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06.メガネ君、一目散に逃げる





「私はロロベル・ローランだ。君は?」


 荒くれ者が多い犯罪者予備軍と噂の冒険者にしては礼儀正しく、隣の女性ロロベルは名乗った。


 歳は、たぶん二十歳くらい。中肉中背で俺より背が高い。

 理知的でありながらも力強い緑の瞳に、額で切り揃えた短い金髪が特徴的だ。武器も防具も帯びない普段着という体でありながら、この人はやはり強者の臭いがする。


 この冒険者ギルドにいる二十人の中で、頭一つ抜きん出ていると思う。俺の勘がそう告げている。たくさんの獲物や魔物と向き合ってきた、経験から導き出される俺の勘が。


「俺はエイル」


「エイルか。この町の者ではないな?」


「あ、個人情報はちょっと」


 自分のことは話したくない。

 あまり知られると、いらない面倒事に巻き込まれかねない。正直名前を名乗るのもどうかと思ったくらいだ。ロロベルが名乗ったから仕方なく言っただけである。


「若いのに用心深いな」


 そうじゃなきゃ狩人はやっていけないからね。


「どうせ数日でいなくなるから。俺のことは気にしなくていいよ」


 長く王都に定住する気はないし、知り合いを増やしたいとも思わないし。用事が済み次第村に帰ろうと思っている。

 俺には、王都にいる目的がないから。


 師匠の「可能性を探せ」って言葉も、心には残っているが……


 でも結局俺がしたいことは、村でもできることばかりなんだよな。新しい弓の訓練とか、狩人の仕事とか。

 王都じゃなくてもできることばかりだ。


 何より、王都は人が多いしな。俺には合わない。


「ふむ……まあ、だいたい予想は付くが」


「予想?」


「選定の儀式だろう?」


 おっと。ここまでの情報だけで、俺が王都にいる理由を当てるか。


 どっかの田舎から、王命とやらで、王都へ連れてこられた者たち。

 ロロベルは、俺の境遇を察するくらいには、同じような境遇の者を見る機会があったのだろう。


「意外と多いの? 俺みたいなの」


「多くはないよ。城に呼ばれるほどの『素養』を持つ者など早々現れない」


 ま、珍しいけどいなくはないって感じか。


「ところで、そのメガネだが」


「それは報酬にしていいか?」


「ん? 報酬?」


「まず俺の質問に答えてほしい。そうすればロロベルさんには教えるよ」


 狩人たるもの、自分からぺらぺら手の内を明かすわけにはいかない。


 師匠だって、弟子だから俺に教えているのであって、誰にでも自分の技術を気前よく教えているってわけでもない。


 あまり話したくはないが、しかし、情報の交換なら応じてもいい。


「なるほど、交換条件というわけだな。わかった、私に答えられることなら答えよう」


 よし、これで情報源を確保できたな。





 ロロベルの強さから察するに、冒険者としての経験はなかなか長い方と見た。少なくとも昨日今日冒険者ギルドに出入りし始めたってわけではないはず。

 ならば、二年前から活動しているはずのホルンを、知っている可能性は高い。


 早速聞いてみよう。


「ホルンという冒険者を探してるんだけど、知ってる?」


「ホルン? というと――」


 このあと、ロロベルの口から、驚愕の言葉が漏れる。


「――悪魔祓いの聖女か?」


 …………


「そのホルンじゃないですね」


 俺の姉は、聖女なんて上等な生地でくるまれるタイプではない。


 茣蓙ござわらかなめしていない獣皮みたいなあだ名を巻いた方がよく似合うタイプだ。


 もっと野暮ったくて、粗雑で、乱暴で……物事を食えるか食えないかで判断しているような……野性味さを売りにしているような野性味しか存在しない奴だ。


「違うのか。……悪魔祓いの聖女以外で、ホルンという名の冒険者は……私は知らないな」


 うーん、そうかー。


「ちなみに、探しているホルンは俺と顔立ちとか似てると思うんだけど」


 二年前まで、俺とホルンはかなり似ていた。

 間違いなく姉弟、間違いなく血が繋がっているとばかりに。

 正直言われるたびに心外だなーと思っていた。あんまり嬉しくはなかった。


 二年を経た今、ホルンがどうなっているかはわからないが、でも急激に別人ってほど変わったというのも考えづらい。


「ああ、そうだ」


 得心がいったとばかりにロロベルは頷く。


「初対面から誰かに似ているとずっと思っていたが、君は悪魔祓いの聖女ホルンによく似ている。髪型は違うが、顔は非常に似ている。そういえば髪の色と瞳の色も同じだな」


 …………


「でも俺が探してるのはそのホルンじゃないですね」


 認めたくはない。

 うちの姉は聖女なんてものではない。


 たとえば冒険者ギルドで数々の問題を起こして出禁を食らったかわいそうな女がいたとしよう。それこそ間違いなくホルンだ。俺の姉はそういう奴だ。


「待て。ここまでの話の流れを考えれば、どうにも君が探しているのは聖女ホルンだと思うぞ」


 …………


 認めたくはない。

 認めたくはない、が……


 そのあと、細かく条件を刻んで聞きこんでみると。

 どうも間違いなく、その悪魔祓いの聖女とやらが、俺の姉である可能性が高そうだった。





「話をまとめると」


 認めたくはなかったしまとめたくもないが、さすがにここまで特徴が一致しては、別人だと言い切ることもできない。


「信じがたいが、大変信じがたいが、ホルンは王都で聖女と呼ばれる冒険者になっていた。

 十数名からなる三ツ星の冒険者チーム『夜明けの黒鳥』のメンバーに最年少で入団。

 すぐに頭角を現し、今や悪魔祓いの聖女と呼ばれる凄腕となっていた、と」


 だいたい合ってる、とロロベルは頷く。間違っていてほしかった。無理か。


「付け加えると、『夜明けの黒鳥』は王都でもトップクラスの冒険者チームだ。三ツ星以上は魔王辺りを狩らないと上がれないから、実質最高ランクだと思っていい」


 ふうん……


「その三ツ星っていうのは、単純に星が多いとすごいってことでいいの?」


「ああ。無星から五ツ星までランクが存在する。個人とチームで星の評価も違う。ちなみに私は二ツ星だ」


 二ツ星。

 ロロベルは二つでこんなに強くて、ホルンは更に上のチームにいるのか。


「ホルンとは同郷か? まさか血族か?」


 まあ、さすがにここまで事細かに聞いてしまえば、そりゃ関係者の疑いも――ん?


「ロロベル! 俺と組め!」


 野太い声とともに、足音が荒い男がこっちに来た。


 うーん……グイグイ来る苦手なおっさんっぽいなー。声も大きいし嫌だなぁ。あ、もちろん振り返りませんよ。他人他人。見たくもない。関わりたくない。


 俺は最初から嫌だが、相手を知っているのだろうロロベルも若干嫌そうに眉間に眉を寄せた。


「ガリヴか。その話は断ったはずだが」


「そう言うなよ。二ツ星の俺たちが組めば、もっとデカい仕事ができるぜ」


 えっ。びっくりした。


 二ツ星って、ロロベルくらい強くないとダメなんじゃないのか? このおっさん、あんまり強いとは思えないんだけど。声と態度がデカいだけだぞ。実績があるのか? まあ別に興味もないからどうでもいいけど。


「今大事な話をしている。向こうへ行ってくれ」


「大事な話? この貧乏くせーガキと?」


 うわー見てる。俺の後頭部に無遠慮な視線が向いてる。この騒ぎに注目している連中も見始めた。……うわー。見てるわー。とりあえず朝食のリンゴを食べとこう。


「おい小僧。ロロベルになんの用だ」


 どっかの小僧、呼んでるぞ。早く相手してやれよ。


「やめろガリヴ。彼に用があるのは私の方だ」


 ロロベルは止めようとしているが、……こういうのはこの程度では止まんないだろうなぁ。


「先輩に挨拶くらいあってもいいんじゃねえか? あ? 新入りがよ」


 俺は新入りじゃない。だって冒険者になる気はさらさらないから。


 ――よし。朝食を食べ終わったぞ。これでいつでも、


「てめえ! こっち向けって……お!?」


 緊急退避できるってもんだ。


 おっさんが手を伸ばしてくると同時に、俺は椅子から降りておっさんの手をかわし、脇を抜け、一目散にギルドから逃走した。





 あーあ、やれやれ。

 やっぱり絡まれるんじゃないか。ロロベルも含めれば朝飯食ってる間だけで二人に絡まれたことになる。嫌だね、無遠慮にグイグイ来る連中は。


 でも、お金を出す間はなかったから、完全に食い逃げ状態である。あとで飯代を払いにいかないとな。ほとぼりが冷めたらもう一度行こう。


 とりあえず、その、なんだ、ここからは悪魔祓いの聖女ホルン? を、探してみるとしよう。

 ロロベルからの情報では、俺の姉と特徴はほぼ一致している。が、できれば違う人であってほしい。他人の空似ってやつでいてほしい。


 冒険者ギルドで待っててもいいかと思ってたけど、もう絡まれるのはごめんだ。あそこにはあんまり行きたくない。


 話に聞いた「夜明けの黒鳥」というチームのメンバーと接触できれば、会えるかな?




 ――ところで、だ。


 ロロベルの頭上に浮かんでいた数字って、結局なんだったんだろう。


 52、って書いてあったけど。





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