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27.メガネ君、通りすがりの役目を終え立ち去る





 ロロベルと役割を交換し、馬車の事故現場を任せて俺は向かいの林へ向かう。


 狼の数は、六頭かな?

 一人で剣を使って相手するには難しい数だ。


 狼は頭がいい。そして数を生かした狩りをする。

 たとえば、己より強い個体を、数で補って覆したりする。


 狼たちはロロベルの強さに気づき、本格的に仕掛けることはしなかったんだろう。

 無視はできない、すぐに仕掛けられる距離を保ち、ロロベルが消耗するのを待ちながら勝機を伺う。狼らしい狩りのやり方だ。


 ロロベルは剣を武器にしているようなので、攻撃範囲に狼が入らない。だから仕留めるのが難しい。

 しかも、林という場所も悪い。


 たとえば、ロロベルの鋭い踏み込みなどによる一歩限定の短距離なら、瞬間的に狼の俊敏性を上回るかもしれない。

 だが木々という障害物がある中では、単純に攻撃のチャンスが減る。下手に攻勢に出て身体が木にでも当たれば、その隙に狼に襲われかねない。


 おまけに、ロロベル自身も、事故現場から狼たちを遠ざけるために、狼の足止めをしなければならなかった。

 何せ動けなくなっている人が二人もいる。

 庇いながら戦うよりは、狼を遠ざけて二人の安全を確保した方がいいと判断したのだろう。


 ――総じて言うなら、武器のミスマッチだ。


 弓なら余裕で狙えるけど。





「……終わり?」


 三頭目の頭を撃ち抜くと、勝ち目がないと踏んだ狼たちは突如向きを変え、遠ざかっていった。


 村にいた頃なら、後々になって家畜や村人に被害が及ぶことを考慮して追いかけたりするんだけど、今回はいいだろう。


 手早く仕留めた狼を回収し、街道に並べる。

 狼の肉も食えるし毛皮も売れるので、これも立派な戦果である。


 ただ、俺はまだ刺歯兎を諦めていない。あまり命を比べるようでアレだが、狼よりも向こうの方が価値もあるし肉もうまい。何より贈答用だし。諦めなければ夢は叶うんだ。


「ロロベルさん、そっちどう?」


 と、さっき別れた馬車の事故現場を見降ろすと。


「二人とも軽傷だ。気を失っているが」


 倒れていた二人を並べて怪我の仔細を調べていたロロベルが、若干の安堵を感じさせる少し明るい声で答えた。まあ命には関わらないことは俺も調べたが。そうか、軽傷か。よかったね。


「そっちは終わったのか? 早かったな」


「うん。俺もう行っていい?」


「もう少し手を貸してくれ。この人たちを上まで運びたい」


 まあ、それくらいなら。


「馬車を引いていた馬がいない。恐らく王都に戻っているだろう。異常を察して誰かが迎えに来るはずだ」


 ああ、助けが来るのか。

 じゃあ俺が手伝うまでもなかったかな。


 一人ずつ……小綺麗な格好のおっさんと、仕立ての良い服を着た女の子を運び、街道に横たえる。


 …………


「厳密には違うが、あまり女の寝顔を見るなよ」


 ん?


「この『メガネ』って俺がロロベルさんに渡したやつだよね?」


「……そうだよ。ところで寝顔を……なんでもない」


 ……?


「ごめん聞いてなかった。寝顔が何? なんか言った?」


「何も言ってない。……言ってない!」


 ああそう。なんでもいいです。


「じゃあ俺は行くよ」


「もう帰るのか? どうせだから最後まで付き合ってくれ。まだ事情も話していないし、この後に何かあるかもしれない。戦える者がもう一人いると心強い」


 気持ちはわかるけど、ここらが潮時だろう。

 これ以上一緒にいると、俺も関係者として扱われてしまいそうだ。面倒やトラブルはあんまり好きじゃない。目立つのも嫌だ。


 そして何より、俺はやっぱり刺歯兎を諦めていない。夢を捨てられない。


 それにだ。


「もう大丈夫だよ。こっちに誰かが向かってくるから」


 王都がある街道の先に、小さな火が三つ見える。たぶん松明かなんかを持って馬に乗った誰かだろう。兵士かな?


「もう迎えが来てるよ」


 だから俺の出番はここまで。通りすがりの役目は充分こなしただろう。


「狼は好きにしていいから。じゃあね」


「おい、待て! まだなんの礼もしてないぞ!」


 そんなロロベルの声を無視し、俺は街道から林に入り、闇に紛れた。


 よし、急いでウサギを拾いに行くぞ。





「――やった!」


 大急ぎで道を逸れた南側の街道へ戻ると、俺が置いた刺歯兎が、置いた場所にそのまま残っていた。おお、やった。何気に狩った時より嬉しい。


 移動時間と、ロロベルたちの事情に関わっていた時間を併せても、そんなに経っていない。


 俺は改めて獲物を担ぐと、王都へと走るのだった。





 そして翌日。


「来たよ、少年」


 朝も早くから、ロロベルが部屋にやってきた。


 来そうな気はしていたけど……やっぱり来たか。


「あ、これから着替えたり風呂に入ったり出かけたりしますので、今日のところはお引き取り願えませんか。失礼しまーす」


「顔を合わせるなり即時それだけ言えれば大したものだ。嘘にしろ本当にしろ」


 そりゃ来るかもしれないとは思っていたからね。完全に用意していた言葉である。


 ロロベルは微笑んだ。


「待つよ。いつまでも。ここで」


 ……強いな、ロロベル。肉体的にも強いけど交渉事にも強そうだ。したたかでふてぶてしそうだ。


「まあ真面目な話として、子供の使いではないからな。リーヴァント家からの呼び出しだ」


「あ、そういうの間に合ってますので。失礼しまーす」


「待て」


 チッ……扉を閉めようとしたら足をねじ込んできやがった。


「言ったよな? 子供の使いじゃないんだ。そう簡単には逃がさんぞ」


 …………


 ……面倒事は嫌なんだけどなぁ。






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