70.メガネ君、可愛い邪神像を……
「後悔したよね?」
「…………」
「今後悔したでしょ? 安請け合いするんじゃなかったって思ったでしょ?」
「…………」
「どんな気持ち? ねえどんな気持ち? 嫌がる男を強引にいやらしく口説き落として勝ったと確信してた直後にどん底に突き落とされるってどんな気持ち?」
「――うるさい!! ちゃんと貰うわよ!!」
うん、これでだいぶ溜飲が下がったかな。
何度も断ったのに、リッセにしつこく付きまとわれ、結局俺が折れたのだが。
しかし、ただで受け入れるわけにはいかない。
こういうことは再犯の恐れがあるから、確実に一回きりと強調しておかねばならない。
……あと、厄介払いも兼ねて。
「あの、エイル、これって、ほんとに、……なんなの?」
一瞬激怒して怒りで乗り越えるかに見えたが、無理だったようだ。やはり不安の方が大きいのだろう。そうだよね。見ているだけで毎秒不安を煽られるモノが、今は見るどころか手の中にあるんだから。
「言った通り、可愛い人形だよ」
リッセにしつこく狩りの同行を求められ、俺は一つの条件を付けてそれを受け入れた。
――そう、捨てるに捨てられず、壊すに壊せず、ただただ持っているしかなかった、問題の可愛い邪神像を引き取ることを条件にして。
「可愛い人形を引き取ってくれるなら行ってもいいかな」と言ったら二つ返事で了承したリッセだが、想像していたモノをはるかに上回ったのだろう。いや、下だったのもかもしれないが。
「可愛い人形って言ったよね? これ可愛くないでしょ! これ……何!? これは何!? 絶対に悪魔的なモノの木像でしょ!? 禍々しすぎる!」
リッセの抗議の声には全てに同意する。
だが、残念ながら本当に違うのだ。
「作者がそう言ってたから間違いないよ。ただの可愛い人形だよ」
「どこの変人が作ったのよ! ……え、これ、本当に私が引き取るの……? 近くに置いといたら呪われそうなんだけど……」
「約束したけど別に反故にしてもいいよ」
と、俺はリッセの手から可愛い邪神像を奪い取る。
――「暗殺者が一度交わした契約を簡単に破るとか……大したもんだね」とポツリと呟いてみたりしてみたが。
「あんたわかってて言ってるよね?」
その通りなので、正直持つのも遠慮したい可愛い邪神像を、改めてリッセに差し出す。
「捨てるのも売るのもなしだから。そういう約束だったはずだけど」
「……わかってる。……ひ、引き取るから……うぅ、見れば見るほど呪われそう……」
やった! ついに俺の傍から可愛い邪神像を引き離すことに成功したぞ!!
「道」の合格よりよっぽど嬉しい出来事に、俺はとても浮かれたのだった。
とまあ、前置きはともかくだ。
「で、いつ何を狩りに行くの?」
とりあえず風呂に行ってさっぱりした後、ブツの引き取りがてら、借りている住居のリビング的な場所で、初めてテーブルに着いてリッセと向かい合って座ってみた。
話が済んだら夕食を取りに出るつもりだが、その前に仕事の話を済ませておきたい。なんなら準備もあるだろうし、買い足す物もあるかもしれないし。
「うん……」
リッセも心底不安げな顔から一転、可愛い邪神像をテーブルに置くと、真面目に顔を引き締めて俺を見る。
「『白亜鳥』辺りがいいかなって思ってるけど。知ってる?」
「名前くらいは」
暗殺者の村で、図鑑で見た。
ずんぐりむっくりの巨大なオウムのような、飛べない鳥の魔物だ。
巨体な上に、飛べない代わりに跳ねる性質があり、落ち着きなく動き回るためなかなか面倒臭い魔物、と書いてあった。肉は普通にうまいらしい。
「近くの山の麓の森に生息してるんだ。早朝から活動する魔物だから、明日の早朝に合わせて夜明け前に出発。午前中には街に戻ってくる予定で考えてるけど。どう?」
「いいんじゃない?」
近くの山って、あの山だろう。向こう側に暗殺者の村がある、あの山のはず。確かに夜あそこに行くのは危険すぎるから、明るくなってから狩りを始めるなら俺に依存はない。
「確認するけど、俺は探すだけでいいんだね?」
「そう。私が討伐するからそれだけでいい」
「じゃあもし君が失敗したら?」
「見捨てて逃げていいよ」
リッセは俺から目をそらすと、可愛い邪神像をつんつんつつく。嫌そうな顔で。
「これでも付き合わせて悪いとは思ってるから。分け前は半々で、利害の一致はあっても一方的に利用する気はない。自分の面倒くらい自分で見る」
それに、とリッセは続ける。
「よくわからない、実力も知れない冒険者と組むより、多少は知っているあんたの方が何倍もマシだしね。信用できない奴を連れてはいけないから」
ああそう。俺はリッセを信用してないけどね。
まあ、なんでもいいや。
そこまで言うなら、現地での振る舞いに関しては、俺から言うことはないな。
「念を押すけど、俺は戦えないから。いざという時は本気で見捨てるし、俺は助けられないからね」
「わかってる」
本当にわかっていればいいけどね。
「最期になるかもしれないからはっきり言うけど、俺はリッセがそんなに強いとは思えないんだよね」
身体能力も背格好も生活リズムも似ているが、俺はリッセとは戦闘能力も同等くらいだと見ている。肩を並べて「道」を走っている時の動きの端々からそう判断した。
つまり、俺と同じくらい弱いのに通用するはずがないと思っている。
二人で一緒に狩り場に行きたくないのも、二人揃って死ぬ可能性が高すぎるからだ。
本気で見捨てるとか言いはしたけど、でもいざという時は……俺は甘いからきっと助けるだろう。
でも本気で物理的に助けるのは不可能となった場合、見捨てるはめになるかもしれない。
そして実際見捨てたなら見捨てたで、絶対に後悔するし寝覚めも悪くなるだろう。
話を行く方向で進めてはみたものの、行きたくない気持ちはやはり消えないのだ。
「フン。この私を誰だと思ってるわけ?」
「知らないし知りたくもないけど身の程知らずだとは思ってる」
「……とてもはっきり言うじゃない」
最後になるかもしれないからね。今遠慮する理由も必要もないだろう。
「――本当に大丈夫だから任せなさいって。私は『
……ふうん。そう。
じゃあ今度こそ、俺から言うことはもうないな。
夕食を済ませて準備をし一眠り、朝が来る前、まだ空が暗い内に街を出た。
彼方の山が輪郭に添って光っている。
そろそろ太陽が見えてきそうだ。
「急ごうか」
普段着ている軽装に剣を二振り腰に差しているだけの武装をしたリッセが、同じく普段着に弓を背負っていて簡単な荷物だけ持った俺に言う。
冒険や狩猟の準備ではなく、ただ戦うだけの準備と、獲物を持って帰ることを想定した装備だ。とりあえずリッセが並々ならぬ自信があることだけは伺えた。身の程知らずだな、という俺の想いは拭えないが。
もうすぐ夜が明ける。
午前中に帰ってくる予定なら急いだ方がいいだろう。訓練には参加したいし。
「そうだね」
リッセと俺は山に向けて走り出した。