28.メガネ君、金髪おかっぱに張り付かれる
「長い話など聞きたくないだろう。手短に説明する。
昨夜、馬車の事故があった。
狼に追われたせいで馬が暴れ、その影響からか車輪が外れて街道から転落。それで御者と乗員が怪我をした。
私も護衛として御者席にいたのだが、狼を足止めしようと馬車から飛び降りた瞬間に事故があってな。かなり焦ったよ。何もできなかったしな。
後は君が知っている通りだ」
強引に部屋に押し入られ、まったく興味がないことをロロベルはつらつらと語った。これで手短なのか。通常バージョンなんて絶対聞きたくないな。
「色々気になるだろうが、私の口からはあまり詳しくは話せなくてな。すまない」
あ、全然いいです。むしろ望み通りというか、願ったり叶ったりです。
「事情はわかりました。お帰りはあちらです」
「で、だ。先に言った通り、乗員……あの女の子だが、貴族の娘なんだ。リーヴァント家の娘で、ぜひ君にお礼がしたいから連れてきてほしいと」
「事情はわかりました。お帰りはあちらです」
「では一緒に行こうか」
「あ、なぜ腕を取るんですか? 大声出しますよ? 男の人を呼びますよ?」
「可愛い男の子を私が襲うパターンか? 経験はないが、……そういうのも嫌いじゃないかもしれない」
…………
「むしろ好きかもしれない」
…………
「やってみる?」
「やりません」
やっぱり強いなロロベル。嫌いじゃないと言われたらこっちが困る。実際襲われたら俺が困る。……これが変な髪形の都会の大人の女の強さか。恐ろしいものだ。
「ロロベルさん」
と、俺は手を握ってきているロロベルの手を外した。
「本当にこれから用事があるから。たぶん午前中いっぱい掛かると思う」
嘘か本当かわからない、とロロベルは言ったが、着替えしたり風呂入ったり出かけたりするつもりだったのは本当の話である。
昨夜は、宿に帰ってからすぐに寝てしまった。泊まりがけの狩りはやっぱり疲れるから。
そして、考えなければいけないことは残っている。
たとえば、これから挨拶に行く「夜明けの黒鳥」のこととか、どうも「メガネ同士で繋がっていると思しきメガネ」のこととか。
特に後者は、考証と実験が必要になるかもしれない。面倒な話である。
「そうか。まあ真面目な話、君には聞きたいことが色々ある。あの時間に通りすがった理由や、狩人としての腕など。
結果として助けになったのは確かだが、疑わしい部分もなくはない」
…………
「たとえば、南の森で狩りをしている君が、なぜ東の街道を通りすがることがあったのか。
時間もしくは場所が重なる偶然は多々あるが、時間と場所がどちらも重なるとなると、必然を疑うのは仕方ないだろう。
それも含めて、君には聞きたいことがある。……と、リーヴァント家は考えている」
ふうん。
「それ、この段階で俺に話してよかったの? もし偶然じゃなくて必然だったら、嘘をでっちあげる時間を与えることになるんじゃない?」
「構わんよ。根拠のない勘だが、私個人は君を疑ってないからな。
――ただ一つだけ言えることがあるとするなら、この世界には『嘘を見抜く素養』を持つ者がいる。でっちあげるなら嘘を吐かないで済む理由を考えることだ」
……へえ?
「このタイミングでそんな『素養』の話をするなんて、逆にそれを話すことが主目的の一つに組み込まれていたみたいだね」
一見親切にも思えるが、実際は親切だとか口が滑ったとかではなく、最初から計算づくで話した可能性を感じる。
だってロロベルの話をそのまま信じるなら、「嘘を吐けば」見抜かれて疑われるし、変に誤魔化せば普通に疑われるし。
でっちあげも「嘘が含まれれば」すぐにバレるし。
結果、「真実以外を話せば全部疑われるけどどうする?」と言われたと同意犠だ。
そう考えると、ロロベルは暗に「最初から嘘も誤魔化しもせず真実を話して早く済ませろ」と言っているみたいだ。無駄な問答をさせるな、と。
「それは想像に任せるよ」
否定はしない、と。
……思ったより面倒なことになりそうだな。
「ところで、午前中は何をするつもりだ?」
察するに、アレだ。
「俺に張り付くつもりだね?」
「逃げないでくれよ。君を追いかけるのは骨が折れそうだ」
うーん。
お貴族様が関わっているのが明確になっちゃったからなぁ。逃げるのはまずいだろうなぁ。行かないわけにはいかないよなぁ。
「これから『夜明けの黒鳥』の拠点に行くんだ」
「ああ、そういえば『悪魔狩りの聖女ホルン』を探していたな。同郷だという話だったか?」
やはり「聖女」呼ばわりが未だどうしても引っかかる。意味合いは違うが「悪魔」辺りのフレーズの方が似合いそうなのに。
「今日の午前中に訪ねるって約束を取りつけてあるから。それに合わせて一昨日から狩場に出て、昨日の夜ウサギを狩った。
ロロベルさんと会ったのは、その帰りだよ」
「知っている。簡単にだが、君の行動は調べたからな」
そうか、調べたか。さすが貴族って感じだな。
まあでも、俺もそんなに隠してはいないから、足取りを追おうと思えば簡単だっただろう。
狩猟ギルドにはちょくちょく顔を出していたし、宿は割れているし、意外と長い王都滞在となったから行きつけの食堂もできたし。
増やしたくはないが、顔見知りもできてきた。ロロベルも一応その中の一人だったし。
ちなみに刺歯兎は、さすがに丸ごと部屋に持ち込むのはいけないと言われて、宿の保存庫に保管してもらっている。別料金を取られた。都会はなんでもお金が掛かる。
「では、私は『黒鳥』の拠点で待とう。準備があるだろう? 一旦離れる」
「そのまますれ違って会えなくなるかもしれないけど仕方ないよね」
「ははは。その時は村まで迎えに行くよ」
逃げたら故郷まで追いかけるって釘刺されたよ……