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38.メガネ君、最後の昼休憩を過ごす





「今日の夜には到着するだろう」


 八日目の昼休憩の時、御者のおっさんは言った。


 軽く小雨などは降ったものの、天候に恵まれた。今日も晴れである。


 あまり雨が強いと馬の体力が落ちるし、最悪病気になる。しかも雨のせいで道が悪くなり、進行速度はどうやっても落ちただろう。


 たぶんそうなったら、近くの村とか街とかで宿を借りたと思う。進めない上に休める環境にもいられないなら、野宿する意味もないだろうから。


 魔物などの外敵による妨害もなく、車内環境こそ悪かったものの、移動に関してはつまずくことなく進行したようだ。


「やっとかよ……」


 サッシュの声には、元気がなかった。

 この過酷な旅の終わりと聞き、喜びよりも安堵の方が強いのだろう。


 わかる。それほどまでに長い馬車の旅で皆疲れていた。俺? 俺もだよ。顔に出ないタイプなだけで普通に疲れてますよ。


 ちなみに、昼休憩はあまり時間を取らない。なので狩りの時間もないし、サッシュが料理する時間も省かれる。


 五日目くらいに「こんなに馬を酷使して大丈夫?」と俺は聞いたのだが、おっさんは「心配するな」とだけ答えた。

 結果、長旅で一番働いていた馬に異常はなく、疲れた様子もなく、今も元気に草を食んでいる。


 予想ではあるが、おっさんは……いや、おっさんも、セリエのように回復魔法的なものが使えるのではないかと思っている。馬の体調を見つつ、適宜回復していたのではなかろうか。


 どうであれ、俺が気にすることではないか。気にしたって教えてくれないだろうし。


「そこで、言っておくことがある」


 あれ? おっさんがしゃべりだした。


 話しかけても「答えられない」か「知らなくていい」の二種類の返答が主で、きちんと答えてくれるのは旅の日程と進行具合くらいのものだったのに。


 もちろん俺だけではなく、俺以外の三人も驚き、注目している。こいつしゃべったよ、しゃべり出したよ、と。何を言い出す気だ、と。


「到着する場所では、すべてが自給自足となる。家は用意してあるが家具や生活用品はない。食料の配給もない。そもそも店がないので購入することもできない。

 自分の生活のすべてを、自分でどうにかせねばならない」


 ふうん。そうなんだ。


「え? 学校なのに? 学校ですよね?」


 学校ってそういうものなのかー、と納得した俺の横で、乗り物酔いを回復したセリエが驚いていた。


「私が行った学校では、授業以外はすべて学校が用意していましたけど……あ、もちろん、学費という形で料金は払っていましたが」


 お、さすが貴族の娘。金持ちしか行けないという学校に行っていたことがあるのか。


「道中に学んだだろう」


 しかしおっさんの返答は冷めたものである。


「暗殺者は基本的に人目に付かず行動する。宿を借りる、街に泊まる、人の前に出る、これらは暗殺者として必要な理由がなければ避けるべきことだ。


 自給自足をするのは、宿を借りず街に泊まらず人前に出ないよう、己で己の面倒を見るために必要な技術であるからだ。


 それも、これは最低限必要な技術だ。できなければ当然学校には居られんのだからな」


 なるほど。

 だから馬車の旅の最中、宿に泊まることはなかったのか。全部野宿だったし。


 どの村も街も通過しなかったし、それどころか見かけもしなかったので、全部迂回して進んできたのだろう。


「まあ自給自足はわかったけどよ。つまり……あれか? これが最後の休憩ってことになるのか?」


 サッシュの疑問に、おっさんは「そうだ」と肯定する。


「だから話した。これも役目の一つだからな。私からは以上だ」


 …………


 あ、そういうことか。


「フロランタン。狩りに行こう」


「お?」


 干し肉をガジガジ齧っておっさんの話を聞いていたフロランタンは、俺を振り返る。


「なんじゃい? 狩り?」


「うん。――要するに、夕食の準備は今しとけって話でしょ。着いたらどうなるかわからないけど、とりあえず食事は自給自足に入るから」


 だから用意はされていないだろう。

 ならば、先に用意しておく必要がある。


 学校に到着してから狩りに出るのも手だが、それこそ学校の環境がわからないと、急には無理だろう。

 もしかしたら、周辺に狩場がない、遠出しないと獲物がいない、なんて立地だったりするかもしれないし。


 幸い、昼休憩に止まっているここは、山に近い。すぐ横は狩場である。急げばそんなに時間はかからない。


「なんでうちに声を掛けたんじゃ?」


「何日か食料に困らないように大きいのを狩りたいから。運んでほしいんだ」


「ああ、なるほど……よし、ええじゃろ。だが分け前はもらうからの?」


「わかった」


 干し肉を口に放り込んで立ち上がるフロランタン。そしてサッシュとセリエも立ち上がった。


「臭み取りとか食える野草は任せろ。料理もする。代わりに肉よこせ」


「サッシュ君を手伝います。私にも食料を分けてください」


 話の概要を理解した二人も、ここでなんとか調達する方向で考えたようだ。……まあ何も言わなくても分けるつもりで、四人で数日は食べていける大きめを狙おうと思っていたんだけど。


 ……でも、自給自足という学校の教育方針を考えると、俺の方が間違ってるのかも。


 これからは、無償で分けるのは無しだ。

 そうじゃないと自給自足が身に付かないだろうから。





 山に入って早々に、立派なイノシシを一頭仕留めた。

 実は休憩場所から「暗視」で見えていたんだよね。


 血抜きしている間に、俺も野草やら果実やらを集めておく。行先の情報がないので、備えておいて損はないだろう。


「エイル」


 俺と同じように色々拾っていたフロランタンが言った。


「われには話しとくわ」


「ん? 何を?」


「うちの素養は『怪鬼かいき』じゃ。いわゆる肉体強化……腕力が強うなる、一種の魔法らしいわ」


 へえ。……ああ、だからあんなに重い物を平然と持てるのか。大きなイノシシ担いで平気で歩いてたもんね。


「てっきり生まれつき力が強いのかと思ってた」


「うちもじゃ。選定の儀式を受けるまでは、生まれつき単純に力が強いんかと思うとった。だが実際は無意識に魔法を使うとったらしいわ」


 無意識に、か。

 そういうケースもあるんだな。


 ちなみに『怪鬼という素養』は聞いたことがないが、「腕力が強い素養」というのは結構ある。


 俺の母親も「怪力農民」という、力が強くて農業に向いている「素養持ち」だった。

 細腕でムキムキの男より腕力で勝り、畑を耕したり種を植えると、少しだけ野菜の成長が早かったり品質が良くなったりする。


 でも、フロランタンの話でふと思ったが、母ももしかしたら無意識に魔法を使っていた派になるのかもしれない。

 だって怪力はまだしも、野菜の成長促進は、それこそ魔法みたいだし。


「で、なんで話したの?」


「これから先のことを考えてじゃ。大物を狩るならうちに声を掛けろ。狩りでは役に立たんかもしらんが、運ぶくらいはできるけぇ」


 ……なるほど。


 単純な口約束っぽいが、これは交換条件による契約に近い。あるいは「荷運び」という仕事の依頼か。

 やるから仕事を回せと。

 そして俺は肉を報酬に出せばいいんだな。


 …………


 そうだな。悪くないかも。


 大物を狩ったら、重量の関係でどうしても捨てる部分が出てしまう。そんな時フロランタンがいたら助かる。無駄なく回収できる。


 それに、回収してから解体するのと、解体してから回収するのでは、意味が全く違う。


 本来なら、狩場でちんたら解体なんて、あまりしてはならないのだ。血の臭いを嗅いで魔物が寄ってくることもままあるのだから。狩場での危険はどれだけ減らしてもいいのだから。


「わかった。その時は頼もうかな」


「よし。肉を回せよ」


 やはり肉目的か。そもそもが肉食獣っぽいしな。まあ、同じ肉好きとしては気持ちはよくわかるわけだが。俺だって表には出さないだけで非常なる肉好きだし。


 ――こうして、馬車の旅最後の昼休憩が終わったのだった。






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