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71.メガネ君、最期の確認をする





 次第に明るくなっていく空の下、走りながらぼちぼち聞いてみたところ。

 リッセは、ハイディーガで暗殺者の代表を務めているロダと、何度か一緒に魔物討伐に行ったことがあるそうだ。


「ということは、表向きでも知り合いなの?」


 俺なんかははっきり「どこかで会っても知らん顔して素通りしろ」とか言われたけど。そう言えばあれ以来ロダには会ってないな。あの幽霊みたいな女性とも。不潔なおっさんとは毎日会ってるけど。


「ううん。こっそり連れてってもらってたから」


 へえ。なるほど。


「ちょっと羨ましい」


 強い人の狩りを傍で見ることができたのか。得難い経験だね。素直に羨ましい。


「フフン」


 なんで彼女が勝ち誇って得意げな顔をしているのかはわからないが。見ただけで強くなれるなら誰も努力なんてしないだろうに。


「果たしてそれを取り込み、ちゃんと消化して自分の経験に活かせているかは別問題だと思うけど」


「引っかかる言い方するじゃない」


 そりゃそうだろう。見ただけで得意げになられても困る。


 そもそも今現在の話だ。

 これから危険度が高い場所に狩りに向かうって時に、慢心した態度なんて見たいはずがないだろう。


 ただでさえお互い実力が怪しいのだ。実力が怪しい者同士が組んでいるのだ。一欠片の油断もしてほしくない。


 これから向かう狩場は、そういう場所なのだから。


「ちなみにこの辺の狩場には詳しい?」


「うーん……二、三度来たくらいだから、中級程度かな」


 ほら見ろ。

 二、三度くらいで中級なんてふざけたことが言えるその甘さだよ。そのたわけた認識力だよ。二、三度なんてまだまだ入り口がわかったくらいのものだ。何が中級だ。中級に謝れ。


「そういうところだよ」


 そういうところが気に入らないし信用できないんだ。だからこの手の狩りをなめた奴と一緒になんて行きたくないんだ。行きたくないのに。


「…? 何が?」


 そして何が一番厄介かって、慢心していることにさえ気づいていないってことだよ。こういう狩場をなめた冒険者が真っ先に死ぬんだよ。仲間を巻き込んで。仲間に謝れ。


 ……昨日無理やりに飲み込んだ不安が、口から飛び出しそうだ。


 不安がすごい勢いでこみ上げてきているけど、本当に大丈夫か?





 果たして不安が残ったまま、そろそろよさそうな場所になってきた。


 街道は山へと続いているが、左右はもうすっかり森である。数十歩も行けば、街道さえ見えなくなりそうだ。


 ちらほら魔物らしき気配も感じるようになったし、俺たちのように朝早くから魔物を狩りに来ているのだろう冒険者らしき人間の気配もある。


 目的地は、山の麓の森と言っていたから、この辺でいいと思うんだが。……それにしても魔物の数が多いな。山も多いが、この辺もまあまあ多い。


 よくもまあ共存できているもんだ。魔物同士で縄張り争いとかしないのかな。うまいこと住み分けができて噛み合ってるのかな。


「この辺でいいよね」


 同じことを思ったのだろうリッセも、自然と駆け足が早足くらいになり、周囲の様子を探り出した。


 空も段々と明るくなってきて、ここからハイディーガの街がかすかに見えるようになった。

 早朝の狩りを始めるにはいい時間である。


「どう? 『白亜鳥』の気配、わかる?」


 うーん。


「魔物の気配はいくつかわかるけど、どれが探している魔物かはわからないかな」


 白亜鳥。

 出会ったことがない魔物だけに、どれがどれだかさっぱりだ。


「この時間に活発に動き出しているのがそうだと思う。夜行性ならそろそろ休みそうなものだし」


 まあ、そうだね。目印はそれくらいか。


「うーん……私はぼんやりとしか気配がわからないんだよね。何かがいるのはわかるけど、魔物かどうかさえ定かじゃないっていうか」


 リッセは目に力を込め、周囲の森を睨むように見回す。集中してようやくわかる、って感じのようだ。


 まあ、だから俺を引っ張り出したわけか。

 魔物を探すのを手伝え、って言われたからね。


 俺は左手に弓と矢を持つ。


「最後に確認するけど、本当にいいんだね? 俺は探す以上のことはできないからね」


「うん。やって」


 聞いたところで返事は変わらないだろうな、とは思ったが、それでも聞かずにはいられなかった。


 引き返すなら、ここが最後だったから。

 ……ここまで一緒に来ておいてごねてやらない、というわけにもいかないからね。


 仕方ない。

 こみ上げる不安をもう一度飲み込んで、やってやるか。





 「メガネ」を「暗視」に変え、ぼんやりと赤く光る生き物を追う。


 えーと。

 探すのは鳥の形か。


 うーん……あ。いた。というか、あれはまずい。


「ここにいて。連れてくる」


 リッセの返事を待たず、俺は左手側の森に突っ込んだ。


 巨大な鳥型の魔物と、それを囲むように五人の人間の光が見える。

 恐らく五人は冒険者で、鳥型を狩るために戦闘中なのだろう。


 そして今、鳥型と人間の一人が接触し、人間が弾き飛ばされた。恐らくなんらかの攻撃をモロに食らったのだろう。体当たり的なものを。

 まだ死んでないとすれば、次の追い打ちで致命傷になる恐れがある。


 しかも誰かが素早くフォローに動けばいいが、一人やられた冒険者たちの混乱と慌て具合が、嫌になるほどよく見えてしまい、それが俺を急かす。


 地面に這う根、平らじゃない地、足元を見せない草や石。

 すべてが走るのに邪魔と判断し、駆けるように木に登り、枝を蹴って道なき森の道を走る。


 これもあの「道」での特訓の成果だろう。

 どこを足場にできるのか、どこを辿り走れるのかが瞬時にわかる。


 まるで野生動物のように木々を飛び、地面を走るのと変わらないくらいの速度で距離を稼ぎ――


「――きゃーーー!」


「――ちょ、誰か奴の気を引け!」


「――もう逃げよう! 手に負えねえ!」


 慌てふためく冒険者たちの声がちゃんと聞こえるくらいまで接近し、ようやく魔物が見えた。


 うん、たぶんあれが白亜鳥だ。


 白い羽毛に覆われた、巨大な鳥。

 はっきりいって、とさかのない鶏……雌鶏のような魔物だった。オウムのような形と図鑑にはあったはずだけど、鶏の方が近いと思う。


 ただ、すごく巨大だ。

 成人男性より大きいから圧巻である。


 そんなのが所せましと、逃げ惑う冒険者たちを追いかけ回し、木々にぶつかりながら爆走している。うっわー……興奮しているイノシシより恐ろしいな、あれ。ああなったらもう手が付けられないだろう。


 どう見ても冒険者たちは戦意喪失し、戦闘どころではなさそうで武器を投げ出し右往左往している。

 あれはもう、こっちで回収しても文句は言わないだろう。

 魔物に怪我らしい怪我も負わせていないし。断っている間さえお互い惜しい状況だ。


 魔物の姿を確認できるってことは、射線上を確保したのと同意義である。


 左手にある弓矢を構え、素早く射る。


「――コッ!!」


 狙い違わず矢が獲物の首に刺さった瞬間、それこそ白亜鳥は鶏のような声を上げる。


 予想はしていたが、矢はあまり深くは刺さっていないようだ。ダメージはまったく与えられていない。きっとチクッとした程度のものだろう。


 ちゃんと深く刺されば、致命傷になりそうな位置に当ててるつもりなんだけどな……やはり火力が足りない気がする。


 が、そんなことを考えながらも、動きは止めていない。


 効果は怪しいが、より重量があり深く刺さる鉄の矢に切り替え、二矢、三矢と続けて射撃を続ける。


 四本ほど撃ち、一本だけ当たった。

 初手と二本目だけ当たり、あとは避けられた。あの巨体であんなに俊敏に動くのか。さすがは「数字1」の魔物だ。


 だが、注意は引いた。


 頭、特に目を狙って射ったので、爆走状態だろうと頭に血が上っていようと、さすがに無視できなかったのだ。

 生き物は、顔や目への反射的な防衛反応は、なかなか制御できるものではないから。


 文字通り、嫌でも目に入る(・・・・)鬱陶しいちょっかいに、白亜鳥が潜んだ弓手である俺の居場所を悟り、正確に注意を向けた。


 黒い目がこちらを見、そして――


「――クワァァァーーーーーーーー!!!!」


 けたたましい声を上げながら、白亜鳥が跳んだ。


 一瞬で「余裕」という名の中距離を塗りつぶし、俺の目の前に、巨体を躍り出していた。







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