36.メガネ君、四日目の夜を過ごす
「だいたい半分だな」
最悪な馬車の旅も、なんとか折り返し地点に来たようだ。
暗殺者関係である御者のおっさん……「役目上あまり話せない」という理由で名前すら情報開示はしないが、一応旅の行程くらいは教えてくれる。
もう陽が暮れている。空は真っ暗だ。
夜は馬を休ませて睡眠を取るため、今日の旅はここまでである。また早朝に出発するのだ。
「腰がいてえ……」
全員が馬車から降りる。
チンピラのサッシュが座りっぱなしだった身体を伸ばすと、ゴキゴキと骨が鳴った。わかる。さすがに全員がもう馬車の旅に疲れている。
俺としても、もう徒歩の方がマシだ。というか早い段階でそう思っている。やっぱり俺はよく知らない人といるのはあまり好きじゃないな。
「あ、サッシュ君。治しましょうか?」
「……おう。頼む」
暗殺者志望のセリエが提案すると、サッシュは見栄より実を取った。
一日目こそ意地を張って跳ねのけたが、二日目以降は割と素直である。まあそれもわかる。本当にしんどいから。
セリエの右手が柔かな光を放ち、その手はサッシュの腰辺りに触れる。
――回復魔法である。
どうもセリエは「魔術師の素養」があるようで、すでにいくつか魔法が使えるみたいだ。
まあ、「素養」に関しては基本的に人には聞かないのが常識なので、それくらいしかわからないが。
ちなみに彼女は馬車酔いがひどいのだが、それも回復魔法でどうにかなるみたいだ。馬車を降りると元気になるんだよな。
俺もサッシュの後ろに並んでみた。身体中痛いので、俺も掛けてもらうことにする。これがあるのとないのとでは大違いだから。
今日も、果てなく続く街道の脇で、野宿である。
無造作に選ばれているようで、一応休む場所は決まっているみたいだ。見通しがよく、魔物などが現れたらすぐに目につくだろう。
やや遠くに川があり、飲み水はすぐに確保できる環境である。
「おう、エイル」
と、大きな桶に水を汲んできた裏社会のボスの娘フロランタンが、御者のおっさんが起こした火の傍で弓の準備をしている俺に言った。
「鳥以外は狩れんのか? うちはそろそろウサギとかが食いたいんじゃが」
四日目ともなると、各々役割分担ができるものだ。
御者のおっさんは馬の世話をし、保存食を俺たちにくれるが、それ以上は特に何もしない。というかおっさんの場合は道中に働いているので、夜は休んでていいと思う。
サッシュは、チンピラにしては意外にも料理ができた。丁寧な仕事ぶりで味もいいので、すでに料理番は任せている。
フロランタンは、水汲みなどの力仕事担当だ。小さな身体のわりに信じられないほど力持ちである。水って重いんだけどな。俺はたぶん今彼女が抱えている桶は持てないと思う。
セリエは乗り物酔いのせいで、馬車の旅において人一倍疲れている。それはもうかわいそうなくらいに。魔法で体調は治るが、体力までは回復しないらしい。
もう回復魔法を掛けてくれるだけで充分である。
で、俺に求められるのは、やはり狩人の腕だった。
日持ちする堅パンと干し肉という保存食しか食料がない旅の中、新鮮な肉が食えるというのは需要が高いみたいだ。
まあ仮に需要がなくても、俺だけでも食うけどね。俺は肉が好きだし。でもまあみんなガツガツいくけど。
「鳥が楽なんだけどね」
夜、鳥は木に止まって寝ている。「メガネ」の「暗視」を使えばそれが見えるので、動かない的同然になる。まったくメガネ様様である。
「鳥は飽きた?」
「そがな贅沢は言わん。鳥も好きじゃ。ただ元からウサギが好きなだけじゃ」
ああ、なるほど。わかる。好みの問題だね。
「せめて夕方なら狙えるかもしれないけど、もう夜だからね。ここからウサギを探すとなると、夕飯までに時間が掛かるよ。待てる?」
狩るのもさばくのもあるし、血抜きもしないといけないし、この時点で待ち時間が発生している。俺も結構腹が減っているので、早く食べたい。そして馬車に疲れた身体を休めたい。
「……ぬう。腹が減ったわい」
自分の腹を撫でて空腹と相談した結果、フロランタンは待てないと結論が出たようだ。
「おい」
あ、サッシュが来た。――さすがに馬車の旅がつらいせいか、チンピラとボスの娘も無駄にいがみ合うのはやめたようだ。それもわかる。余計疲れるもんね。
「こんなのと意見が一緒ってのはアレだが、俺もウサギとかが食いてえ。だからこういうのはどうだ?」
サッシュの提案を聞いて、なるほどと思った。それならがんばってみようかな。
「われ頭ええのう。悪知恵が働くんじゃな」
「うるせーぞ忌子。――で、どうだ? できるか?」
うん。
「そもそも鳥を狩るのは、そんなに労力がかからないからね。狙ってみるよ」
要望を聞いて狩りの予定が立ったので、俺は立ち上がる。
遠くに見える林に行けば、少なくとも鳥はいるだろう。ウサギがいるかどうかはわからないが、それこそ現地で調べるしかない。
林に到着し、早々に木の上で休んでいる雉を射抜く。
「やっぱすげー腕だな。俺は全然見えねえよ」
サッシュは半ば呆れたように感心している。
安心してほしい。俺だって「メガネ」がないと見えない。寝ている鳥なんて気配も読めない。
「今日は一羽でいい?」
人数もいるので二羽ずつ食べているが、今日は次の予定がある。
「おう、ウサギの分の腹は空けとかないとな。んじゃあと頼むな」
と、彼は早々に、仕留めた雉を持ってキャンプ地に帰っていった。その辺の野草をちぎりながら。
あいつは料理もできるし、食べられる野草にも精通しているようだ。チンピラ然としているのに。意外としか言いようがない。
「……さて。ウサギはいるかな、と」
そんなサッシュとは逆方向、俺は林の奥へと向かう。
サッシュの提案はシンプルである。
まず鳥を狩って、血抜きや解体をして料理に使う。料理ができる間に俺は次の獲物としてウサギを狙う、と。そんなものである。
最初に今夜の肉を確保。続けて要望の肉を探す。
いわゆる二段構えというやつだ。
――運よく「見える」範囲にいた、刺歯兎ではない普通のウサギを一羽狩り、今日も豪華な夕食にありつけた。命に感謝である。