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53.メガネ君、適度な距離を保ちたい





「腹が減った」


 大方の話も終わったところで、サッシュはそんなことを言い出した。


 ここ最近は、こじらせて無駄な鍛錬を重ねていたサッシュの食生活はよくわからない。一緒に食べてないからね。

 野草だの果実だの、山の麓でも採れるもので飢えを凌いでいたのかもしれない。まあさほど気になることでもないので聞かないけど。


「おい、なんか肉よこせ」


「え? 俺が?」


「あれだけ暴言吐いたんだ。一食くらい出せよ」


 あまり納得できない理由だ。

 が、これ以上絡まれるのも嫌なので、肉だけ与えて俺は今日の予定をこなすことにしよう。だいぶ時間食われたし。


 すっかりキャンプ地のようになっている寮近くに戻る道すがら、一応最後に言っておいた。


「フロランタンに言われてきたんだよ。サッシュのこと、すごく気にしてたよ」


「は? あいつが? 俺を?」


 寝耳に水ってくらい予想外だったのか、サッシュは驚いていた。きっと完全に嫌われていると思っていたのだろう。俺もそう思っていた。


「一緒に旅して一緒に飯食った仲だから、見捨てるような真似はしたくないってさ。自分で行きたいけど、自分が行っても君は聞かないだろうから、だから俺に様子を見てこいって」


「…………」


「大人だよね」


「……フン」


「年下の女の子をいじめて喜んでる君より大人だよね」


「うるせーわかってるよ。……わかったから」


 話題のフロランタンは、やはりいつも通りキャンプ地の傍で、可愛い邪神像 (仮)の仕上げに入っていた。顔は真剣そのものだ。いじくり回している木彫りのそれが異様なまでに邪悪なだけで。

 あとセリエはぐったりしたままだ。猫も迷惑そうなままだ。あの猫いい奴だな。嫌な顔をしても我慢してるし。猫じゃないけど。


「…………」


 フロランタンの傍を通る時、何か言いかけたサッシュだが、素直になれないお年頃のようで彼女の横を素通りして焚火の跡の前に座った。完全に飯を食う体制である。


「肉の準備するから。火は任せるよ」


「ああ」


「――お、肉焼くんか?」


 少し前に昼飯を済ませたはずのフロランタンが、火の傍に寄ってきた。え、なんで来るの?


「なんの肉焼くんじゃ? 空蜥蜴は出さんのか? あれはうまかった」


 ちょっと待て。


「さっき食べたよね? これからまた食べる気?」


 保存していた肉を切ろうとしていた俺は、思わず振り返った。大抵のことは聞かないふりをして済ませるが、さすがに無視できない。


「ちょっと小腹がすいたし、少しだけ。おやつとして」


 おやつ感覚で肉を食うと言うのか。俺の姉のように。やっぱり俺の姉も忌子なんじゃ……いや、フロランタンは色々おかしいが性格は意外とまともだ。俺の姉は色々おかしい上に性格もアレだから。……俺の姉なんなんだよ。あの姉なんなんだよ。


 ……まあいいか。


 交換条件は、この先やってもらいたいことが色々あるので、そっちで返してもらおう。貸しである。すでに肉関係でたくさん貸しているが。


 肉の切り分けなどを再開する後ろで、いよいよサッシュが口を開いた。


「おい」


「あ? なんじゃチンピラ」


「……悪かったな、フロランタン」


「え……」


 初めてサッシュに名前を呼ばれた彼女は――


「なんじゃわれ急に。気持ち悪いのう。なんで名前で呼ぶんじゃ」


「あ……あぁ!?」


「言っとくけど、ないぞ? 仮にわれが貴族だの王族だのの隠し子じゃったとしても、ないぞ? うちはわれみたいなチンピラとお付き合いなんぞせんからな」


「誰がおまえに付き合うように迫ってんだよ! つかなんでフラれてるんだ俺は! 告ってもねえのに!」


 俺は振り返った。


「元気出せよサッシュ」


「慰めてんじゃねえよ!」


「たとえ剣の才能がなくても、そのうち君のことを好きになる女が現れるさ」


「剣の才能はもういい! フラれた体で話進めんな! ……つか忌子より他人事のような顔してるてめえの方が許せねえ!」


 お、おいやめろ。刃物持ってる時に揺らすな。危ないだろ。





 なんだかんだありつつ、とりあえずサッシュとフロランタンには肉を出した。

 準備は整えたので、あとは勝手に焼いたりして食ったりして片づけたりするだろう。俺が関わるのはここまでだ。


「サッシュ」


「あ?」


 ボスの娘と競い合うように肉の焼け具合を見守っているチンピラが、俺を見る。


「それなりに重量がある練習用の武器で訓練しないと、あんまり意味がないから。自分の武器と同じくらいの重量がないと、いざ実戦って時に身体が付いていかない。

 武器は作ってくれないかもしれないけど、練習用だったら作ってくれるかもしれない。作るよう頼みに行くといいよ。早めにね」


「また断られるだろ」


 それはないと思うけど。


 鍛冶場のおっさんは、サッシュの「素養」を知っていた。つまり村の人たちは俺たちの情報の共有をしている。


 ちゃんと「これなら伸びる」「こいつにはこれは必要だ」と向こうが納得すれば、その手助けはきっとしてくれると思う。


 武器はまだ持たせないかもしれないが、練習用の物なら、むしろサッシュには必要だと俺は思う。あと扱いを教えてくれる人を探して、ちゃんと使い方を学んだ方がいい。


「それなら、また蹴って帰ってくればいいよ」


 もしそれも作ってくれないなら、街へ買い出しに行く時にもう買えばいい。俺はサッシュには必要だと思うから、遠慮なく勧めようと思う。


 そしてお互いやることができて忙しくなって、適度な距離を保ちたい。





 夕方。

 鳥を数羽狩ってきて「肉の人だー」「肉の人ー」と子供たちにキャッキャ言われながら寮の前に戻ると。


 最近は無茶な訓練ばかりしていたサッシュが、同じ場所で、鉄の棒を振り回していた。


 槍だ。練習用の。どうやら無事作ってもらえたようだ。


 そんなサッシュが、戻ってきた俺を見つけて走ってきた。


「おい見ろ、これ。作ってくれたぞ、あのハゲ」


「よかったね」


 単純な、細工も何もない、サッシュの身長を超えるほど長い、ただの棒である。練習用なら充分である。


「あ、それと、風呂できたから取りに来いってよ」


 お、やった。ついに完成したらしい。






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