<< 前へ次へ >>  更新
35/469

34.メガネ君、決断する





 素直に「もっと仕事の幅を広げた暗殺者の仕事とは?」と問えば、ワイズはもったいぶらずに答えてくれた。


「そのままの意味だよ。仕事の幅を広げるのだ」


 だからそれがわからないって……あれ? 待てよ?


「幅を広げて、暗殺以外の仕事もする、ってこと?」


「そうだ」


 ワイズは頷き、続けた。


「君ならわかるだろう。

 狩人の技術が狩人の仕事以外に使えないか、と言われれば否だ。


 暗殺者とて同じこと。

 身に着けた技術が暗殺のみにしか使えないわけではない。できることだけ数えれば多岐に渡るだろう」


 つまり、その「多岐」をこなそうってことか。


「殺しをしない暗殺者、ってことでいいんですか?」


「――そもそもを言えば、もう長く求められていないのだよ。殺し専門の暗殺者は」


 うん? ……うん? ちょっとややこしいな。


「もう百年以上も、ここナスティアラや周辺国は平和を維持している。


 我ら暗殺者は、戦乱の時代には飛ぶ鳥を落とすが如く仕事が舞い込んだものだが、今や半年に一件あるかないかだ。

 それさえも『殺さずに不正の証拠を確保しろ』だの、『殺さずに屋敷中の人間を拘束しろ』だの、血を流さない仕事を求められる始末。


 認めたくはないが、認めざるを得ない。


 暗殺者はこの国、この時代に必要なくなったのだ」


 …………あ、はい。


 俺は何を聞かされてるんだ? 暗殺者業界衰退の話?


 ……いや、待て。


 衰退か。

 求められないから、この時代には合わないから、業界全体が愁傷していったって話か。


 それも、狩人の話に似ている。


 師匠も言っていたっけ。

 面倒臭い上に時間がかかる師事は、もう時代遅れになりつつあると。


 近年、狩人という存在は減りつつあって、狩人を使うべきところを冒険者に仕事を依頼するケースが増えたと。

 狩人は、冒険者と違い、基本的に師弟関係で育成されるものだ。何年も掛けて技術を学んでいく。


 でも冒険者は、登録さえしてしまえば誰でも冒険者になれる。何年も修行しなくてもなれる。技術がないと言えば数でカバーする。

 それが悪いとは言わないが……仕事で死んでしまう人も多いんじゃなかろうか。まあ狩人も危険がないかと言われれば否だけど。


 暗殺者業界の衰退は目に見えないので知らないが、狩人業界の衰退はすごい。

 この王都の狩猟ギルドを見れば一目瞭然だ。


 冒険者ギルドと比べれば、あの寂れ方はすごい。受付嬢のやる気もなくなるレベルで寂れがすごい。正直やっていけてるのかと思うくらいだ。


「……あの、間違っていたらアレですけど」


「何かね?」


「暗殺者としての技術を後世に残したい。このまま時代の波に飲まれて消えていくのは勿体ない。

 この際、生粋の暗殺者じゃなくてもいいから多くの若者に技術を伝承したい。……という解釈でいいですか?」


「すばらしい」


 ワイズは笑った。


「そう、色々と装飾した理由もあるが、結局突き詰めればそういうことだ。


 七つほどの習得カリキュラムがあるのだが、全てを個人で納めていた代は我らが最後だ。

 衰退が進み、今や習得項目を三つ四つしか納めていない未熟な者が、暗殺者として少ない現場仕事をこなしている。

 嘆かわしいとも思うが、そういう時代なのだ。技術を納めても使う場所がないしな。


 君を招こうとしているのは、更に習得項目を減らした学校となる。

 君のやる気次第でいくつか取得はできるだろうが、一つでも納めてもらえればいい。まあ君の素質ならもう少し習得できるはずだが。


 どうか我らの技術を継いで、後世に伝えてほしい。それこそ行く行くはこの国のためになるはずだ。

 我らはもう高齢だ。十年後は現役引退どころか、生きているかさえ怪しい年齢だ。


 だが、このままでは死んでも死に切れん。この世に残したいものがまだまだあるのだ。

 そしてそれは誰にでも残せるものではない。


 暗殺者はもう必要ない。しかし暗殺の技術は残したい。そういうことだ」





 ふと、沈黙が訪れた。


 これで一応、ワイズが話すべきことは終わったのだろう。

 話が終わったなら、そろそろお暇したいところだ。


 が、思うところは……少しある。


 暗殺の技術を後世に残したい。これは狩人界隈でも同じである。


 師匠は俺を見つけて育てたが、俺はどうなんだろう。

 誰かを見つけて育てることができるだろうか。師匠と同じように弟子を育てられるだろうか。


 個人的には考えられない。

 自分にそんな器量があるとも思えない。


 そもそも狩人の仕事が気に入ったのだって、一人でこなせる仕事だからだ。危険もあるし、他人を傍に置いてできる仕事とも思えない。だから師匠はすごいと思えるのだ。あの人は俺を守りながら狩人仕事をこなしていたから。俺はやっぱり自信ない。


 だが、師匠が俺に伝えた狩人の技術を、俺の代で止めていいのか?

 その疑問は当然残る。


 師匠だって、師匠の師匠から技術を継いだ。

 師匠の師匠だって、誰からか継いだのだ。


 次代の波に乗り、連綿と続いてきた技術を、俺の代で止めていいのか? 


 きっと暗殺者界隈も同じなのだろう。

 同じ悩み、同じ要望を持ち、こうして継げそうな者を探して声を掛けている。探している。


 …………


 気持ちがわかるだけに、無下にはしたくないが……


 それに、話の流れからすれば、悪い話ではないのも確かだ。


「いくつか質問してもいいですか?」


 ワイズは手を上げ、どうぞと促す。じゃあ遠慮なく。


「これは、普通ならば継ぐことができない暗殺者の技術を習得して強くなれる機会、と捉えても?」


「まさしくその通り。君には損がない話だと言ったはずだ。

 君は人を殺すのに抵抗があるようだが、むしろさせるつもりがない。半端な暗殺者に仕事など回さんよ」


 もっとも今や全員に回すほどの仕事もないがねアハハ、となかなか自虐的な笑いが付いた。……悲しい笑い声だ。おじいちゃんの自虐は結構つらい。


「じゃあ、例えば、暗殺者学校を卒業したあと、故郷に帰ってもいいですか?」


「それは君の自由だ」


 え、いいの? 自動的に無理やり暗殺者方面の組織に所属させられるかと思ったのに。


「これも言った。暗殺者はこの国この時代には必要ないのだ。我らに属するのは自由とするが、属したところで肝心の仕事がない。

 暗殺以外の仕事はあるが、それも決して多くはないしな」


 ふうん……


「ちなみに、暗殺以外の仕事というのは?」


「要人の警護、護衛がメインだ。特定の対象への情報収集や身辺調査などもある。あとは緊急性の高い場合の魔物退治などもする。この三つが多い」


 そろそろ行方不明のペット探しも業務に入れようかと思っているよアハハ、と。かなり自虐的な笑いが付いた。……もう笑っちゃうほど業界の衰退が止まらないんですね。


「エイル君。一年だ」


「一年?」


「暗殺者育成学校は一年間で終わりだ。どうか君の一年間を私に譲ってほしい。

 我らの技術を継いでほしい。君ならたくさんの技術を継げる。そして君自身の成長にも繋がるだろう。一年で君は絶対に強くなれる」


 あ、そうなんだ。学校って何年も通うって聞いたことがあるが、こっちは一年で済むのか。


「それに、君のその『メガネ』だ」


 …?


「国から報告は聞いている。その『素養』は伸びる。我らの技術を継いでいく段階で、違う使い方も学べるかもしれない」


 違う使い方、か。


 でもすでに「メガネ以外」の使い方もできているから……今更感もあるけど。でも今以上にできることが増えるってのは、少しだけ魅力を感じる。


「――質問は以上かな? もう帰ってもいい」


 あ、ほんと?


「いいかね、エイル君? もしその気があるなら――」


 俺はワイズの最後の言葉を聞き、紹介状という手紙を預かった。


 もし受け入れないなら燃やしてこのことは忘れていい、もし受け入れるなら紹介状を持って特定の場所に行け、と言われて。


 来た時に案内してくれた爺さんに連れられ、無事リーヴァント家の敷地から脱出することができた。おお……開放感がたまらない。あんまり生きた心地がしなかったからね。


「――お待ちしておりますゆえ」


 扉が閉まる瞬間、そんなことを言われたが。


 …………


 あの人には、もう、俺の意思が見抜かれていたのかもしれない。


 色々と衝撃的な話を聞かされたリーヴァント家を去る俺の足取りは、特段軽くもなく重くもなく、まあ普段通りであった。





 翌日。


 俺は、朝も早くから狩猟ギルドを訪れていた。


「あら、いらっしゃい。早いのね」


 やる気のない受付嬢がいた。……たぶんこの人もそうなんだろうなぁ。道理で強いはずだよ。


 俺は客のいない狩猟ギルドを歩き、まっすぐに受付嬢の下へ向かうと、手紙を出した。


「リーヴァント家からの紹介なんだけど」


「あら。決断も早い(・・・・・)のね」


 受付嬢は、やる気なく笑い手紙を受け取った。


「――じゃあ、改めて」


 すっと。


 だらけていた雰囲気、気配、姿勢が消え失せ、糸のように張り詰めた威圧感を放ちだす。

 緩んでいた表情は冷酷に引き締まり、さっきまで……いや、これまで見ていた受付嬢が別人のように豹変した。


「――ようこそ、暗殺者ギルドへ」







<< 前へ次へ >>目次  更新