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46.メガネ君、チンピラに絡まれる





「うわあ気持ち悪い」


 生きている頃は透明にもなるが、地の色は枯れ葉も山の賑わいみたいな茶系統だ。

 その辺も加味して、見た目だけなら地味な色合いでコーディネートされたただの大きなトカゲなのである。


 強いて違う点を上げるとすれば、所々の鱗に、短い毛がびっしり生えているところか。

 うーん……冷静に見ると派手にハゲ散らかしてる感じに見えるわけだから、決して可愛い部分ではないのかな。頭にも生えてトサカみたいになってるんだけど。


 そんなものを担いで帰ってきた俺を見て、朝食の準備をしていたセリエがぼそっと漏らしたのだ。意外と辛辣な感想である。彼女は結構当たり障りなく優しいタイプだと思ってたのに。トカゲには厳しかった。


 まあ別に構やしないけど。


「ナイフ持ってる?」


 解体用ナイフを失った俺は、狩った空蜥蜴をさばくことができない。

 解体方法も図鑑に載っていたので、できれば自分でやって感覚を掴んでおきたい。


 まあ、理想を言えば、できる人に教えてもらいながら自分でやる、というのがわかりやすいし理解も早いんだけど。


「ないです。あっ、それって料理用のナイフ?」


「いや、解体用」


「じゃあないです」


 きっぱりと。しかも二度も。たとえ持っていたとしても使用用途を考えたら貸したくない感がすごい。別にいいですけど。


「うおっ! なんじゃこりゃぁ!?」


 あ、フロランタンが来た。猫付きで。猫じゃないけどこの二人は仲はいいのかな。昨日からはべらせてるけど。


「狩ってきた」


「なんでじゃ。もっとうまそうなのを狩ればいいのに。なんじゃこれ。トカゲか。まずそうじゃの」


 うん、トカゲだね。


「すごいおいしいらしいよ」


 図鑑にはそう書いてあったし。革も魔核も大変貴重だと書いてあった。

 それと、吸い付くような肌質をしている手のひらの革とか、かなり需要があるらしい。この巨体がするする木を登れる理由がそこにあるから。


 というか、たぶんこの空蜥蜴という魔物、俺が考えているよりよっぽど性質が悪いんだと思う。

 性質が悪いし狩りづらいし、冒険者で言えば二ツ星でも単独で討伐はできないんじゃなかろうか。


 まず見つけられない。

 まるで夜寝ている小鳥のように静かだ。この巨体であれほど気配が読めないとなると、発見することさえ困難だろう。


 幸運にも発見できたとしても、透明になる。

 何らかの着色料を付けられると短時間だけ楽になる、とは図鑑に書いてあったが。

 しかし、そもそも透明化は物理的な能力ではなく、魔力からなる特性の一つ……人で言えば「魔術師の素養」である。


 ぶっちゃけ着色料くらいなら、少し時間が経って「着色料が付いているのがあたりまえ」と空蜥蜴がその状態に慣れてしまうと、一緒に透明化してしまうらしい。だから効果は短時間となる。


 更は、窮地になると逃げる。これが一番厄介だろう。

 何せ見えない敵が逃げるのだ。しかも木の上に行き、他の木に飛び移ったりして移動していく。普通の人には追えないルートを逃げていくのだ。

 正直、逃げの体勢に入られたら終わりだと思う。追跡の困難さは刺歯兎の比じゃない。


 着色料よりもなんらかの臭いを付けた方が追跡はしやすいかもな、とはイメージトレーニング中に俺も考えたが。

 でも根本的に、今の俺の実力では、初手で致命傷が取れなければ、大人しく諦めた方がいいと思う。対峙したらまず負ける。


 何せ、今回の狩猟は間違いなく「メガネ」に頼り切ったものだから。

 発見にしろ、不意打ち出来たことにしろ。

 俺の狩人としての実力ではないからね。だから悔いが残っているのだ。


 要するに、「ただの人にはめっぽう強いけど俺だけには弱い」みたいな、空蜥蜴はたまたま「俺のメガネ」にだけ相性が良かった的な感じではなかろうかと。そんな感じです。


「なんじゃと。食えるんかこれ」


「らしいよ」


「ほんなら話は別じゃ。じゃあ食うか」


 フロランタンに上げるとは一言も言ってないんだけど。完全に自分の腹に入る気でいるみたいだけど。そんなに赤い目を輝かせないでほしいんだけど。


 あと猫もな。興味深そうに近くに来て匂いを嗅ぐな。

 今朝はちょっと柄にもなく甘い顔を見せてしまったが、今回は絶対に上げない。ただの猫ならともかく猫じゃない猫に餌付けなんてしてられない。食べる量も多いし。そもそも猫じゃないし。


 でも、何はともあれ、まず解体しないと。


 フロランタンにもナイフを持ってないか聞くも、やはり持っていなかった。


 仕方がないので、トカゲを降ろす間もなく、また移動だ。確実にナイフがあるであろう場所へ行ってみることにする。

 ついでに解体のやり方も教えてもらえればいいけど。





 この辺に来たのは初めてだ。


 今日も、いつ頃からか金属を叩く高い音が聞こえていた。向かうのは音の先……村はずれの鍛冶場である。


 果たして見えてきたのは、小さな一軒家と、その横にある屋根付きの小さな鍛冶場であった。

 使い古した金属を溶かす炉、金床に金槌、そのほかなどなど、年季の入った鍛冶道具が遠目にも見える。そしてそこで働く屈強な男の姿も。


 ただ、それより気になる青い頭があった。


「何やってるの?」


 鍛冶場の前で座り込んでいる逆立った頭は、ややくたびれてきているが、間違いなくチンピラのサッシュのものである。


「あ? ……うおっ、なんだそれっ」


 振り返り俺を見たサッシュが、担いできたトカゲを見て驚いた。ここまでですれ違った村人は全然驚かなかったんだけどね。さすがは暗殺者関係の人たちである。


 それにしても、昨日も今朝も会えなかったサッシュが、まさかこんなところにいるとは思わなかった。まだ朝も早いのに。


 ……会えなかった?


 ……昨日から、今まで、ずっと?


 ……まさかこいつ、昨日からずっとここに……


 …………


 まあいいか。別に。


 サッシュは置いておいて、俺は鍛冶場に歩み寄ると、仕事中のおっさんに声を掛けた。


「こんにちはー。こんにちはー。おはようございまーす」


 金槌で金属を叩いている音で聞こえなかったようだ。何度か挨拶すると、ようやく鍛冶場のおっさんはこちらを向いた。


「仕事中に話しかけんじゃねえ!! ……えっ、それ空蜥蜴か!?」


 いきなり怒鳴られたと同時に、質問も飛ばされた。汗も飛び散った。忙しい人だ。


「解体用ナイフが欲しいんだけど、あるかな? あとできれば解体のしかたを教えてほしいんだけど」


「あ、ああ……今は見ての通り取り込み中だ。ちょっと待ってろ。解体も教えるしナイフも出す」


 おっさんはそれだけ言うと、また仕事を再開した。どうやら少し待たないといけないらしい。


「おいっ。おいってっ」


 そして必然的にサッシュに声を掛けられる、と。

 まあ待ち時間の時間つぶしにはなるかな。


「何やってるの?」


 今一度、そんなに興味はないけど間を持たせるために聞いてみた。


「あのオヤジに俺の武器を作るよう頼んでるんだ。全然作ってくんねーの」


 あ、やっぱり。


「断られたから座り込みで頼んでるんだね?」


 たぶん、昨日から今まで、サッシュは寮にも帰らずここにいたのだろう。

 かなり早かったはずの今朝の起床時間でも、寮内には一人だけ気配がなかった。いなかったのはサッシュだ。


「そうなんだよ。おまえからもあのオヤジになんか言ってやってくれよ」


 いやあ。俺が言ってもダメだろう。初対面だし、口添えしても効果があるとは思えないし。さっきいきなり怒鳴られたし。汗も飛んだし。


「それにしても、そのトカゲでけーな。魔物だよな? 狩ったのか? おまえ腕いいな」


 腕で狩れたならそうなんだけどね。

 残念ながら、腕の良し悪しより「メガネ」頼りだから。


「俺も武器さえあれば、ガンガン魔物を狩りまくってやるのにな」


 ああ……なるほど。


「だから武器作り断られてるんだね」


「あ?」


 ……あ。口が滑った。今のは言わなくてよかったやつだ。


「今おまえなんつった?」


「ブキージョって知ってる? 今ナスティアラの王都でなんとなく増えてきてる武器マニアの女性たちのことでね、ブキージョあるいは武器女とも呼ばれている変な人たちだよ。おかしいねアハハ……ってさっき言ったんだけど何か気になることでも?」


「明らかにさっきより言葉が多い!」


「そんなことないよ。じゃあ失礼しまーうぐっ」


 立ち去ろうとしたら両足にしがみつかれた。両手はトカゲを……というかトカゲを担いでいるおかげで上半身だけ重いというバランスの悪い状態で、両足を取られた。


 完全に顔面から転ばされてしまった。なんなんだよ。


「行かせねえぞてめえ! どういうことか話せ!」


「その前に君が離せよ」


 今完全に顔面から行ったんだぞ。しかもこけた頭の上にトカゲがのしかかる的なアレになったんだぞ。地面とトカゲに挟まれたんだぞ。


 何気に首の骨が危なかった。死ぬなら狩場で死にたい。こんな事故死は嫌だ。







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