42.メガネ君、毒を入手する
正攻法で狩りができないとなれば、違う手段を講じるのが狩人である。
そもそもを言えば、人間はそこまで強くない。
動物も魔物も、基本的に人間より運動能力が高いのだ。武器無しの裸同士でやりあえば、草食動物にだって勝てるかどうかわからない。
その差を埋め、覆すのが、知恵である。
優位に立てるよう道具を考案し、技術を磨き、考えうる最善を尽くして最適解を導き出して狩猟へ向かう。
昔から狩人はそうやって戦ってきたのだ。
強敵と戦う術を考えながら一旦下山し、暗殺者の村を見回す。
――まず毒使いを探そう。
暗殺者が集まるここなら、絶対に一人はいるはずだ。毒なんて暗殺者のイメージカラーってくらい鉄板の組み合わせだから。ただの一般論だが。
教えを乞うか、ただ毒薬を入手するかはまだ決めていないが、その辺を含めて毒薬の専門家と話がしたい。
俺が使える毒は、結構一般にも知られていて、入手もたやすいものばかりだから。
それだけに、劇薬や、強力な毒は知らないのだ。
簡単な物なら自分でも作れるけど、調合を誤ったら自分の命に関わってくるようなものは、師匠は教えてくれなかった。師匠自身も調合はあまり得意ではないと言っていたので、毒の種類も知らないのだと思う。
畑を耕しているおっさんに「毒を扱う人はいるか?」と聞けば、一発で教えてくれた。所在を聞く程度なら交換条件などは付けられないようだ。
あのおっさんも、なんらかの暗殺者なんだろうか。よくわからなかったけど。
そんなことを考えつつ、大きな牛舎の裏に回り――それはあった。
薬瓶の絵が描かれた看板を出している、見た目は普通の民家。
そう、ここは薬師の家である。
「こんにちはー」
ドアを開けてみた。
「おっと。いきなり開けるんじゃないよ。いやらしい子だね」
…………
きっと家人であろうおばあさんがお着換え中でした。まあ別にいいか。
「毒薬を探してるんだけど」
「ああ? あたしゃ今半裸なんだけどね。いったん引っ込んでくれないかね」
「あ、別に興味ないし、気にしないんで」
「あたしが気にするんだよ!」
「じゃあ服を着たらいいと思いますけど」
「着るから失せろって言ってるんだよ! 早く引っ込め!」
お、まずい。
おばあさんが手近にあったサイフだのビンだの薬草だの変な形の石っぽいものだのを投げつけてきたので、俺はドアを閉めて退散した。
俺と一緒に外に出てきた、投げられたものを拾ってみる。
ビンの中身は、たぶん消毒薬。
紐で結わえて束になった薬草はよく見るものだ。
サイフまで投げたのか……中身は見ないけど。
問題は、この石だ。これはなんなんだろう。星型の……やはりただの石か? 材質は石だと思うけど。なんなんだろう。
「入りな」
あ、許可が出た。
「失礼しまーす」
投げ捨てられた物を拾い集め、改めて俺は、薬師の家に踏み込んだ。
「――イッヒッヒッ……我が薬道の家にようこそ」
おばあさんは黒ローブにフードを被り、いかにも呪いだの黒魔術だのに長けている魔女のような格好だ。家の中も薄暗いのでなおのことである。
カウンターこそないものの、数ある棚には薬品だのなんだのがたくさん並んでいる。中が暗いのは薬品の劣化を防ぐためだろう。
見た感じでは薬草ばかりだが、薬師なら毒も扱っているだろう。毒と薬は密接に関係しているものだから。
「あ、その黒いローブに着替えてたの?」
俺が聞くと、「はぁ~」と重い溜息を付き、ローソクに火を点けた。
「そうだよ。教える側の演出ってぇものもあるんだよ。普通ノックもせずに開けるかね」
「はあすいません。気が逸っちゃって」
どうやら、何らかの方法で俺が来ると知ったおばあさんは、雰囲気作りのために怪しげな毒薬ババアになるべく着替え始めたところだったみたいだ。
あと、俺が加害者だから言わないが、さっきの一事はおばあさんにとっても俺にとっても失敗だったと思う。
おばあさんは見せたくなかったし、俺も決して見たいものではなかったから。……言ったら今度こそ本当に毒投げられそうだから言わないけど。
「雰囲気ってぇのは大事なんだよ。明るい雰囲気で毒薬のやり取りなんて品がないだろ」
品。品性。
「毒と品性が結びつかないんだけど」
「ああ、そうかい。そうだろうね。
最近の若いのは暗殺者だってぇのに美学が感じられない。
いいかい、暗殺者ってぇのは日向を避けるもんなんだよ。陰鬱で陰でこそこそ活動するもんだ。
影と同化してこそ暗殺者なんだよ。
だのに最近の若いのは……やれ接近しての剣撃で一閃狙いしたり、素通りしたと見せかけて心臓を抜いたり、『俺のスピードについてこれるかな』とか言い出して速さ自慢に余念がなかったり……見せ技ばかり特訓して。嘆かわしいもんだよ」
はあ。そうなんですか。
「それで毒なんですけど」
「あんた人の話聞かないね。今まで何度も言われただろ」
まあ言われたけど。そこそこ言われてきたけど。
「昨日来た新入りだね? ああ名前は結構。毎年何人か死ぬんだよ。どうせあんたも死ぬだろうからね。覚えるだけ無駄さ」
あ、そうなんだ。まあ確かに、この村も危険なら山もだいぶ危険だしね。決して安全な環境ではないよね。
「それで毒が欲しいんだけど」
「ちょっとは動じなさいよ。脅してるだろ? こういう時は怯えるんだよ」
めんどくさいおばあさんだな。
「これはアレです。怖すぎて逆にもう開き直ってるやつです。暗殺者の村って聞いてピークを越えたんです」
「劇的な嘘をつくね……あんた元からそんなに怖がってないだろ」
はいはいもういいよ、とおばあさんは肩をすくめた。
「それで? 毒だって? 毒ね。人が即死する毒から人が少し時間を置いて即死する毒まで幅広くあるけど。どんな即死する毒が欲しいんだい?」
即死する毒の推しがすごいな。おばあさんの得意毒なんだろう。
「欲しいのは麻痺系なんだけど」
「はっ。つまんない毒を欲しがるんだね」
さすがに初めて聞いたな。麻痺毒がつまらない毒って言い分は。
毒に品性を求めたり、麻痺がつまらないと言ったり、絡んできたり。
毒物を極めたらこういう変な人になるのかな。
「どれくらいの量で即死する麻痺毒が欲しいんだい?」
「死ななくていいです。この辺の魔物に効く麻痺毒がほしい」
「――やめときな」
フードの下に見えないおばあさんの瞳が、真剣味を帯びる。
「この辺の魔物は、ひよっこが手を出して勝てる相手じゃない。熊や兎とは違うんだよ」
「知ってる。見てきた」
と、俺は御者のおっさんから受け取った魔物図鑑を見せた。
「たぶん全面的にダメなら、この本も俺には回ってこなかったと思うんだけど」
「どうかな」と問うと、おばあさんは溜息を吐いた。
「はあ……どの程度の腕だか知らないが、多少の戦う力はあるんだね」
そう。
いくら学校の方針が「何もしない」と銘打っても、完全に俺たちを放置するとは思えなかった。
もし俺が、山に入るには力不足だと判断されていたら、この本が俺に届くことはなかったし、さっきも山には入る前に誰かに止められたと思う。
だから、ここでは認められているんだと思う。
ここから先を認められるかどうかが、今の問題なのだ。
「いいだろう。そういうことなら強力な奴を出してあげるよ。代わりに仕留めた獲物を持ってきな」
……へえ。今朝のセリエじゃないけど、シビアだな。
今のおばあさんの交換条件って、麻痺毒を出すから絶対に仕留めろ、って意味だ。
もしできなければ……交換条件を果たせなければ、今後おばあさんは俺とは取引をしないかもしれない。
とりあえず、毒は手に入れよう。
それから図鑑をきちんと読む。
山に入るのは明日以降だ。しっかり準備を整え、計画を練ろう。