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72.メガネ君、火力が欲しいと心底思う





 油断した。


 いや、油断じゃない。

 俺の経験と常識にない、それらを超えた生物と遭遇した結果がこれなのだ。


 距離の有利と余裕を一瞬で潰す身体能力。

 たとえ狙いが甘くても、それを問題としない巨体での体当たりは、半端な回避では避けきれない。


 特に脚力は驚異的だ。

 あの重そうな巨体でありながら、距離も高さもただの一歩で詰めてくるというのは、間違いなく足は武器でもあるということだ。


 蹴られたら終わりだろう。一撃で致命傷を負う。


 そんな白亜鳥の真っ白な羽毛が目の前いっぱいに迫り――


「――っ」


 あえてもふっと直撃を食らい、羽毛を掴んで張り付いた。


 巨体だけに重さも勢いもあり衝撃はすごいが、もっこもこの胸の辺りの羽毛が突っ込んできただけに、ダメージはほとんどない。


 俺がいたのは、木の枝の上である。

 足場が悪すぎたため、変に避けるのはやめた。一応仕掛ける時は逃げる方向を確認し、確保もしておくのが鉄則だが、中途半端に避けると返って危険だと判断した。


 下手をすれば地面に叩きつけられるし、避けきれなければ、どこに跳ね飛ばされるかもわからない。


 二撃目の回避も兼ねて、あえて食らう。 

 不確定要素の高い回避行動の末に、地面に落とされてから踏まれたり蹴られたりすれば、本当に終わりだから。今度は狙いをつけてやられてしまうから。


 そして予想通りの柔らかさだった。


 木にぶつかりまくっても意に介さず冒険者を追いかけ回していたのは見ていたので、やはり羽毛に一定の厚みがあり、固いものに体当たりしても怪我をしない程度には柔軟だとは想像できたことだ。


 想像を超えていることがあるとすれば、予想以上に柔らかく厚みもあったってことだ。怪我の功名というのもおかしい気がするが、このもっこもこの羽毛はきっと売れる。


 バキバキと枝葉をへし折りながら、白亜鳥は長い跳躍で森を突っ切った。そう、確かこいつは飛べない鳥なんだよな。跳ねることはあっても空は飛ばない。

 まあ、この身体能力があれば、飛ぶ必要もない気はするが。跳ねるだけでもひとっ飛びみたいなものだ。


 もっこもこの羽毛にずぼっと埋まる俺は、白亜鳥が地面に着地すると同時になんとかその場を離れ、無傷でやり過ごすことができた。

 あの羽毛いいな。もっこもこだ。あれは寝具に欲しい。布団に詰めたい。何せ一瞬状況も忘れて睡魔に襲われそうになったくらいだから。保温性も抜群だ。


 ただ野生動物だけに臭いが気になったが……まあそんなものは洗えばいいだけの話。臭いがなければうっかり寝ていたかもしれない。死因が寝落ちになっていたかもしれない。後世に語り継がれるマヌケな死にざまになっていたかもしれない。危ないところだった。


「――コッ? コッコッ?」


 素早く木の陰に隠れたので、白亜鳥は俺の姿を見失ったようだ。鶏のような鳴き声と動きで俺を探している。

 狙った相手が、自分の身体に当たって張り付いていたのは、ちゃんと自覚しているらしい。近くにいるはずなのにいないから探しているのだろう。


 ――危ないところだった。


 もし白亜鳥が、体当たりじゃなくて蹴りに来ていたら、どうなっていたかわからない。


 首に刺さった矢もなくなっている。

 枝葉にぶつかった時に抜けたのだろうが、どう見ても出血が見られない。あれだけ白い羽毛だ、血が出れば目立つだろうに。

 察するに、怪我をさせてもいないのだろう。


 やはり俺の弓では致命傷が狙えないってことだ。

 そもそもダメージさえ通っていない感じだし。


 …………


 で、こいつをリッセが討伐するんだっけ?


 どう考えても無理だと思うんだけど。


 矢がまともに刺さらないんだから、生半可な剣でやっても結果は同じだろう。刃が簡単に通るとも思えない。


 しかも弓と違って剣は接近して振るわねばならない。嫌でも白亜鳥の攻撃範囲に飛び込まねばならないということだ。


 あの巨体であの重量であんな速度を出し、かつ半端な攻撃は通用しないという柔らかい鎧をまとう恐ろしい魔物に近づくなんて、正気を疑う行為である。

 さっきの冒険者たちのように、上へ下への大騒ぎになるのが目に見えているんだけど。


 ……なんて、今更か。

 嫌でも出てくるこんな不安を、無理やり飲み下して狩りをしている最中だから。


 もう俺は知らない。あとはリッセに任せる。

 そういう約束だから。


 ……空蜥蜴を狩った時の麻痺毒が少し残ってるから、一応援護の準備だけはしとくけど。効くかどうかも不明だが、できることはやらないと。





 あとは簡単である。

 そもそも俺は戦う必要がなく、白亜鳥を連れて街道まで戻るだけでいい。元は簡単なお仕事である。


「――クワァーーーーーー!!」


 激昂する白亜鳥は、わき目も振らず俺を追いかけてくる。怒りっぽく好戦的な性格をしているようだ。魔物らしい性質だね。


 だが、その巨体ゆえに、奴が森の中で走るには障害物が多すぎる。


 木々にぶつかっては減速し、しかしそれでも逃げる俺を追いかけてくる。……考えた通り、あの分厚い羽毛は、何かにぶつかった時に自分を守るための鎧でもあるわけだ。あれも一つの進化の形なんだろう。


 遮るものが何もない直線では、走るでも跳ぶでも俺よりよっぽど早く動けるはずだが、森を走るには適さない。

 多少の余裕をもって、白亜鳥を移動させることに成功した。


「リッセ!」


「こっち!」


 果たして街道には、リッセが剣を抜いて構えている。


 獲物をこっちに連れてこい、とばかりに。


 二本持っている内の一本だけしか使わないようだ。てっきり両手に剣を構えるのかとも思ったが。そんなわけないか。二本とも普通のロングソードっぽいし。両手剣って短い奴を使うのが基本だって聞いたことあるし。


 いや、疑問は後にしよう。


 街道には遮るものが何もない。

 白亜鳥が、その脅威の巨体と身体能力を遺憾なく発揮できる場所である。俺はここに留まるべきではない。


 俺はリッセとすれ違いようにして、獲物を引き渡した。


 あの鳥の怒り具合から、リッセを無視して俺を追いかけてくる可能性もある。

 が、どうであれ、間違いなくリッセを乗り越えるように直線的に俺を追いかけてくるはず。


 リッセも、白亜鳥をそのまま素通りなんてさせないだろうから、これで俺の役目は終わりである。


 素早く森に駆け込んで、木の裏に隠れて様子を見守ることにする。





 しかし、勝負は不安を吐露する間もなく、一瞬でついた。


 狂ったように駆けてきた白亜鳥は、俺が消えた街道を挟んだ向かいの森へ駆けてくる。


 直線上にいたリッセには、一切見向きもしない。

 もしかしたら、そこに誰かがいることさえ、気づいていないかもしれない。


「――グワッ!?」


 そんな白亜鳥は――リッセと接触すると同時に体制を崩し、勢いそのままごろごろと街道を転がっていった。


 ――今のは……なんだ?


 その一瞬を、俺は確かに見ていたが……見間違えたか?


 いや、そんなことはない。

 間違いなく、見ていた通りのことが起こったはず。


 確かに、リッセが振るった剣が、光っていた(・・・・・)はず。


 接触した瞬間、リッセの持つ剣は横に走った。

 輝く白銀の尾を引きながら振られた刃は、いとも簡単に、地を蹴る白亜鳥の右足を切断したのだ。


 高く宙を舞う巨大な鳥の足が、血をまき散らしながら地面に落ちる頃。

 追撃に走っていたリッセは、横たわりもがく白亜鳥の首を、光る剣(・・・)で跳ね飛ばしていた。





 それを見ていた俺は、心底思った。


 やはり火力が欲しいと。


 リッセはすでに持っていた。

 そして俺はまだ持っていない。


 強い魔物でも狩ることができるだけの火力が欲しい、と。







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