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74.メガネ君、少しだけ謎が解けた





「――ふーん。まあ上手くいったんならよかったじゃねえの?」


 午前中に諸々の処理を済ませ、午後からはいつものように訓練である。


 今日から違う訓練をやると言われている。

 非常に楽しみにしていた。


 リッセが強引に誘うから朝一で狩りに付き合わされたものの、今朝のよくなかった狩りのことなど早々に過去のことと切り捨てて、気持ちを切り替えよう。


 と、思っていたのだが。


 例の地下訓練施設で待っていた、教官役である薄汚れたおっさん・ザントは、風呂に入ってきた俺と、俺より先に来ていたリッセとが二人揃ったところで、「今朝の狩りのことを聞かせろ」と言ってきた。


「エイル?」


「……」


 どう話すかと目で問うリッセに、語らず「おまえが話せ」と目で訴えていると、意を汲んだ彼女は簡潔に今朝の狩りの話をした。――俺から見れば大きなミスが多々あったけど自分のミスは全部話さないんですね。それともミス全部に気づいてないんですかね。


 まあ、もう過去のことなので、あえて言う必要もないだろう。次はないし。次回はないし。


「それでリッセ、おまえ坊主に『素養』のこと話したんだな?」


「え? いや、言ってないけど」


「は? 見せたんだろ? なら話したんだろ?」


「……そりゃ聞かれたら話したけど。隠しようもないから。でも聞かれてないし……」


 そうだね。俺は一切訊いてないね。


「なんで質問しねえんだ坊主? 見たんだろ? なら気になるだろ」


 気になるかどうかで言えば、確かに気にはなるけど。


「別にいいかなって。知らなくても」


 だって知ったところで、今後一緒に行動することなんてないだろうし。なら知らないままでもいいかと思って。変に関わるより、適度に距離を置く方を取る程度の好奇心しかないし。


「……おまえらなんかあったの?」


 俺は「別に何も」と答え、リッセは「あったようななかったような……」と言葉を濁して目を逸らした。


 俺たちの態度で何かがあったことを察したのか、ザントは「若いねぇ」と溜息交じりに呟いた。





「じゃあまあ、とにかく話を進める。仲直りなりなんなりは、おまえらで勝手にやっとくように。俺は知らねえからな」


 仲直りが必要な案件じゃないし、関係を修復する必要性を感じないので却下するとして。


 続けるザントは、非常に気になることを言った。


「坊主、リッセの『素養』は『闇狩りの剣』っつってな。まあ簡単に言えば魔物に対して効果的な火力を上乗せする力だ」


 ほう。闇狩りの……ん? 「闇狩り」?


「魔物ってのは、体内に抱える魔核の力で、身体能力が向上している生物だ。

 要するに、魔核のおかげで力が強くなったり身体が固くなったりしてる強化状態にあるわけだ。見た目の筋量や骨格という判断材料を超えてな。


 簡単な理屈で言うと、リッセの『闇狩りの剣』は、魔物の強化状態を強制的に解除してしまう。魔物の抵抗力をなくしてしまうわけだ。

 それと剣自体もある程度強化されるみたいで、切れ味なんかも増してるみたいだな」


 …………


 ……あ、なるほど。魔物に対する特攻ね。


 同じ「闇狩りの素養」を持つ姉が、なんであんなに強いのか、少しだけわかった気がする。


 姉は幼少の頃から、弱い魔物なら普通に狩ってたから。拾った石で殴ったり木の枝を突き刺したりして普通に狩っていたから。

 だから俺は「こいつ忌子なんじゃないか?」と疑惑を抱いたのだが…………まあ、一応、普通の人間っぽいという結論は出た。


 そして今、姉に残っていた「忌子じゃないならなんなんだ」という謎に対し、少しだけその答えが判明した。


 元々ホルンは魔物に対して強かった。それだけの話だった。


 …………


 性格とか性質とか生態などの謎は、相変わらず残ってしまっているが。いつか解ける日が来るのだろうか。


「ただ、この通りだけどね」


 と、リッセは腰に帯びたままだった二本ある剣の一本を、抜いて見せてくれた。


 刃こぼれ……どころか、刀身にヒビが入っている。素人目にも、もはや剣としての使用はできそうもない。


「私の『素養』、剣の威力は上がるけど、剣自体が持たないんだ。だから使う時はダメにしていい廃棄寸前のナマクラでちょうどいいんだよね。ま、それでも財布には厳しいけど」


 ああ、そうか。


 リッセは双剣じゃなくて、使い捨て二本を一本ずつ使うって理屈の武装なのか。一本は予備扱いなわけだ。

 そして力を使用するたびに、たとえ安物でも、その都度剣をダメにするから調達しないといけないと。

 確かに財布には優しくないね。


「どうだ坊主」


 何がですかね。


「これもおまえの求める『火力』の、一つの答えだぜ?」


 ……ああ、言われてみれば。


 この「闇狩りの力」を矢に込められれば、魔物にも矢が通用するようになるだろう。強い魔物に矢が深く刺さらないってのは、魔核による抵抗力のせいだから。

 赤熊などは、内包する魔核が弱いので簡単に突き刺さるが、今朝会った白亜鳥なんかはまるで通用していなかった。


 確かに、求める力の一つの答えではあるのか。

 「矢の威力を上げる」ではなく、「相手の抵抗力を落とす」という方法。


 問題は、俺は使用できない力だということだけど。


「リッセも、もうちょい力の使い方を磨かねえとな。

 予期せぬ連戦や思わぬ戦闘を強いられる状況ってのがある。剣の本数しか戦えねえ、なんて致命的な弱点だぜ? ネタがバレてる相手ならいくらでも裏を突ける」


「だからここにいるんじゃない」


 色々気に入らないが、リッセの返答はもっともだと思った。


 そう、俺も強くなりたいという悩みがあるから、ここにいるんだ。リッセも弱点の克服や長所を更に伸ばすことを目標に置いているはず。


「ところで、エイルの『素養』って何?」


 うわ。聞いてきたよ。そういうことは簡単には聞かないのがマナーであり常識なのに。


「そういうことを話す関係じゃないよね」


「私のは聞いたでしょ」


「俺は質問してない。ザントが勝手に話しただけだけど」


 こういう話の流れになるのも嫌だから、だから俺からは聞かなかったのだ。ザントは必要だと思ったから話したのだろう。


 というか、リッセがすでに、俺には話してもいいと判断していたのかもしれない。

 だからこそあの光の剣(・・・)を見せたのだろう。


 でも、それとこれとは話が別だ。


 リッセが話してもいいと思ったのはリッセの勝手だが、俺がそれに付き合う理由はない。


「ちょっとザント! こいつこんなこと言うんだけど!」


 うわ。告げ口したよ。子供か。

 告げ口されたザントも苦笑いである。


「俺からはなんとも言えねえよ。


 ただ、ここからは自分の持ち味や長所、『素養』なんかも含めた訓練に入るつもりだ。

 おまえらの場合、お互い近い距離で訓練を続ける以上、互いの『素養』は最初に明かして、遠慮なく使いながら研鑽を重ねた方が気兼ねなくていいとは思うぜ。


 でも坊主が明かしたくないって言う理由もわかるしなぁ。強制はできねえよ」


 ザントは左手の指を二本立てた。


「いいか? 『素養』ってのは大きく二種類に分けられるんだ」






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