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62.メガネ君、一番苦手なタイプと会う





「裏に詳しい情報屋を探してるんだけど。もしやおっさんが情報屋?」


 裏世界特有の交渉のやり方などあるのかもしれないが、あいにくそこまではわからないので、単刀直入に聞いてみた。


 幸い多少まとまったお金はある。

 情報料の相場もわからないものの、それも含めて交渉くらいはできると思う。


「へえ、情報屋をねぇ」


 おっさんは素早く立ち上がって臨戦態勢に入った時とは打って変わって、のそのそとぼろい革の敷物に座り直す。


「悪いが簡単には教えられねえな」


「じゃあいいです。ほか当たります」


「え、ちょっと待って」


 速攻で踵を返した俺を、おっさんがすかさず止める。なんだよ。


「そんな簡単に諦めるの? ほら、俺は『知ってる』って体だよ? 欲しいものが目の前にある感じなのにそんな簡単に諦めていいの?」


 うん、それは聞いた。


「でも簡単には教えてくれないんでしょ? 簡単に教えてくれそうな人を探すからもういいです」


 情報屋探しは始めたばかりだ。

 この人が最後の候補、ってわけではない。逆に最初の候補だし。


 あんまり聞きたい聞きたい知りたい知りたいって態度が出ると、お金だけブン盗られて終わりそうな気がするので、交渉自体はさらっと済ませたい。何事もなかったくらいに。

 何より、裏世界に深入りするのも危険だし。


 …………


 これから暗殺者の技術を学ぼうって奴が、裏世界に深入りしたくないって理屈もおかしいとは思うけど。身に付けるのは完全に裏の技術だしね。


「わかったわかった。まあ聞けや坊主」


 と、おっさんはごろりと敷物の上に横になった。やる気なしか。……俺と同じくらい力抜けてるなぁ。


「俺は情報屋じゃねえ。だが裏の事情には詳しい。情報屋の知り合いもいるし、紹介するのも吝かではない。


 どうだ?

 坊主が知りたいこと、俺が答えられそうなら俺が答えてやる。


 情報屋は高ぇぞ。紹介するだけでも金が掛かるし、情報そのものも高ぇ。裏のことを知りたいなら尚更な。

 坊主、そんなに金ねぇだろ?」


 お金の問題か。

 確かに、多少まとまったお金はあるけど、決して多くはないだろう。


 …………


 裏のことを知りたいなら高くなる、って理屈か。

 つまり、裏世界の情報は高いって理屈だね。


 となると……あ、こういうのはどうだろう。


「じゃあ聞いてもいい? 別に裏の情報じゃないんだけど」


「裏じゃないのか? ……まあいい。言ってみな」


 恐らく、かつての窓口は同じだったんだと思うのだ。


 各街で窓口が違うと暗殺者たちに無用な混乱を招くし、対外的にも……まあ表はともかく裏世界的にも体面やメンツを保つために隠れすぎる(・・・・・)のもまた別の問題がある気がするし。


 知られていないと、仕事中にちょっかいを出してくる連中が出て来そうだし。

 裏の連中なら尚更だ。無用に接触してくるとか。


 だって暗殺者は、あからさまに人目を避けたり怪しい行動をしたりするだろうから。たとえば裏関係から毒物を仕入れたりしたら、その時点で誰かに探られそうだし。弱みと見てゆすりたかりに寄ってくる者も出て来そうだし。


 だから隠れすぎる(・・・・・)のも、厄介ごとに巻き込まれる可能性が大いにあるんじゃないかと。


 多少知られていれば、たとえば「あの組織の関係者」という程度に知られていれば、裏に属する者ならきっと敬遠するはず。

 ちゃんと「組織ありますよー単独で暗殺とか考えてませんよー」って体面は、むしろ作った方がいいと俺は思うんだが。一応国営だったらしいし、表に知られても権力者側が潰しに掛かってくることもないだろうし。


 よって、昔は窓口が統一されていた可能性はあると思うのだ。


「――十年くらい前までこの街にあった、狩猟ギルドの職員を探してるんだ。どこにいるかな?」


 今の窓口はわからないが、前身たる狩猟ギルドの関係者ならば、後を追えるはず。きっと表向きは普通に暮らしているから。


 どうせ俺の推測が外れていたとしても、その時はまた探り直せばいいしね。





 宿に戻って一晩明かし、翌日。


「らっしゃーせー! 本家『肉ロール』いかがっすかー! ハイディーガの朝メシにはやっぱこれっすよー!」


 何、肉とな?

 肉と言われれば肉好きとしては無視はできない。……ところで昨日食べた「肉ロール」は元祖と言っていた気がするけど、こっちは本家なのか。

 どこまで意味の違いがあるんだろう。

 もうなんか、言ったもん勝ちみたいなノリなのかもしれない。


 露店の若い兄ちゃんから一つ購入し、食べながら歩く。


 うーん。豚肉はシンプルな塩味だけど、柑橘系の汁が振りかけてあるようですごく後味がさっぱりしている。シャキシャキした野菜もいい。


 好みで言うなら俺は元祖の方が肉はうまいけど、野菜は確実にこっちだな。

 でも味付けが違うと判断するならどっちもうまい。その日の気分で食べ分けてもいいかもしれない。


 ――まだ大通りに人も少ない早朝である。


 昨日の内に、二日取っていた宿を一日延長して料金を払い、今日も荷物を置いたまま出てきた。


 昨日散々歩かされたので、ハイディーガの街はだいたいどこに何があるのかわかるようになった。

 待ち合わせ場所は、貧民街の近くにある大きな酒場……の、前である。


 夕方から明け方まで開いていると言う安い酒場らしいけど、さすがに朝は閉めているそうだから。


 昨夜、あの寝そべりおっさんに、かつての狩猟ギルドの職員について質問したところ、「これから調査する。明日の朝、酒場の前で待て」と言われてこれから出向くところだ。


 もしかしたらまだ早いかもしれないが、待ち伏せされるよりはしたい方なので、先に行って待つのもいいだろう。面倒なことになりそうだったら速攻で逃げよう。


 果たして酒場の前には…………おっさんはいないけど、女の子がいた。


 短い真っ赤な髪をした細身の女の子だ。目付きが悪い。まあサッシュやフロランタンほどじゃないのであんまり気にならないけど。まああいつらもあまり気にしたことはないけど。


 酒場の向かいの建物に寄り掛かって腕を組んで立っている。

 うーん……冒険者かな。年齢も背格好も体格も俺と似ている。どういう系統の強さかはわからないけど、察する分には結構強いと思う。


 あ、目が合った。

 なんか睨まれている。

 睨んでいるのか生来の眼光なのか判断が難しいところだけど。


 …………


 どうでもいいか。俺も女の子の横に立って、おっさんを待つことにしよう。


「ねえ」


 女の子が険のある声を掛けてきた。


「あ、すいません。人を待ってるのでナンパはちょっと」


「ナンパ? ……ナンパ!? 私が!? あんたを!? 違うんだけど!!」


 激しく否定された。髪の色に似て激しい人のようだ。……一番絡まれたくないタイプだなぁ。すごい苦手だなぁ。


「そうじゃなくて! あんた――」


「あ、猫がいる」


「聞けよ! 行くな! 猫を追わずに私を見ろ!」


 ……大声出したから猫逃げたけど。本当に一番絡まれたくないタイプに絡まれたもんだ。待ち合わせ場所じゃなければ絶対もう逃げている。猫と一緒に逃げている。……暗殺者の村のあの猫、元気かな。猫じゃないけど。


「あんただろ! 情報屋紹介しろって言ったの!」


 え。


 さすがにその言葉は無視できなかった。


「もしかして君が情報屋?」


「違うけど」


「じゃあ用はないです」


「なんで最後まで人の話し聞かないの!? シャットアウトが早いんだよ!」


 それだけ関わりたくないって意味を込めてるんだけどな。……でも事情を知っているみたいだし、ちゃんと相手しないとダメなんだろうな。本当に面倒臭いな。


「昨日おっさんに会って交渉したんでしょ? 私が代役で来たから」


 あ、おっさんの代役か。代役ね。


「私は、あんたをとある人まで案内しろとしか聞いてないから、質問には答えられない。これでいいなら勝手に付いてきなよ」


「わかった」


 どうやら、すでに元狩猟ギルドの職員は見つけてあるようだ。仕事が早いなぁ。


 ……もしくは、あのおっさん最初から職員の居場所を知っていたのかもな。


「変なところに連れて行こうとしたら大声出すから」


「それ私のセリフじゃない!? 女のセリフじゃない!?」


「でも連れていくのは君だし。男の人を呼ぶから」


「なんなのこいつ! なんなのこいつ!」


 絶対撒いてやる、などとブツブツ言いながら、女の子は走り出した。







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