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29.メガネ君、再び、「夜明けの黒鳥」の住処へ





「やった! このウサギうまいんだよね!」


「待て。ま……ちょっと待てって!」


 しかし抵抗むなしく、肩に担いできた刺歯兎は姉に強奪された。


 うん、まあ、元々挨拶の手土産だから掻っ攫っていくのは構わないんだ。そのつもりで持ってきた。あげるつもりで持ってきた。……そのつもりで持ってはきたけどさ。


 でも、ダメだろう。

 まずトップに、リーダーに挨拶しつつ持ってきましたよって見せて、回収はそれからだろう。


 まだ挨拶もしてないし、なんなら誰も何も言っていない内から、なぜホルンが真っ先に動くんだ。この状況でどうして動ける。


「……」


「……」


 ほら見ろ。リーダーと副リーダーのあの顔。

 年上にあんな悲痛な顔させといて平気なのか。平気でいられるのか。それでも人間か。……俺の姉だったか。


 ……平気云々の前に、振り返りもせず、ホルンはウサギを小脇に抱えて倉庫から出て行ってしまった。


 あの姉なんなの。……あ、俺の姉だったか。悲しいことに。


 …………


 およそ十人近い冒険者――王都で屈指の冒険者チーム「夜明けの黒鳥」のメンバーが集まっている中、挨拶に来た俺の、挨拶に来た理由だけがいなくなってしまった。このすばらしい放置っぷりはなんだ。この現象に名前を付けたいと思うが適当なものが見つからない。


 だが、あえて言おう。


「はじめまして。アルバト村のエイルと言います。姉のホルンがこちらでお世話になっていると聞き、挨拶に来ました」


 平然と。何事もなかったように。


「挨拶に際し、獲ってきたウサギを持ってきました。どうかお納めください」


 そう、最初から姉はここにはいなかったという体で。


 ――そして、俺の「こういう方向で進めますよ」という態度に、「黒鳥」たちも察してくれたようだ。


「よく来た。私は――」


「アイン! おいアイン! なんで来ないんだよ早く来いよ! さばいて!」


 姉、リターン。

 恐らく名前を呼ばれたのだろう赤の混じった金髪の女が、のんびり答えた。


「今取り込み中だー。すぐ行くから包丁用意して待っててよー」


「わかった! 早く来いよ!」


 そして姉は再び消えた。


「……つーかあいつにとっても取り込み中のはずじゃね?」


 いなくなった背中にぽつりと投げかけられた言葉に、メンバーの何人かが頷いていた。


 なんて奴だ。リーダーの声を遮って乱入し、あっという間に再び去っていった。いやがらせにしか思えないタイミングだ。


 ……この気まずい空気をどうしてくれるんだ。言いかけてたリーダーも苦々しい顔をしているし。どうしてくれる。


 …………


 まあ、どうしようもないな。


「――はじめまして。アルバト村のエイルと言います。姉のホルンがこちらでお世話になっていると聞き、挨拶に来ました」


 どうしようもないと思ったので、やり直した。


 ほんとあんな姉ですいません、と思いながら。





 約束通り、「夜明けの黒鳥」の拠点を訪れていた。


 先日来た時、フードを被った副リーダーが座っていた出入り口から正面に位置する椅子には、今日は白いものが混じり出した黒髪の男が座っている。


 恐らく、あれが「黒鳥」のリーダーだ。


 歳は、四十を超えているだろう。身体も大きければ、服の上からでもわかる鍛え抜いているだろう筋肉の厚みもすごい。

 そしてどこか品がある。長い髪を後ろで縛り、整えたヒゲを伸ばし、深い青の眼光は鋭い。だが荒くれ者の冒険者ではなく、どこぞの国の騎士のように思えた。まああくまで印象だけど。


 「メガネで見る」までもなくあれは強い。俺が出会った生物の中でも一番強いと思う。

 もちろん、魔物なども含めてだ。


 「んんっ――」


 二度ほどやらせてもらった俺の挨拶の意味を察し、リーダーは咳払いで苦々しい顔を払しょくした。


「よく来た。私は『夜明けの黒鳥』の頭、リックスタインである。盟友ホルンの家族として君を歓迎する」


「ほんとうに?」


 思わず聞き返してしまった。あんなことの後だから、あんなことの直後だから。本音なんて言えないようなタイミングで言ってしまった。


「本当に歓迎してくれます? 俺はあの姉の弟なんですけど」


「…………もちろんだとも」


 なんか逡巡した気がするけど、リーダー・リックスタインは頷いた。


「だが、まず先に言おう」


 リーダーは、何を置いても俺に伝えたいことがあるみたいだ。なんだろう。姉への苦情かな。


「君がどう思っているかはわからんが、ホルンは我らが気に入っており、歓迎し、傍に置いている。過度の挨拶は無用だ。…………今回のウサギは、その、遠慮なく受け取るが」


 遠慮なく受け取るも何も、すでに受け取ってますからね。

 その気はないと言った直後に、結果として事後報告で「受け取りました」と言うのであれば、若干の気まずさもそりゃあるだろう。しかもリーダーの指示も聞かずにメンバーがやっちゃったし。まあ、やったのは俺の姉ですが。


 やはりどこか微妙な空気が残っている気がする。


「まあ座りなさい。皆、あのホルン(・・・・・)の身内が挨拶に来ると聞いて、時間を作って君を待っていたのだ」


 あ、そうですか。


 親の顔が見てみたい、どんな弟が来るか怖いもの見たさで見たい、家庭に育ったか聞いてみたい、そんな気持ちがみなさんにたくさんあったんですね。十数人いる冒険者チームで十人出席ってすごい率だと思うし。


 まったく。

 うちの姉がすいません。





 その後、いろんな人と話をした。

 まあだいぶあのホルンの弟(・・・・・・・)という好奇の目で見られていたが。


 意外……というべきなのか、幼馴染のレクストンが言っていた通りと言うべきなのか、ホルンは意外とメンバー内でも受け入れられているようだ。


 たとえるなら、「めんどくせーけどもうあいつのことはいいわ。あいつそういう奴だわ」という、迷惑込みで姉の存在を認めている気がする。うちの村でもそんな感じだった。同じ人じゃなくて手が掛かるペットくらいに認識するとグッと付き合いが楽になる、そんな感じだったから。


 リーダーの挨拶からして、「すでに身内だから」って感じだった。

 ホルンはいい人たちに拾われたんだなぁ。


 そんな中、


「私に似た弟がいるって何度か聞いたけど、本当に似てるんだねー」


 アインリーセ――前に来た時に寝起きで出てきた下着の女が、特に姉と仲が良いらしい。まあいきなり不本意なことは言われたけど。


 雰囲気はかなりゆるい感じがするけど、当然のように強いのがすぐわかった。まあそれに関しては、一応ここにいるライラを除いて、全員実力はあるようだが。


「アインさん、ホルンが待ってるんじゃないか?」


 これまた一応いる幼馴染のレクストンが、さっきリターンしてきた姉とのやり取りをアインリーセに告げると、彼女は面倒そうに立ち上がった。


「そうだった。あいつ目を離すと生肉でも行くからなー……せめて生焼けで食えばいいのに」


 生焼けでもダメだと思うが。冒険者ってたくましいな。






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