26.メガネ君、思わぬ再会を果たす
「……うーん」
面倒ごとの臭いがする。
大まかに、王都には十字に通る大通りと、そこから外へ続く街道がある。
一般人は北と南の門を利用するが、王室御用達の商人や貴族は東西の門も利用して、王都に入ることもできるそうだ。
東西の門は、いわゆるお偉いさんだけの出入り口である。
だから東西の街道を来た一般人は、北か南へと回り入国することになる。もちろん俺も一般用の出入口を利用しているが。
俺が狩場にしているのは、南の森である。
南側の門を出て、そのまま街道を行くことになるのだが。
「メガネ」が導くまま光の点滅を追うと、東側の街道に出た。まったく知らない道ではあるが、道幅も広く取られているので、間違いなく街道である。
そのまま道を走り続けると――点滅する光が大きくなるにつれ、不穏な気配が漂い始めた。
まず、街道に転がった車輪だ。
左右に林を臨む街道は、右手側がゆるやかな斜面になっている。
光は、その斜面の下にある。
「馬車の事故……?」
上から覗けば、大きな四角いものが落ちている。恐らく馬車だろう。
パッと見では、走っている馬車の車輪が外れて車体が斜面を転げ落ちた、ってところかな? 緩やかな斜面だけど、スピードが出ていればそれなりの事故にもなるだろう。横転もしたかもしれない。
「メガネ」を「暗視」に切り替え、転がっている馬車と周辺を見る。
赤い光がぼんやり浮かび上がる。
動物ではなく、人型の光だ。
二人。
一人は車体から離れたところに倒れている。
もう一人も倒れていて、片足が馬車の下敷きになっているようだ。
俺が追ってきた光点の出所は、馬車の下敷きの人みたいだ。……直接視認したせいか、光はすーっと消えてしまったけど。
えーと。
助けた方がいいんだよな? 二人とも動きがないし。明らかに事故があって怪我をして動けないという有様だし。
でも、反対側の林の方に、いろんな気配も感じるんだよなぁ。
下の二人は、俺が行ったところですぐにどうこうできないかもしれないし、それなら反対側の林の
……いや、俺を呼び出したのは下の人だしな。まず下の方に行ってみよう。
「光るメガネ」の謎も、わかるかもしれないし。
謎はすぐにわかった。
「……なるほど、『メガネ』で繋がったのか」
馬車の下敷きになって倒れている人……同い年くらいの女の子は、かつて俺が生み出した「メガネ」を掛けていた。
そう、俺が生み出した「メガネ」だ。間違いなく。
うーん。
要するに「メガネ同士」の共鳴というか、何かしらの繋がりがあるんだろう。
思いっきり噛み砕いて言えば、元々が「魔法のメガネ」である。……かなりバカっぽい響きだけど、本当に文字通りそのままの意味を持つ物質である。
そうじゃなければ、色を変えたり、奇襲の成功率が数字になって見えたり、動物が赤い光となって物質を透かして見えたりなんてしない。
それらの特徴と同じように、「魔法のメガネ」がほかの「魔法のメガネ」と繋がっている、というだけの話なんだろう。
光ったのは……なんだろう?
「メガネ」が、自分が壊れる危険を察して助けを求めた、とか?
…………
「メガネ」が、ではなく、「メガネを掛けた人」が、と考えた方が自然かな。
いくら「魔法のメガネ」でも、意思はないだろうから。
「……う、ぅ……」
あ、意識が戻ったか?
「大丈夫? 手を貸そうか?」
と、俺は俺の知らない巡り合わせで、「俺のメガネ」を手にした女の子の傍らにしゃがみ込む。
あーあー、頭から血も流しているなぁ。やっぱり事故かな。怪我してるなぁ。頭を打ってるっぽいから、下手に動かさない方がよさそうだ。
「……え……誰……?」
意識も朦朧としているようだが、意思の疎通はできそうだ。
「通りすがりの者だよ。いらないなら帰るけど」
さすがに本人が「いらない」と言えば、俺が手を出す理由はなくなる。師匠だって「できる限り人は助けろ」とは言っていたが、親切の押し売りをしろとは言わなかったし。
狩猟した刺歯兎が忘れられない。
丸一日以上を費やした、大事な獲物だ。そう簡単に諦められるわけがない。
まだ置いてからあまり時間は経っていない。まだ間に合いそうだ。拾いに行けばまだ間に合うと思う。きっと。俺はまだ諦めない。諦めない心が奇跡を生む。
しかし、女の子は、向こう――街道を挟んだ向こう側の林を、震える手で指さした。
「あ、あっちに、護衛が……たすけて……」
ああ、向こうの
気配だけでするに、狼が数頭と、それを相手に立ち回っている人が一人いる。それが彼女の言う護衛だろう。
……護衛、か。
まあ、その通りなんだろう。
それも、かなり腕がいいみたいだ。
――その護衛は、俺の気配に気づいたようで、とんでもない速さでこちらに向かってきているから。
「動くな! 貴様は誰だ! そこで何をしている!」
声は鋭く、隠そうともしない殺気が躊躇なく俺に向けられる。
向こうの林で狼どもの相手をしていた護衛の人であろう女性が、正体不明の人物……つまり俺を、敵か味方か見極めるために戻ってきたのだ。
俺は手を広げて、害意がないことを示しながら、ゆっくり立ち上がった。
「通りすがりだよ。邪魔なら消えるけど――あ」
言いながら振り返ると……星空の逆光でも特徴的な、どこかで見た金髪おかっぱ頭が見えた。
「もしかしてロロベルさん? 久しぶり」
都会の人はこういう髪型が多いのか、これが洗練された都会の髪型デザインか、と密かに恐れ慄いていたが、数日も王都をうろうろしていれば滅多にいない髪型と気づく。
彼女がどういうつもりでああいう髪型をしているかはわからないが……まあ、とにかく、珍しくはある髪型である。早々似た髪型で荒事専門の女性なんていないと思う。
「……誰だ?」
やはり当たりか。
突然名前を呼ばれたせいか、白刃のような切れ味を思わせる殺気が薄くなった。
ああ、あまり密集はしていないが、ここらも木々が影を落としている場所である。向こうからはよく見えないのだろう。
「エイルです。『メガネ』の。冒険者ギルドで食い逃げして料金を立て替えてもらった」
「……あ、あのエイルか!」
はい、そうです。
「それで君はここで何をしている? 悪いが、返答次第ではただでは済まないぞ」
護衛らしいセリフだ。
この状況で第三者がいるって、確かに疑わしいからね。事故に付け込んだ泥棒だと思われても仕方ないと思う。火事場泥棒ってやつ?
「だから通りすがりだって」
でも俺の返事は変わらない。
実際には、突如光り出した「メガネ」に導かれてきたわけだが、話すにしろ話さないにしろ、今この状況で一度説明しただけでは通じないような、不可解なことを話しても混乱するだけだろう。
だいたい、話す気もないし。
「この時間に? この時間に通りすがるのか?」
一般人にはありえない時間であることは認める。王都内ならまだしも、魔物がいる街の外だしね。
「俺は狩人だからね。獲物を狩って帰る途中だったんだよ」
「狩人? ……そういえば、君の部屋に弓と矢筒があったのは覚えているが……」
まだ半信半疑ってところか。
「判断に迷うのもいいけど、時間が惜しいのはお互い様だと思うよ」
「なんだと」
「見ての通り、怪我人が出てる。早く治療した方がいいんじゃない?」
それに俺も、早く刺歯兎を拾いに行きたい。まだ間に合う。間に合うはず。それこそ向こうでも狼だのなんだのに掻っ攫われる前に戻りたい。
「邪魔なら消えるけど。俺はどうしたらいい?」
「――手を貸してくれ」
…………即断かよ。ちょっとだけ「邪魔だ帰れ」って言ってほしかったな。
「わかった。狼は俺に任せて。ロロベルさんは怪我人をお願い」
速攻で狼どもを片づけて、刺歯兎を迎えにいこうっと。