すためのものだ。特殊な加工をした水晶に触れることでわかる。
逆に言うと、選定の儀式を受けることがなかったら、俺は「自分の素養」に一生気づかなかっただろう。
どんな生活していれば「メガネを出せる」なんて発想に辿り着けるんだ。知らなければ絶対にそこには到達できなかったと断言できる。
「まあ、坊主のは邪眼系ではなさそうだから、あんまり関係ねえか」
うん。それはたぶんできないと思う。なんというか、直感でわかる。
ただ、一つ気になることがある。
「俺の『メガネ』は、厳密に言うと魔眼系とは違うよね?」
「そう、そこだ」
ザントは真剣みを帯びた顔で頷く。
「坊主の『
『
これがどういう意味かを考えることが、坊主の可能性の話ってわけだな」
これで、「視覚により情報を得る素養」の大まかな説明が終わったみたいだ。
「こっからは使用者の感覚だのなんだのに左右されるから、俺から事細かに説明できることはねえな。
とにかく、ありとあらゆるものを『見る』ことだ。やっている内に理解も深まる。
そんじゃいろんな魔眼系にできることを教えるから、まずそれを試してみろ」
よし。
……っと、その前にだ。
ザントの話を聞いている内に、どうしても試してみたいことが一つ思い浮かんだ。
人間は情報の集合体。
そして「俺のメガネ」は、情報を「見る」ことができる。
――例えば、だ。
目の前の小汚いおっさんが持っている情報も、当然「見る」ことができる。多くを語るまでもなく、「数字」という形ですでに「見て」もいるし。
ただ、もっと突っ込んだことも、探れるのではないか。
――例えば、そう。
このおっさんの「素養」を知りたいと思えば――
「あっ」
出た。
思い付きでやってみたことが、できた。できてしまった。
「お? どうした? ――あ、てめえ俺のなんかを『見た』な?」
しょうがねえ坊主だな、とザントは苦笑する。
…………
言った方がいいのか、それとも言わない方がいいのか。
…………
言った方が話は早いかもしれない。
これから色々と学んでいく以上、教官役には事情を伝えておいた方がやりやすいと思う。
ただ、一応の用心として、一部隠しておこう。
「今ザントの『素養を見た』んだけど」
と言いつつ、こっちをチラチラ伺っているリッセでも確認しつつ言う。うん、あいつのも「見える」。というかあいつのは「はっきり見える」。
「見えんのか!?」
多分に余裕を含んでいた苦笑が一瞬で消し飛んだ。だよね。これはやっちゃいけないことだよね。……確実に自分の首を絞めそうだから、もう誰にも言わないでおこう。
まあ、それはいいとしてだ。
「いや、『見えない』よ。わからない」
これは本当であり、嘘でもある。
ここを隠しておく。
ただ、『見えないものが見えている』ことは、伝えようと思う。
「何かが書いてあるのはわかるんだ。でも読めない。霧が掛かってるみたいにぼんやりしてるから」
学がない俺が読めないだけ、という話でもなく。
はっきり見えないのだ。
見えるなら書き写して読める人に読んでもらえばいいわけだし。
「……そうか、見えないのか。安心したようながっかりしたような」
うん。
問題はここからなんだけどね。
「――ザントって、『素養二つ』持ってる? 読めない文章が二行あるんだけど」
ザントには隠したが、本当は一つは読めている。
彼は「命中補正」という、何かしらの命中率が上がるという、狩人ならぜひ欲しい「素養」を持っているようだ。
確か師匠がこれに近い「素養」を持っているようで、一度聞いたら「こういう素養もある」と教えてくれた。
ただ、師匠は明言は避けた。
俺も追及はしなかった。
たとえ「おまえは諦めが早いんだよ。もう少し押せば俺は話すぞ? ほら、押せ。諦めずに聞け。……師匠に興味を持て!」と逆ギレされようとも、追及はしなかった。
あの当時は本当に興味がなかっただけだが、今は違う気持ちで聞かなくてよかったと思っている。
まあ、それはさておきだ。
しばらく真顔で黙っていたザントは、ポツリと漏らした。
「俺は『自分の素養』は一つしか把握してねえよ。……俺は二つあんのか?」
あ。
これも、言わない方がよかったかもしれない。