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49.メガネ君、生活環境を思う





「うまい」


「うまい!」


「おいしい!」


 空蜥蜴の肉は、大変美味だった。


 鳥肉のようにたんぱくながら、しかし全体にしっとりとした脂が乗っている。

 焼いたら固くなるので、厚切りではなく、薄切りで何枚も焼いて食べるというのがおいしい食べ方だと図鑑に書いてあった。


 書いてある通りに焼いて食べてみたが、とてもうまい。脂が非常に甘いのだ。そこに振られた塩の味もたまらない。肉の甘味としょっぱさが火に炙られとてもいい感じで融合している。


 見た目はゲテモノっぽかったのに、肉は非常に上品な感じである。


「…………」


「…………」


「…………」


 ふと気づけば黙り込み、俺、セリエ、フロランタンは、三人で囲んでいる火に掛けたフライパンで、黙々と焼いては食べを繰り返すのだった。猫はすでに食べ終わり、その辺をゴロゴロしていた。





 そんな昼食が終わると、「はい!」とセリエが挙手した。


「約束通り、後片付けよろしくね」


「はい! いやっ、それはやりますけど意見を聞いてほしいんですが! ちょっともう一度座って! 座って!」


 セリエは、立ち上がった俺の手を取り、ぐいーっと引っ張って座らせる。なんだよ意見があるのかよ。厄介ごとなら聞きたくないけど。


 肉の提供の交換条件に、セリエには昼食の後片付けを頼んだ。

 フロランタンは前である。昼食の準備を手伝った。


 そして猫は、俺が押しに負けて少しあげた。だって常に目の前に入り込んでくるから。自分の存在を激しくアピールしてくるから。だがもう次からは絶対にあげない。もう生ぬるいことはしないと決めた。絶対だ。


「食事はなんだかんだエイル君ががんばってくれるので、今後もなんとかなると思うんです」


 あ、うん。はい。

 この生活が始まってまだ二日なのに、自給自足の法則を無視したことを除けば、その通りだと思う。飯はなんとかなると思う。そういう問題じゃないとも思うけど。


 山の様子は見た。

 困難さも、肌で理解した。


 俺にはまだ、あの山での狩猟は早い。

 これからは大人しく、違う狩場でがんばろうと思う。できれば半年くらいで山で活動できるようになれるといいな。それまでしっかり鍛えたい。


 この村にはきっと、俺を強くしてくれる先達がいるだろうから。ここはそういう村なんだから。


 ――しかし、まあ。


 俺はふと、たいぶ離れたところで一心不乱に木の棒を振り回している尖った青頭のチンピラを見る。

 今朝のことで、今は怒りに任せて素振りで発散させている……みたいな状態だ。


 サッシュと連携ができたら、今すぐでも山で通用しそうだけど。……フロランタンでもできるかもしれないな。ああでも、彼女とは目指す方向が若干違うのかな。


「次の問題は、やっぱり生活必需品だと思います」


 うん。そうかもね。


 まだ村に到着してすぐである。

 各々が旅の道具などで日用品を代用している状態だが、一週間もすればそれもできなくなるだろう。


 ローソクやら替えの下着やら必要になるし、そろそろ洗濯なんかもしたい。塩なんかもだいぶ少なくなっている。調味料とか欲しい。


 生活必需品自体は、きっと村で物々交換すれば入手できるだろう。俺なんかは獲物と交換できると思う。


 それが無理なら、近くの町に買い出しにいくのも、一つの方法ではあると思う。

 自由に過ごしていいと言われている。村から出るなとは言われていないから。空蜥蜴の魔核とか売れるはずだし。


 修行をするにも、やはり基盤が大事だ。

 そして鍛えるにも、栄養や休養が必要だ。

 飯を食わねば強くなれないし、休まねば身体が持たないし。


 不自由のない生活は大事なものだと俺も思う。


「なんぞモノを買うっちゅう話か? うちは金なんぞ持っとらんぞ。……この可愛いお人形が売れるかの?」


 フロランタンは、すぐ傍に置いていた木彫りの可愛い邪神像 (仮)を手に取る。


 その見る者に不安を抱かせる邪悪なフォルムなら、逆に売れそうな気がする……けど、売れること自体が問題な気がする。おかしな宗教でも興ったら大変だ。


「それは売っちゃダメ」


「あ?」


「ダメだから。人の手に渡しちゃダメだから。ね?」


 セリエもだいたい同じことを考えていたようで、俺に「ね?」と同意を求めてきた。頷かない理由はない。


「そうだね。できれば売らない方がいいね」


 なんなら今すぐ火にくべてほしいくらいだし。元が薪だと言うなら、薪の役目を果たさせて供養してほしい。本当に何らかの邪悪な魂が宿る前に。


「なんじゃ二人して。うちが一生懸命彫ったのに」


 いや、そもそもだ。


「それは何を彫ったの? 具体的な可愛い何を彫ったの? 腕が六本ある可愛いものって何? 食虫植物系の魔物みたいにウネウネはみ出してる触手みたいなのはなんなの?」


 ついに俺は聞いてしまった。


 いよいよ邪神像が完成が近づいているせいか、興味がないとも言えなくなってきたのだ。

 あえて言えば、興味津々だ。悪い意味で津々だ。


 その木彫りのそれは、まだまだ粗削りな印象は強いが、形状自体はわかりやすい。ゆえに邪悪さが伝わってくるのだ。見たことも聞いたこともないけど、深淵の奥底に眠っているだろう邪神の一柱だと説明されれば信じてしまいそうな、妙な凄味があるから。


「わからん」


 しかし作者である本人は、きっぱりと「何を彫ったかわからない」と言い切った。


「うちは無心に彫っただけじゃけぇ。ただただ可愛いお人形になれと願って彫っただけじゃけぇ。

 強いて言えば――この木がこの形になりたがっておったのかもしれん」


 おい。


「なんか一流の細工師みたいなこと言ってない?」


 え、昔からの趣味だっけ? 違うって言ってたよな? 初彫りでその境地に至っているっておかしくない? というかそれこそ邪悪な魂がフロランタンに邪神を彫らせている的な意味にならない? え、忌子ってほんとに忌子なの? 見た目だけじゃないの?


「……う、うーん……」


 これにはセリエも苦笑い――いや、渋みの方が強いらしい。さすがに笑えないらしい。


「ここはひとまず、経過を見守りましょう……今は生活必需品の話です」


 経過をねぇ……すでに手遅れな気もしないでもないけど。





「話を続けますよ!」


 空気を変えるかのように、セリエは声を張り上げた。


「とりあえず、お二人の今後の予定を聞いても?」


「うちはまだまだ可愛いお人形を彫るぞ」


 本気でもうやめてほしいけど、フロランタンのことはしばらく経過を見守る方向で話が決まっている。モチーフが邪神になったのもたまたまかもしれないし。……たまたまそうなったっていうのも、それはそれで怖いけど。


「俺は、弓使いか狩人を探そうと思ってるけど」


 俺が強くなるためには、やはり教えてくれる人が必要だと思うから。


 師匠以外の狩人から教わるのも悪くない。

 地域や周辺環境に応じて狩人の腕ややり方もかなり違うと師匠は言っていた。きっと得るものも多いだろう。


「私は――お風呂が欲しいです」


 …………


 風呂。風呂か。ああそうか。風呂か。


 王都で泊まった宿を思い出してしまった。

 あの時は、入れるとなれば毎日入っていた。最近は、昔のように濡らした布で身体を拭くくらいしかできなかったが……


 あるとなれば入りたい。ないとなれば――そう、作るしかないってことになる。


「セリエ。俺も風呂が欲しい」


 そう、セリエはきっと、協力者が欲しかったのだ。

 一緒に風呂を作ってくれる協力者が。


 フロランタンはあまりピンと来てないようだが、この点に関しても、俺とセリエは同じ要望を持っているようだ。


 彼女がすっと差し出した手を、俺はグッと握りしめた。


 ――今ここに、風呂を作りたい同盟が誕生したのだった。





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