<< 前へ次へ >>  更新
57/469

56.メガネ君、村から追放される





 村から出ろ。


 言葉の意味を少し考えてみたが、どうしてもそれ以外の言葉とは考えられなかった。


「え? 追放ってこと?」


 予想だにしない言葉に聞き返せば、御者のおっさんは頷いた。


「一時的に、だがな」


 と、結構大事な一言が付け加えられて。なんだよ。そういう大事なことは先に言え。


 そりゃそうだろう。ここで追い出されたら何しに来たんだって話だ。

 俺はこの村に来て、まだ何も身に付けていない。さてこれから師事するぞ、いっぱい暗殺者の技術を学ぶぞという段階。生活の基盤を整えた程度のことしかしていない。


「想定外のことが多くてな。そしてその多くにおまえが関わっている。だから一時的に遠ざけようという判断を下した」


 想定外?


「ちゃんと理由がある。まず私の話を聞け。そのあと質問に答えよう」


 御者のおっさんは、俺の疑問にちゃんと答えてくれた。これがちゃんと意味と理由のある追放であることを強調するように。


 まず、長い馬車の旅。

 例年通りなら、まずこれで生徒たちの仲が非常に悪くなるらしい。協力体制を取る気にもなれず、必死で自分だけで生きる術を身に付けようとするそうだ。


 つまり、まず村についてからは、すぐに食べられる野草を覚えたり、獲物を捕まえる方法を考えりするらしい。


 「村では自由にやっていい」とは言ったが、自ずと最初にやるべきことは決まっていたということだ。

 何をしようがしまいが、空腹は絶対にやってくるし、食わなければ生きていけないのだから。


 まず自給自足の生活をさせ、生きる術を身に付けさせること。

 暗殺者の村で一番にやることは、全員がこれになるはずだった。


 しかし今年は、セリエが身体を回復したり俺が簡単に食料を調達するおかげで、馬車旅でもそこそこの仲のままをキープした。

 それだけならまだしも、問題は続いた。


 特に俺が問題らしく、村でも食料調達をこなす俺がいるせいで、俺以外の生徒たちは自活する方法を身に付けない。身に付けようともしない。このままでは身に付けない。


「そうだね。できるのにやらないのと、できないからやらないのとじゃ、本当に意味が違うよね」


 交換条件で応じていいのは「できるのにやらない人」だったのか。


 言われてみればすごく実感している。そうか。俺は貸しという形で食料を提供していたが、それがダメだったのか。


 村の教育方針がどうなのかは置いといて、まず最初に、俺がいないと生きていけないなんてことになると、結局俺が困る。

 サッシュは自活できると思うが、女二人は結構怪しいと思う。


 いつまでも一緒というわけではないし、俺だって自分を優先しながら学ぶつもりだ。頼るのはまだいいが、頼りすぎなのはダメだと思う。

 それに、今はよくても、却って彼女たちのためにもならないだろう。


「次に、山の魔物を狩るのが早すぎる。他の生徒がおまえの真似をして森に入られるのは非常に困る」


 それは俺自身も痛感している。だから山での狩りは自粛している。あの山はかなりまずい。


「それとこれが一番大事なことだが――各々の思考が止まりかねない。おまえは余計なことを言いすぎだ。成長を促しすぎる」


 ……ああ、サッシュのアレとかだな。本来なら自分で気づくべき点だから……おっさんは、成長の階段を自分で登らせたいのだろう。俺が口出しすると「登らされる」ことになるから。


 それはわかる。


 ちゃんと自分で考え、自分で結論を出し、そしていろんなことに気づいて成長する。それがもっとも身につく方法だ。


 ただ。


「ここにいられるのは一年でしょ? 一年しかないのに、無駄に試行錯誤させる時間はあるの? 俺はもったいないと思うんだけど」


 ここにいられる期間は限られている。今だけは急いでいいと思うんだが。


「誰かが立ち止まれば、それとなく接触して促す。それもこの村の役割だ。あくまでもそれとなく、己の力で進ませるようにな」


 なるほど。仮に無茶な訓練を続けるサッシュを放置していたとしても、村の誰かがさりげなくフォローしていたのか。


 そうか。

 だったら俺の言葉は、本当にあんまりよくなかったのかもしれない。


「このままでは、ほかの生徒はおまえに寄り掛かったまま一年間を過ごすことになりかねない。今更不仲を煽ったところで薬にはならんだろうし、無駄に精神が削られるだけ。日々の学びにも影響ができる」


 だから、とおっさんは続けた。


「おまえは村を出ろ。

 他の者たちと関係を絶ち、もう少し周りが成長するまで待て」





 話はわかった。

 納得もできる。


 確かに俺の存在が、あの三人の成長を妨げているかもしれない。あるいは俺の成長も妨げられているのかもしれない。


 きっと経験の差があるせいだろう。

 狩人としてそれなりにやってきている俺と、まだ素人に近い三人と。


 そこに差があるせいで足並みが揃わない。だからバランスが悪いのだ。


 それをどうにかするには、俺が遅くなるか、彼らが追いつくか。


「ある街に行け。そこの暗殺者ギルドを訪ねろ。おまえの師となる者を紹介してくれるだろう

 今はまだ、この村でおまえが学べることはない。違う場所で鍛えてこい」


 そして、御者のおっさんが出した結論は、両方を取ったということになる。


 俺を隔離して、しばらく違うところで育てようと。

 その間に、あの三人にもそれぞれ自活させる経験を積ませようと。


 双方の育成がある程度進んだところで、再び合流させようと。




 こうして、俺の追放が決定した。


 村で過ごす最後の夜を、なぜかついてきた猫……ではなく砂漠豹サンドウォークと一緒に明かし、そして翌日。


「――家族が連絡を取ってきたみたい。急ぎだって言うからちょっと行ってくるよ」


 朝食の時、三人にそう告げた。







<< 前へ次へ >>目次  更新