本当に角度的に首が危なかったのだが……まあ無事だったからいいとして。結構普通に顔が痛いけど。

　嫌になるほどサラッとした死の予感も余韻もそこそこに、どうにも逃がしてくれなさそうのでサッシュの隣に座ることにした。トカゲもその辺に転がしておく。

「さっきのはどういう意味だよ」

　睨まれたって困るんだけど。

「武器女の話？　ただの流行じゃないの？」

「それじゃねえよ！　そっちはどうでもいいんだよ！　そんなのが流行ってる意味もわかんねえんだよ！」

　そう言われても。流行ってるのは本当なのに。武器女。

「なんであのおっさんが俺に武器作ってくれないかって話だよ！」

「それはおっさんが決めたことでしょ？　俺が知るわけないよ」

「でもおまえなんか『やっぱり』みたいなこと言ったよな！？」

「言ったっけ？」

「言ったんだよ！」

「ああ、武器女の話か。詳しく話すなら」

「それじゃねえ！！　マジで話が進まねえからそこは認めろよ！！　てめえはこの話が済むまでどこにも行かせねえからな！！」

　それは困る。

　さっきこなした狩猟は、俺に色々な課題を見せてくれた。今すぐにでもやりたいことがあるのだ。

「俺はこんなところで立ち止まってられねえんだよ。一年なんてあっという間だ。一秒でも早く強くならなきゃいけねえ」

　……細々違うとは思うが、サッシュと俺は、向かう方向はきっと一緒なんだろうな。

　仕方ない。少し真面目に相手するか。

　俺だってこんなところで足止め食らっている場合じゃないんだから。

「手短に説明するのと、ちゃんと説明するの、どっちがいい？」

　俺としては手短な方を選んだら、きっとちゃんと説明するはめになると思うけど。

「手短に頼む」

　はいはい、二度手間ルートね。

「怒らないで聞いてね。あくまでも俺はそう思うってだけの話だから。おっさんは違う理由で作らないのかもしれないし」

「わかった」

「単に君が嫌いだから嫌がらせとして作りたくないなーって思ってるかもしれない。ロクな使い方しないだろうから断ってるのかもしれない。チンピラが嫌いなだけかもしれない」

「前置きはもういい！　早くおまえの予想を言え！」

　よし、じゃあ、言おうか。

「単に君が弱いからだよ」

「なんだとコラァ！！」

　おい。言った傍から怒ったな。あれだけ前置きしたのも意味なしかよ。わかりやすいチンピラだな。

「君に武器持たせたらすぐ死ぬって思ったんじゃない？　武器はあくまでも戦う力なのであって、使い方は君次第だから。君自身が弱いんじゃどれだけ強大な力を持っても仕方ないよね」

「言ってくれるじゃねえか！　てめえで試してみっか！？」

　わかりやすいチンピラが、わかりやすく俺の胸倉を引っ掴む。怒らないで聞けって言ったのになぁ。あれだけ前置きもしたのに。わかりやすいレベルで忘れやすすぎるだろ。

「求められる強さの系統が違うんだよ。

　たとえばケンカなら、俺より君の方が強いんじゃない？

　でも命の取り合いだったら負ける気はしない。やるとなれば、俺は躊躇なく君を殺せるけど。君は俺を殺せる？

　魔物と戦うってそういう意味なんだよ。

　ケンカではなく、いかに相手を殺すか考えなければならないんだ。どれだけ効率よく殺せるかを突き詰めるんだ。拳で殴り伏せるってわけにはいかないんだよ。キリのいいところで終わり、なんてこともない。

　どちらかが死ぬか、逃げるか。

　決着の行方はすごくシンプルに、行きつくところに行きつくんだよ。中途半端はないから」

　俺にしては長文を話したものだ。

　サッシュの怒りに動揺が生まれる程度には、伝わったみたいだ。言った甲斐はあったかな。

　そして、付け加えると、だ。

「あんまりこういうこと言わせないでね。俺は人に偉そうに説教できる身分じゃない。まだまだそれが許されるような一人前の狩人とは言えないんだから」

　一応師匠から一人前の太鼓判を押されたが、だからって師匠に並んだとは思っていないし、もっと学ぶべきことが残っていると思っている。

　だから今、俺はここにいるんだろう。

　もっともっと強くなるために。

「――何じゃれあってんだ」

　早く殴るか離すかしてくれないかなーと思っていると、ようやく鍛冶場のおっさんがやってきた。

　巨大な男だ。上背はそうでもないが、とにかく分厚い。腕の筋肉とかがすごい。汗で肌に張り付いた肌着は、その身体がどこまでも鍛え抜いた筋肉であることを隠そうともしない。見た目はすごく強そうだ。というかたぶん強いだろう。

　一切髪がなくて頭はつるりとしているが、ハゲなのか剃っているのかはまだわからない。茶色の眉毛も濃く無精ヒゲも生えた、雄々しいまでに男らしい筋肉おっさんである。

「おいおっさん」

　サッシュが、俺の胸倉を離すと、立ち上がっておっさんに詰め寄った。

「おまえにおっさん呼ばわりされる筋合いはねえよ。早く帰れ」

「おっさん、俺が弱いから武器作ってくれねえのか？」

「…………」

　おっさんは、座っている俺を見下ろした。

「おまえ余計なこと言ったな？」

　そうだね。我ながら余計なことを言ったと思ってるよ。おかげですごい絡まれたし。長いことしゃべらされたし。

「聞きたいって言うから仕方なく。言わないと殴るって脅されて」

「ハッ！　こんな口だけ小僧に脅されて、おまえほどの奴がビビるわけねえだろ！」

　それは過大評価だろう。俺だって殴られたくはない。

「おいおっさん、そいつより俺との話が先だろう」

「俺はおまえと話すことなんてねえよ。むしろそっちのガキが俺の客だ」

　そうだね。そっちのガキであるところの俺こそ、一応おっさんに待たされている客だからね。

「俺が弱いから作らないんだよな？　じゃあ俺が強いことを証明したら、作ってくれるよな？」

「はあ？　だから俺はおまえと話は……チッ、めんどくせーなぁ。なら証明してみろよ」

　と、おっさんは鍛冶場に戻ると、一振りの木剣を持って戻ってきた。

「俺に一発当ててみろ。そしたら作ってやる。ただし木剣を取られたらおまえの負けだ。大人しく帰れ。今度は座り込みも認めねえ。約束だぞ」

「ああ、約束だ。――絶対に後悔させてやるけどな」

　サッシュは自信満々で、おっさんから木剣を受け取った。

　…………

　あ、この流れは、もうちょい待ってろってことですね。わかりました。

　決着はあっという間だった。

「くそっ！」

　案の定、サッシュが負けた。

　負けたのだが。

　ただ、その内容は俺の予想を大きく覆すものだった。

「聞いてるぜ」

　ほんの一瞬で木剣を奪ったおっさんが、悔しげに地面を殴るサッシュに言う。

「おまえの『素養』は『即迅足（ファストブーツ）』……短距離を一瞬で移動する肉体強化系だよな。

　戦闘においては非常に優秀な『素養』だ。

　だがネタがバレてりゃ対応は簡単だぜ？　もっとも、ネタバレしてなくてもおまえの速さに対応できる人間なんざ、この村にはゴロゴロいるけどな」

　へえ。短距離を一瞬で、か。それなら納得の結果だ。

　サッシュは速かった。

　本当に、目にも止まらぬ速さでおっさんに迫っていた。

　そしておっさんは、いとも簡単に避けて足を掛けて木剣を奪った。サッシュは迫った勢いのまま地面を転がっていった。

　全てが放たれた一矢ほどの間で起こった、ごくごく短い一瞬の勝負だった。

　うーん……結果の見えた消化試合だなぁと思っていたけど、予想以上にいいものが見れたな。ごめんサッシュ。君は弱くなかったよ。相手が悪かっただけだよ。

　大抵の相手なら、勝てるかどうかは別として、一発は必ず入ったと思う。それくらい速かった。来るのがわかっていても避けられないスピードだった。

　この村の住人がアレなだけだ。この鍛冶場のおっさんも含めて。

「約束だ、早く帰れよ。――待たせたな坊主」

　あ、はい。……あ。

「――いてっ！　……てめえこの野郎！！」

　サッシュはおっさんのケツに蹴りを入れると、「素養」を駆使して風のような速度で逃げていった。

　やるなチンピラ。今の蹴りは見事だった。やってやろうっていう動の気配さえなかった。さしものおっさんも避けられなかったくらいだから。

「なんなんだあのガキは！」

「ええ、でも、意外と根性ありそうですね。将来が楽しみだ」

「……おまえも誰目線で語ってるんだよ」

　そりゃもちろん、おっさんの本音の代弁をしたつもりですが。

　本人は気づいてないみたいだけど、顔がちょっと嬉しそうだし。あれは帰ってくるだろうなーって思ってそうな顔だし。

　まあ、それはそれとしてだ。

「それじゃおっさん、俺の用事お願いします」

「おう。おまえにもおっさん呼ばわりされる筋合いはねえけどな。だいたい俺はまだ二十代だ」

　あ、そう。四十くらいだと思ってたのに意外と若いんだ。

　でもまあ、雰囲気は間違いなくおっさんなので、おっさんでいいだろう。