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33.メガネ君、何気に興味を抱く





「まあ待ちたまえ」


 さりげなく屋敷を出ていこうかと思ったが、大方の予想通り止められてしまった。


 無視しようかと思ったけど、いつの間にかあの爺さんとおばあさんが背後にいた。俺の後ろに並んで立っていた。……気配を絶つのも上手いんだよな。全然わからなかった。


 …………


「お二人も暗殺者?」


 思わず聞いてみたものの、老人たちは何も答えず、無言で俺に「座り直せ」と言っている。


 ……前にいるワイズもまずいが、こっちもまずい。何気に前後をがっちり固められている。このままでは逃げるのは絶対に不可能。


 …………


 取れる手段は限られる。


 ――そう、たとえば、隣の普通の女の子を人質に取って牽制しつつ――


 などと算段していると、ワイズが……いや、老人三人が同時に笑った。愉快そうに。おばあさんも今度は本当に笑っている。


「できると思うならやってみたまえ」


 なんだと。俺の行動を見抜いたのか?


 顔には出てないはずだ。視線も向けていない。気配だってそのままだ。なのに老人たちには俺のやろうとしたことを察知された。それも同時に。


 なんかの「素養」でバレたか?

 ロロベルが言っていた「嘘を見抜く素養」か?


 いや、違う。ならば三人同時にバレたというのはありえない。


 …………


 うーん。無理。


 そもそも人質に取るのだって、本当にやろうと思ったわけではない。あくまでも脱出の手段として候補に上げただけ。


 何せ、今の俺は解体用ナイフさえ持っていない丸腰だから。状況もそうだが手段としても人質に取ることさえ難しい。近くにあるものだって、突きつけられそうなのは麻痺毒入りクッキーくらいしかない。さすがにこれじゃ女の子だって脅せない。


 第一、やったこともないことを急にできるとも思えない。


「なぜ君が取りそうな行動が見抜かれたのか。わかるかね? それともわからないかね?」


 ワイズは言った。ちなみに隣の女の子は何もわかっていないようで、後ろを見たり前を見たり俺を見たりして戸惑っている。……確実になにもわかっていないという状態だが、それが少し羨ましい。


「わからないなら、話くらいは聞いていきなさい。君にとって損はないはずだ」


 あるだろ。


「これ以上聞かされたら……いや、知られたら、俺を生かしておかないでしょ?」


 というかすでに手遅れ気味だし。暗殺者って聞いちゃったから。すでに核心に触れちゃったから。


「そんなことはない」


「信じられない」


 はっきり拒否したが、ワイズは動じることなく、こう続けた。


「君は誰にも話さない。それはトラブルを嫌うから。目立つことを嫌うから。

 我々の実力が中途半端にわかるから、今ここにいることを恐れている。ならば仮にここから出ても報復を恐れて他言しないと自然に考えられる。


 更に言えば、それなりにさとを大事に思っている。我々を敵に回せば何がどうなるかくらい簡単に推測できるだろう。君は聡いからな。


 以上の理由から、君がここであったことを誰かに話すなどありえない。

 ならば口を封じる必要もない。

 まあそもそもを言えば、そういう君だから持ち掛けた話でもある。口の軽い者ならこんな話は持ち掛けないさえしない。


 どうかね? 話を聞く気にはなったかね?」


 ……聞く気はないが、聞かないと解放されないだろう、ということはわかった。


「わ、わたしと一緒に、一流の暗殺者を目指しましょう! ね!?」


 隣の女の子がなんか言っているが、それどころじゃないから黙っててほしい。


 この人、俺のことをちゃんと調べている。そして分析もしている。

 思い付きでもなんでもなく、本気で俺を暗殺者の学校だかなんだかに招こうと考えている。


「約束しよう、エイル君。いかなる答えを出そうと、君は帰す」


 …………


 信じる信じないは置いといて、とにかくこの状況では、聞くしかないんだよな。そうしないと解放されそうにない。

 聞いたって判断が変わるとは思えないんだけど。それが通じないかね。


 ……仕方ない、か。


 俺は溜息を一つつくと、ソファに座り直した。 


「よかった! 一緒に暗殺者になりましょうね!」


 あと隣の女の子は俺に話しかけるのやめてくれないかな。俺は君側じゃないから。





「まず、勘違いがないように、二つ言っておこう」


 何事もなかったかのように、ワイズは右手の人差し指と中指を立てた。


「暗殺者育成学校は、若者の暗殺者離れが深刻となってきたこのナスティアラ王国において、暗殺者を育成するために作られたものである。

 その存在は一般には秘匿され、存在を知る者は貴族を含めても一部のみ。


 ちなみに言うと、我がリーヴァント家は、当主たる私を含めて暗殺者たちの隠れ家となっている。

 一応国営でもあるので、上に訴えてもどうにもならないよ。

 まあ、書類上では、国が関与しない独立した組織として存在するのだが。


 国際問題が起こったり、我々の身柄が他国に拘束されたら、我々は国から切り捨てられる運命にある。基本的に捨て駒に等しい」


 捨て駒……うん。色々気にはなるけど、ささっと流してしまおう。


「若者の暗殺者離れは深刻ですものね……暗殺者の高齢化は進んでいるのに、後進の層が非常に薄いと聞いています」


 隣の女の子の言葉に、ワイズはその通りとばかりに頷く。


 というか、隣の女の子の立ち位置もわからない。


 自分から立候補するからにはそれなりに事情通なのか、この話を俺と一緒に聞かないといけない立場でもあるのか。……そもそも若者の暗殺者離れって何? 普通の就職先なの? 気にはなるけど気にしない。気にしたら負けな気がするから。


「二つ目は、君たちは世間一般に知られる暗殺者にはなれない。すでにその育成段階にはいないからだ」


 ……ん?


「いいかね? 一般的には、暗殺と言えば標的を殺す存在だと思われがちだが、実際はそれにいたるまでに越えなければならないハードルは多いのだ。


 時、場所、状況、手段、道具の有無に情報収集に殺害用の武器の準備。数え上げれば切りがないほど沢山の選択をし、それを実行する技術が必要となる。


 ただ殺せばいい。プロはそんなやり方はせん。暗殺者とはただの賊ではないからだ」


 …………


「暗殺とは、非常に繊細でデリケートなのだ。一つのミスが暗殺の失敗に繋がるほどにな。


 濡れた紙の上を破らず歩くが如く、そして足跡さえ残さぬ慎重さで。

 己という身体をどこまで極められるか。己の知性と発想力をどこまで広げられるか。


 ただ一つの仕事に対し、百も千も手段があり、自分に合った正しいものを選び決行する。それは非常に難しいが、やりがいのある仕事だよ」


 …………


 まずい。……ちょっと話に引き込まれてる。


 というか、すごく狩人の仕事に似ている。

 狙う獲物に合わせて準備が必要で、準備をすればするほど獲物を狩る速度が上がり、獲物をできるだけ傷つけずに仕留める方法となり、そして仕留めた後に手早く回収することも可能となる。


 更に言うと、狩猟後の場所の後始末をちゃんとしないと、予想外の魔物や動物と遭遇することもある。回収・撤収の手際も大事な要素だ。


 …………でも、結局ワイズの話は人殺しの話なんだよなぁ。


 これが狩人の話で、狩人の学校を勧めているなら、かなり迷っていたかもしれないけどなぁ。


「エイル君、興味があるだろう? そんな君だから声を掛けたのだ。君がやっていること、求めていること、ずいぶん似ていると思うのだが」


 うん、似てる。だから話に引き込まれている。


 まずい。……俺はすでに興味を抱いているようだ。


 でも、ダメだ。ダメだろう。

 これは絶対にダメなんだ。


「俺は、師匠から、殺しの技術を教わったわけじゃない。狩りの技術を教わったんだ。師匠の技を人道に外れたことには使えないよ」


 師匠は俺を狩人として育てた。

 暗殺者として、人殺しをさせるために技を教えたわけじゃない。


 俺は、いい弟子ではないかもしれないが、師の顔に泥を塗るような弟子にはなりたくない。


「――だから二つ目の話になる」


 え?


「さっき私は言った。君たちは世間一般に知られる暗殺者にはなれない、と。


 我々のような骨の髄まで技術を刻み込んだ暗殺者は、物心つくような幼少から鍛えているのだよ。

 子供には可能性がある。

 素質さえあれば伸びるし、伸びなければ暗殺者育成教室から外せばいいだけだしな。


 君たちもまだまだ成長するだろう。しかし素質ある子供の成長率と比べるとかなり落ちる。


 暗殺とは繊細でデリケートだ。そして実戦となれば失敗は許されない。


 君たちはもう、暗殺者として育成するのは遅すぎるのだ」


 ……まあ、話はわかったけど。

 要は、暗殺者は小さい頃からの英才教育で育てるよって話だよね。


「じゃあ、俺に勧めている、その……暗殺者学校っていうのは?」


 暗殺者を育てるには、もう俺の年齢じゃ間に合わないって話だろ。さっきの。じゃあ今俺を誘っているのはなんなんだ。


「我らが育てている暗殺者には二通りがあり、一つは幼少から育てた生粋の暗殺者。


 君たちが学ぶのは、もっと広く仕事の幅を広げた暗殺者の仕事だ」


 もっと仕事の幅を広げた暗殺者……?


 …………


 うん。


 全然わからん。






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