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60.メガネ君、ひとっぷろ浴びる





 ついでに門番の兵士に、安くて評判のいい宿を訪ねる。


 すると「入ってすぐの大通りをまっすぐ行き一番最初に見える右側の宿か、安くて寝るだけなら冒険者ギルドでも安く部屋を貸してくれる」と教えてくれた。


 冒険者じゃないのに冒険者ギルドで貸してくれるのかと疑問に思ったが、短期の利用なら冒険者じゃなくても普通に貸してくれるらしい。

 空いている宿泊施設を遊ばせるくらいなら、一般人にも貸して幾らかお金をむしり取ろうという発想だろう。賢い。


 これから慌ただしくなりそうなので、そうなる前にとっとと入街税を払ってハイディーガの街に入る。


 まず、冒険者ギルドへ行く予定はない。絡まれるの嫌だし。素直に宿を借りることにしよう。


 幸い、王都で姉の借金を返そうと思って貯めたお金がまだまだある。

 案の定「夜明けの黒鳥」は受け取ってくれなかったから、馬車の旅に向けて消耗品を買い足したものの、ほぼ丸々残っているのだ。だからしばらくお金は大丈夫。贅沢しなければ二十日は何もしなくても過ごせるだろう。


 もう夜も遅い。

 往来を行く人は非常に少ない。


 いても、どこぞでしこたま飲んで帰途に着く酔っぱらいとか、明らかに目的があって足早に歩く商人風の人とかだ。さすがに一般人が出歩く時間ではない。


 教えてもらった宿を訪ね、料金を聞き、ひとまず二晩食事なしで取っておく。料金は先払いだ。


 案内された部屋は……まあ王都の宿や暗殺者の村の寮よりは広いけど、やはりベッドしかない簡素なところだった。

 まあ特に問題はないので、今日のところは何も考えずさっさと寝ることにした。


 あまり食べた気はしないが、さっき乱暴な夜食も済ませたし、とりあえず空腹ではない。

 旅の疲れも溜まっているので、まず身体を癒すのが先決だ。


 さっさと服を脱いでベッドに潜り込む。

 すぐに意識は眠りの世界へ落ちていった。





 というわけで、ハイディーガの街である。


 昼過ぎまで爆睡した翌日、支度をして外へ出た。


 大通りを少し歩いてみて思ったことは、前情報通りと言っていいのかな。

 一言で言えば、冒険者が多い。


 武装して歩いている者が結構目につく。

 たとえ非武装でも、どうにも堅気に見えない人もいる。たぶんあれらも冒険者だろう。


 この街は王都より規模が小さいはずだけど、冒険者の数だけで言えば、王都にも負けていないんじゃなかろうか。


 それと、活気も負けていない。

 屋台や飯屋などの呼び込みの声が引っ切り無しに聞こえてくる。

 多少荒っぽい冒険者を相手にしているせいか、お上品に静かに商売を……というスタイルではやっていけないのだろう。俺はちょっと苦手かな。人が多いところ自体がアレだから。


「――いらっしゃいいらっしゃい! ハイディーガ名物『肉ロール』だよー! 携帯食にもちょっと小腹を埋めるのにも最適の『肉ロール』だよー! うちが元祖だよー!」


 さりげなく散策を始めてすぐ、そんな呼び込みが耳に入る。


 何、肉とな?

 肉と言われれば肉好きとしては無視はできない。表には出ない性質だが俺の肉好きは姉を超えていると自認している。姉の場合、ただ常軌を逸しているだけだからね。あれは普通の肉好きに含めていいジャンルの人ではない。


 声の出所は、大通り沿いの小さな定食屋のようだ。


 だが見たことがない構造で、件の「肉ロール」というのを道路に面した店の中から、屋台風に作って売り出している。

 なんて言えばいいんだろう? 店の中に屋台がある、中に埋め込まれている、みたいな感じか? もしくは売り場が外向きにあるだけ、とも言えるのか?


 まあいいか。なんでも。


 それなりに売れているようで、並んではいないがパラパラと買いに来る客が「肉ロール」を注文し、受け取ってはさっさと行ってしまう。流れが早いというかなんというか。


 よし、行ってみよう。


「こんにちは。一ついくら?」


「まいど! 一つ……あれ? 新人の冒険者? 見ない顔だね」


 二十歳に届くか否か、といった年頃のハキハキしゃべる女性が、俺の顔をまじまじと見る。……あんまり見られたくないんだけど。


「冒険者じゃないけど、この街には来たばかりだよ。これがこの街の名物なの?」


 確か王都の名物は、「大葱と青鴨のスープパスタ」だった。

 まあ正確は、大葱が特産のナスティアラ王国全土の名物、とも言えるらしいが。


 難しいことはわからないが、なんでも国を挙げて特産の大葱を使った料理を作ることを推奨していて、国単位で応援しているとかチラッと聞いた気がする。


 まあ、それもどうでもいいか。おいしければなんでもいいと思う。


「そうだよ。薄焼きのパンに、特製のタレで焼いた豚肉と新鮮な野菜をたっぷり入れて巻いた、お手軽に歩きながら食べられるおいしい料理だよ」


 ほう。特製のタレか。それが売りなのか。


 何にせよ、肉好きとしては一度は味わっておくべきだろう。迷わず一つ購入した。


「ついでに聞きたいんだけど、狩猟ギルドってどこにあるかな?」


「え? 狩猟……ギルド?」


 あ、この反応とこの顔、聞いたことすらないって感じだ。


 答えを待つまでもないようなので、受け取った「肉ロール」を持って早々に売り場から避けた。

 俺の後ろに人が来たからだ。強者の気配がするので、たぶん冒険者だろう。


「――ジェリちゃんおはよ! 今日も可愛いね!」


 俺と入れ替わりで、やたら軽い男が埋め込み屋台にやってきた。


「おはよって、もうお昼過ぎてるけど」


「はは、真夜中出勤があってね。さっきまで寝てたんだ。

 昨日の夜中にたたき起こされてさ、下手打ったガキどもが街の近くまで鉄兜を引っ張って来ちゃったらしくてね。その討伐に呼ばれちゃった」


 あれ? なんか知ってる話かも。


 さっさとここを離れようと思っていたのだが、話が気になるので、背中を向けたまま聞かせてもらうことにする。


「で、結局片付いたのが明け方でさ。疲れちゃったよ」


「そうなの。それで、鉄兜はどうなったの?」


「もちろん仕留めたよ。この俺が出たんだから」


 ふうん……この男、そんなに強いのか。まあさほど興味もないけど。


「それはそれはお疲れ様。それで? もちろん買うのよね?」


「どうしようかなー? ……はは、ウソウソ。ジェリちゃんの笑顔付きなら喜んで買うよ」


 店員の女性が、まんざらでもなさそうに「もう」とか言いながら笑い声を漏らす。女心はよくわからないけど、まあまあ気があるって感じだな。


 まあ、それもどうでもいいことだ。

 とりあえず暖かい内に食おう。肉好きとしては肉が一番おいしい時に食べたい。これは肉好きじゃなくても誰しもそうか。


「――あ、うまい」


 野菜と薄く焼いたパンはともかく、甘味が強い辛めのタレで焼いた豚肉が主役か。このなんとも言えない複雑な味わいのタレ、どうやって作るんだろう? 若干果物の味がする気もするけど……気になるなぁ。でも質問しても教えてくれないよなぁ。


 男が露骨に女性店員を口説き出したので、もう俺の気になる話はしないようだ。「肉ロール」をかじりながらその場を離れた。





 観光しに来たわけじゃないし、観光する時間はこの後どうとでも取れると思う。

 まず最優先は、狩猟ギルド=暗殺者ギルドに顔を出して、次の指示を聞く。これだ。


 俺だって、貴重な機会に恵まれたこの一年を無駄に過ごしたくはない。息抜きは必要だが、遊んでばかりもいられないし、無為に過ごすのも嫌だ。


 王都と同じように、武器屋から弓を取り扱う店を聞き、その流れで狩猟ギルドの場所を聞く。


 散々情報に振り回されて歩かされたものの、なんとか断片的な情報を辿り。


 ついにそこに辿り着いた。


「ここが……」


 立派な建物を見上げて、呟く。


 ――そう、ここは大浴場ゲルツの湯。


 風呂好きの大商人が頭取を勤めるゲルツ商会が買い取り、建設した大衆浴場。


 かつて狩猟ギルドがあった場所。

 業績が芳しくない狩猟ギルドが潰れて、建物や土地が売られて、そのなれの果てがコレである。


 この街の狩猟ギルドは、すでに終わっていたのだった。





 こればっかりは俺にもどうしようもないので、とりあえずひとっぷろ浴びてから次の行動を考えようと思う。




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