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43.メガネ君、図鑑を読める者を探す





 薬師のおばあさんに液体の麻痺毒入りビンを貰った。


 肌に触れても大丈夫だが、目や口、傷口などから混入すると、少量でも三秒で全身に回るとか。非常に強力である。

 これで植物由来の麻痺毒というのだから、恐ろしい植物もあったものだ。


 この毒で死ぬことはないそうだが、狩場で動けなくなれば、それこそ死んだも同然だ。扱いには注意しないと。


 そして、逆に言うと、これくらい強い毒じゃないとこの辺の魔物にはあまり効かないそうだ。


 魔物には魔核というものがある。

 ちょうど身体の中央、心臓辺りにあることが多いのだが。


 教えてくれた師匠も詳しくは知らなかったみたいだけど、その魔核が魔力の源となっていて、魔物の強靭な肉体を維持したり、生命力や耐性を与えたりしているらしい。


 見る見る内に傷が治る、毒が効かない、巨体を維持する筋肉や骨の強度を保つ、有名なもので言えばドラゴンのブレスなど、魔物固有の様々な能力の源となっている。


 そして魔核を失うと、肉体に綻びが生まれ、朽ちていくのだ。


 魔物が生命として終わっても、魔核があると一日二日は劣化しない。死後硬直などもあまりしない。限度はあるが、しばらくはもつ。

 以前狩った刺歯兎も、魔核を維持したままだったので、半日解体せずとも鮮度は保たれていたというわけだ。


 ちなみに言うと、魔物と動物の境界線は、身体に魔核があるかどうかで分けられている。魔物でも人を襲わない者もいるから、人を襲う者だけが魔物というわけではない。


 で、話は戻るが。


 強い魔物というのは、魔核が大きい。

 あるいは魔核が内包する魔力が大きい。


 その魔核が機能している結果、物理的な攻撃にも強かったり、毒物も受け付けない、といった現象が起こる。


 それが、強い魔物と弱い魔物の差である。

 単純に見た目だけで力が強い弱い、筋肉量という見えるものだけで個体の強さが決まるわけではないのだ。


 あ、そういえば、フロランタンがそうだった。

 彼女は、見た目だけで言えばただの小柄な少女だが、実際は俺よりよっぽど力持ちだ。それは魔力を利用した「怪鬼かいきという素養」のためだとか。


 要するに、魔物も魔力で強化・耐性を得られる「素養」を持っている、と考えればわかりやすいだろう。





 そのフロランタンが、寮の前で座っていた。

 横に巨大猫をはべらせて。


 まだ一緒にいたのか。……やっぱり猫じゃないと思う。大人しく伏せて寝ているけど、猫ではないだろう。


「何やってるの?」


「見てわからんか?」


「うーん。……自分で考えた最強の神の像作り?」


「この世の信仰にケンカ売る気はねぇわ。どう見てもただの木彫りじゃろうが。掘っとるのは可愛いお人形さんじゃ」


 ああそう。……お人形? なんらかの動物に……いや、その妙に禍々しいフォルムは、邪神の像にも見えるけど……まあ、多くは聞くまい。人のセンスに云々言えるほど俺のセンスも良くはない。


 そう、フロランタンは座れる程度の薪を尻に敷き、手元に一本取りナイフで削り出すという、いわゆる木彫り細工をしていた。


「なんで? 趣味?」


「違う。力のコントロールじゃ。うちはちぃとばかり『素養』の操作が上手くない。全力か中くらいか使わないか、の三つくらいしかできんのじゃ」


 ああ、なるほど。もうちょっと細かく使えるようになりたいのか。


「それで身につくの?」


「わからん。やれ言われただけじゃけぇ。なかなか難しいのう」


 それは、フロランタンの額に汗が浮いていることからもわかる。だいぶ真剣に、慎重に、集中してやっていたのだろう。


 まあ、俺も色々始めたように、フロランタンたちも早速動き出しているってだけの話である。やはり遊びに来た者はいないってことだ。


「われは何しとるんじゃ?」


「狩りの準備かな」


「大物を狩る時は声かけぇよ。運ぶくらいしたる」


 そうします。


 あの山には魔物が多い。その場で解体なんてしていたら、周囲の魔物がすぐに襲ってくるだろう。

 仕留めて回収して即座に退却という流れは、考えるまでもなく確定だ。


「セリエとサッシュは見た?」


 セリエは今朝一緒に朝食を食べたが、チンピラのサッシュは見ていない。俺たちと同じように、すでに動いていると思うが。


「ああ、セリエは魔術師を探しに行ったままじゃ。魔法の修行がしたいんじゃと」


 魔法の修行か。彼女は貴重な「魔術師の素養」を持っているからな。伸ばす方向で考えているのか。


「チンピラは、村はずれの鍛冶場へ向かったはずじゃ。理由は聞いとらん」


 たぶん武器が欲しいんだろうね。強くなりたいって言ってたから。


「ところでフロランタン。文字読める?」


「文字? 読めんな。数字は覚えたが文字は覚える機会がなかったけぇ」


 そうか。図鑑どうしようかな。村の人に頼むべきかな。


「セリエに訊いてみたらどうじゃ。貴族じゃけぇ読めるじゃろ」


「でも修行してるんだろ」


「いや。帰ってきおったで」


 顎でしゃくった先を見れば、確かに金髪メガネが歩いていた。微妙な顔をして。


「おう。魔術師見つかったか?」


 フロランタンが声を掛けると、セリエははっとした。どうやら俺たちに気づいていなかったようだ。


「はい。……二、三日は倒れるまで魔法を使い続けろ、と言われてしまいまして……」


 どうにも言われたことを消化できないまま、セリエは歩きながら考え、ここに至ったらしい。


 それにしても、倒れるまで、か。


 俺が「メガネ」を作り出せるのは、一日に三つまで。三つ作ったら気を失う。

 セリエが受けた指示は、何度もあの状態を体験しろってことか。俺なら嫌だけど。


「ようわからんな。なんの意味があるんじゃ」


「さあ……ただ、一人でできるから一人でやれと言われまして。だから戻ってきました。ところでフロちゃんは何を?」


 セリエに聞かれ、フロランタンは俺に説明したのと同じ言葉を繰り返した。


「コントロールですか……上手くいくといいですね」


「おう」


「ところで、その……大悪魔みたいな像は、何を掘ってるんですか?」


「どこからどう見ても可愛いお人形じゃろうが」


「え? それ、が……?」


「はあ? 文句あるんか?」


「いえ…………別に……」


「…………」


「…………」


 …………


 まあ、センスって人それぞれだからね。


「セリエ、文字読める?」


 二人の間に言い知れぬ不穏な気配が漂い始めたので、俺が割って入った。普段なら放っておいて逃げるところだが、今は俺も用事がある。


「え……ええ、読めますよ。さすがに古の文字や暗号などは無理ですが」


「これはどうかな」


 図鑑を渡すと、セリエはパラパラとページを捲り、「大丈夫です」と答えた。よかった。


「俺に読んで聞かせてくれないかな。内容を知りたいんだ」


「いいですよ。――夕飯はいただきますが」


 どうやらセリエも、自給自足の洗礼を受けてきたようだ。


 でもそれくらいなら安いものだ。













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