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30.メガネ君、リーヴァント家へ向かう





 冒険者たちとの話もそこそこに、俺は席を立った。


「すみません、これから用事がありまして」


 流れ的に「一緒に昼食でも」みたいな単語が出始めたからである。あと人にじろじろ見られるのが非常につらいからでもある。客として気を遣われているのもわかるが、それとこれとは違う話だから。


 まあこれに関しては、全面的に我慢して耐えようとは思っていたが、


「今朝まではゆっくりできる予定だったんですが、急遽予定が入ってしまったもので」


 本当に用事ができたのだから仕方ない。


 来る時は会えなかったし、まさかとは思ったが「黒鳥」の住処の中でも会えなかった。

 だからきっとロロベルは、この倉庫付近で普通に俺を待っていると思われる。


 特に時間の指定はなかったが、貴族が呼んでいると言っていた。あまり待たせてはいけない相手である。田舎者にだってそれくらいはわかる。決して「用があるならおまえが来い」とか言ってはいけない相手である。心の中で思うだけに留めておこう。


 その辺を考えると、昼前には呼び出しに応じた方が無難だろう。


「わかった。君の顔と名はこの場の全員が憶えた。またいつでも来なさい」


 堂々と構えているリーダー・リックスタインの言葉を受け、俺は「黒鳥」の拠点を出るのだった。


 ちなみに姉と、姉を追いかけていったアインリーセは、結局戻ってこなかった。まあ特に話したいこともないので問題ない。


 いや、アインリーセと姉は特に仲が良いと言っていたっけ。

 メンバーの中でも、特に迷惑を掛けられているだろうアインリーセには、一言お礼やお詫びを告げてもよかったかもしれない。


 まあでも、会えないものは仕方ないか。





 倉庫を出て、周囲を見回すと……正面の通りを挟んだ向こう側に、見覚えのある金髪おかっぱが、壁に寄り掛かってぼんやりしているのが見えた。


 やはりロロベルは普通に待っていたようだ。


「――なんだ。早かったな」


 俺に気づいてやってくる。早かったんじゃなくて早めに切り上げたんだ。使いに言ってもしょうがないので言わないけど。言うなら本人にだ。でも相手は貴族だから言わないけど。


「嫌なことは早めに済ませたいなと思って」


「うん。問題になるかもしれないから、私以外にはそういうことを言わないように」


 大人の対応である。でも思いっきり本心なんだけどな。


 こんな面倒なことになるなら助けになんて行かなければよかった…………とは思えないか。さすがに。

 可能性は低くとも、人の命が掛かってる状況ではあったから。


 それに、呼び出される理由も、わからなくもないところもある。


 昨夜のあの時間、あの場所に駆けつけて「通りすがり」で通そうってのは、無理があるからね。俺の行動を調べたなら尚更だ。不自然すぎるんだ。


 まさか「メガネが繋がってて危機を知らせてくれた」なんて、素直に説明するわけにもいかない。

 知られたら、絶対に、面倒なことになる。


 ――それに、昨日の今日で試したことはないが。


 たぶん、俺が望めば、各所にある「メガネ」に接続し、レンズに写っている光景を好きに見ることができる、気がする。


 実際昨夜のあの現象は、それに類する現象だったと思うから。


 それを念頭に入れて冷静に考えると、これから俺は、国の中枢に、俺と繋がっている「メガネ」を二十数個ばら撒くことになる。というかすでに数個はばら撒いてある。


 恐らく、献上する「メガネ」を使用するのは、お城で働く偉い人たちだろう。


 で、俺はその偉い人たちが「メガネ」越しに見るものを、「見る」ことができる。


 ……政治にも、お偉いさん方の事情にも明るくない俺にさえ、事の重大さがよくわかる。


 国の機密が筒抜けなんてもんじゃない。

 まるで見ているかのように覗き放題になるのだ。


 …………


 バレたら色々と恐ろしいことになりそうだ。

 絶対に誰にも知られてはならない。


 できるだけ、可及的速やかに、村に引っ込んでしまいたい。


 「相手の素養を見破る素養」みたいなものを持つ者も存在するというから、そういう厄介なのに見抜かれる前に、人が多い都会から消えてしまいたい。


 案内されて歩いている間、そんなことを考えていた。





 結果だけ言おう。

 俺は、とある事情で、しばらくアルバト村には帰れなくなる。


 それも、結構予想外の理由で。





 道すがらリーヴァント家について教えてもらった。


 俺は貴族のことはよくわからないが、伯爵で、王都に住んでいて、偉い人であるらしい。

 貴族界隈では中くらいの地位で、結構歴史ある家なんだとか。

 説明されてもさっぱりわからないが。


 だが。


 貴族云々権力云々はさっぱりわからないが、貴族の家……いや、屋敷が並ぶ地区に来ると、とりあえずお金は持ってるんだな、というのはよくわかった。


 屋敷の大きさが権力の大きさ、古めかしい屋敷ほど歴史が長く維持費も掛かっているんだろうな、と思う。まあ俺にわかるのはこれくらいのものだ。


 往来から人がぐっと減り、のんびり馬車が走っているのが目立つ。

 それも俺が村から王都へ連れて来られた時のボロっちい屋根付き馬車と違って、黒塗りで輝いていたりカーテンが付いていたりする高級感溢れる馬車だ。乗っている人も身なりがいい。


 そんな貴族が住まう屋敷がずらっと並ぶ中、ロロベルが案内したのは、やや古めかしい屋敷だ。

 建物の位置からして、庭も広く取ってあるようだが、蔦や葉が覆い茂る壁があって中はうかがえない。

 馬車が通れるほど大きな木製の門があり、ロロベルはその前で止まった。門番がいる屋敷もあったが、この家にはいないようだ。

 

「リーヴァント卿は温厚な方だ。多少礼儀ができていなくても大目に見てくれるだろう。そこは安心していい」


 あ、そうですか。


「でも俺は少しも礼儀なんて知らないよ。怒らせる前に帰れる?」


「それはわからないが……しかしまあ、悪いようにはしないと思うぞ。呼び出した理由が理由だしな」


 そうであってほしい。

 人助けで不当に扱われるんじゃ悲しすぎる。

 そもそもを言えば、お礼も何もいらないから放っておいてほしいくらいなのに。昨夜の俺のことは忘れてほしいくらいなのに。誰かに助けてもらってラッキーくらいに思ってればいいのに。


「いざとなったら助けてくれる?」


「そうしたいのは山々だが、君がリーヴァント卿と対面している時、恐らく私はその場にいないと思う。助けようにも傍にいないからどうしようもないだろう」


 …………


 あれ? 俺、結構まずくないか?

 間違いなく「メガネ」に関して嘘を吐くつもりの俺は、まずくないか?


「……ロロベルさん、不敬罪って知ってる?」


「貴い者が無礼者を討つアレか?」


 知ってるってことは、師匠が言っていた戯言は本当だったのか?


 「不敬罪って知ってるか? お偉いさんの気分次第で俺ら庶民なんて首が飛ぶんだぜ? 権力にはできるだけ媚びとけよ。おっと媚びすぎもまずい。プライドの高い奴ってのは露骨な媚びだと気分を害するからな。さりげなく持ち上げるんだぞ。ついでに言うと師匠ってのも基本さりげなく持ち上げられると気分がよくなる。やってみな?」と言っていたのが、俄然真実味を帯びてくる。なお俺はやらなかった。無視した。悲しそうな顔してた。


 師匠のどうでもいい戯言はともかく、不敬罪は本当にあるようだ。


「嘘つくのって不敬に当たると思う?」


「ははは。――ロロベル・ローランだ! 客人を連れてきた!」


「おい。なんで笑った。答えはどうした」


 思わず口をついた疑惑の声を無視し、ロロベルは扉をノックした。


 




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