39.メガネ君、暗殺者育成学校にたどり着く
最後の旅も順調に進み、予定通り陽の暮れた頃、馬車が止まった。
「着いたぞ。降りろ」
御者のおっさんの言葉に従い、俺たちは馬車を降り――唖然とした。
――目の前にあったのは、村だった。
それも、だいぶ寂れた村だ。
人口も三十人いないかもしれない。
いくつか家があるものの、どう見ても裕福そうには見えない。畑があったり家畜小屋があったりと、俺の村とほぼほぼ同じような感じだ。
「これが暗殺者育成学校か……?」
フロランタンが、思わずという感じでつぶやく。色々想像していただろう彼女の思い描いていた学校とは、あまりにも違いすぎたのだろう。うん、俺も予想外だったよ。
「別に立派な建物なんて期待してなかったけどよ……これ、俺にはただの村に見えるぜ。学校には見えねえ」
サッシュも同意見のようだ。俺も同意見です。
「エイル君はどう思います? この村」
と、乗り物酔いを回復したセリエが、俺に聞いてきた。
別に、特に言うことはないけどな。
「リーヴァント家の屋敷よりちょっとだけ怖いくらいかな」
すべてが普通の村に見えるから、余計に。
それだけに、ところどころに
たとえば家の壁のヒビにナイフが仕込んであったり、村を守るには頼りないぼろっちい木の柵に小さな針状の武器が仕込んであったり。
外観から目につくのはそれくらいだが、きっと村の中にはもっとたくさん仕込んであるんだと思う。
俺の場合は「メガネ」のおかげで夜でも結構鮮明に見えるけど、普通の人の目では絶対にわからないと思う。昼でもあやしいかな。巧妙に隠しているだから。
で、何が怖いって、それらの仕込み武器がほぼほぼ対人用だってことだ。
獣を仕留めるには脆弱だ。仕込める小さな武器は、基本耐久性は皆無だから。一回限りの使い捨てって感じになる。
そしてそんな脆弱な武器は、動物なんかには通用しない場面も多いが、人には余裕で殺傷力を発揮する。鎧を着込んだ人間とかね。防具の隙間から仕掛けられる武器だから。
「ここの村人全員が、暗殺者なんじゃない?」
「――正解だ」
俺の推測に答えたのはおっさんだ。ここまで来たら色々話してくれるらしい。
「と言っても引退した者ばかりだが。怪我、年齢など、引退した理由は様々だが、現役はいない。私も含めてな」
俺たちは、正確には暗殺者になるのではなく、暗殺者の技術を受け継ぎに来たのだ。ならば現役か否かにこだわる理由はない。
それに実力のある人が、必ずしも人に物を教えるのも上手いかと言われれば、そうじゃないからね。教える才能ってのも存在すると思う。
「おまえたちは一年間ここで暮らすことになる。
生活は自給自足。
どんな過ごし方をしても構わない。
極端に言うなら、一年間寝ていてもいい。
逃げられるものなら村から抜け出してもいい。
思うまま、自由に過ごせ。ルールはそれだけだ」
……なるほどね。ここでの過ごし方が見えてきたな。
「…………」
「…………」
一言くらい愚痴か文句でも出るかと思ったが、サッシュとフロランタンも、思うことがあるのか黙っている。
まあ、そりゃそうか。
誰一人として、ここに遊びに来たわけじゃないんだ。それぞれがここに至る事情を抱えているんだろう。
じゃなければ最悪な馬車の旅にも耐えられなかったと思う。あ、そういえば腰が痛いな。セリエに回復頼んでないから。あとで頼もう。
「村に入る前に、それぞれに一つだけ聞いておきたいことがある」
言い換えると「これが最後の言葉だから疲れてても眠くても聞きなさい。聞いたら休んでいいから」という前置きをして、おっさんは俺たちを見回した。
「暗殺者に必要なものはなんだと思う? それぞれの答えを聞かせろ」
必要なもの……?
「サッシュ。おまえが目指す暗殺者に必要なものはなんだ?」
話を振られ、しかしサッシュは間を置かずはっきり答えた。
「戦う力だ。俺は強くなるためにここにきた。何者にも負けない力……までは手に入らねえだろうけど、一匹狩れば数年遊んで暮らせるような強い魔物を殺せるくらいには、強くなりてえ」
ほう。強さか。いいね。わかりやすいね。
「フロランタン。おまえはどうだ?」
サッシュの言葉に肯定も否定もせず、おっさんはフロランタンに視線を向けた。
「うちは……ようわからん。ただ
まあ、阿呆なチンピラと同じっちゅうのも気に入らんが、強くはなりたいのう。気に入らん奴をしばきあげる力は欲しいわ」
彼女は、まだ求めるものが明確には見えていないようだ。まあ人それぞれだしね。色々あるんだろうね。
「セリエ。おまえは何を求める?」
「ワイズ様――お父様を支えるために必要なものは、すべてです」
馬車の事故にあったり酔ったりと、すでに乗り物に弱い印象しかないセリエだが、この時ばかりはいつになく凛々しく言い切った。やはり目的意識がある奴は違うってことだろう。
「最後にエイル。おまえが目指す暗殺者には、何が必要だ?」
うん。
……うーん。
「そもそも目指してないから、なんとも言えないんだけど」
俺は技術を習得しに来たんだから。暗殺者になりに来たわけじゃないし。……うわ、みんなしらーっとした目で俺を見てる。うわー見てるなー。よし、気にしないでおこう。
「……では、ここでは何を学びたい?」
あ、質問を変えた。さすがに俺の答えはダメだったみたいだ。
「そうだな……強いて言うなら、彼らが言った全部かな。あ、セリエはちょっと違うけど」
俺がここに来ようと決めた理由は、動機はともかく、サッシュ同様強くなりたかったからだ。
まず王都に来て知ったのは、俺より強い人がたくさんいることだ。ロロベルもそうだし、「夜明けの黒鳥」もそうだし。
決定的だったのはリーヴァント家だったけど。
もしこれらの人が一人でもアルバト村を襲ったら、全員死ぬって思ったから。みんな俺より強いし、師匠よりも強そうだったし。
でもそれは、人じゃなくて魔物が来ても同じことだ。
田舎の貧乏な村は、いつだって魔物の脅威に晒されているものだから。
俺をここに招いたワイズは、一年間で強くなれると言った。だから俺はその言葉を信じたのだ。それがここにいる理由だ。
でも、漠然と強くなりたいとは思うが、どんな強さを身に着けたいかは、自分でもわからない。
狩人として突き詰めるのか、それとも違う何かを見出すのか。
フロランタンのように、俺もここで過ごす内に探すことになるだろう。
そしてセリエのように、学べるものならすべて学びたい。
俺はあまりピンと来てないが、ここは特殊な学校であり、特殊な技術を学べる場であることはわかる。
もしかしたら、貴族だって望んでも来れる場所ではないかもしれない。それくらい貴重な体験をしようとしているのかもしれない。
暗殺者に見込まれて、招かれて、ようやく門を潜れる場所だから。
ここで学べることは、一般には知られていないような貴重な知識と経験ばかりのはずだ。
学べる機会が訪れている以上、やはり無駄なく吸収したいとは思っている。
――まあ、面倒だからこんなに長い理由を言うつもりはないけど。
「学べるならたくさん学びたいな」
と、簡潔にぎゅっとまとめておいた。
「よし」
ぎゅっとまとめた俺の言葉に納得したかどうかはわからないが、おっさんは頷いた。
「それでは、ここでの生活を許そう。ぜひ有意義に過ごしてくれ」
――こうして、暗殺者育成学校での生活が始まる。