20.メガネ君、姉の状況を聞く
恐ろしいまでに変わりのない姉は、食事時は話はできないのも変わっていない。
決めるまでも真剣なら、注文して料理が運ばれてくるまでもそわそわしながら真剣で、こうなればやはり食べている時も真剣であろう。
飯を邪魔したりしつこく声を掛けると殴られるから注意も必要だ。ケダモノめ。
話しかけてもまともな返答は期待できないので、その間に気になることはレクストンとライラに聞いておくことした。
まず、やはり、アレだ。
「借金があるって聞いたんだけど」
先日の赤熊の狩猟で、まとまったお金はある。全額返済には足りないまでも少しは足しになるだろう。
「あると言えばあるが、気にしなくてもいいと思う」
レクストンの話では、ライラに聞いた通り依頼料の肩代わりをしたそうだが、それから一切返済は行われていないらしい。……おい。
「返済、してないの? 一切?」
「ホルンだからな。金が入ったら何かに消えてる」
理由になってないはずなのに、納得できるところが嫌だ。そうだよな、ホルンだもんな。
「孤児院への寄付だったり、金に困ってる奴に貸したり、装備の分割払いの支払いだったり。一番多いのは食費みたいだけど、俺も正確には把握してねえ」
金遣いはめちゃくちゃみたいだ。まあ、わかってたことだけど。
村ではお金は使う用途もなかったから、金勘定なんてどうでもいいと割り切るだろうとわかってた。
予想外があるとすれば、予想以上にめちゃくちゃみたいだが。
「そもそも金を借りたことも貸したことも、何に遣ったかも基本的に覚えてないみたいでな。返済を迫られても金はないし、気が付けばすっからかんだし。俺にもわらかん」
…………
ライラが警戒するはずだ。我が姉らしいと思うと同時に、愚かとしか言いようがない。
「だが、不思議なもんでな」
レクストンはニヤニヤしながら、そわそわしている姉を見る。姉は隣のテーブルの肉が気になるのかすごい見ている。そうだねうまそうだね。少しはこっちを気にしろ。
「俺はホルンが来るまでの一年間は、普通の冒険者としての経験を積んだ。そんな俺が知っている『夜明けの黒鳥』ってチームは、どうも一流になり切れないチームでな。
実力はある、メンバーも厳選されてる、仕事の手際も達成率も王都では一、二を争うほどの実績もある。
だが、何かが足りない。
だから三ツ星には届かない、って感じの、永遠の中堅どころって感じだったんだ。うまく言葉にはできねえけど」
永遠の中堅、か。
「わかる気がする。そういうのいるよね」
実力も実績もあるのに、でもどこか全てを任せきれないというか。
全幅の信頼を置けないというか。
何か陰りがあるというか。
物語の主人公にはなれないというか。
露骨に言えば、格が違うというか。
理由はそれぞれでまちまちだろうだから一概には言えないと思うが、そういうのはある。
「ホルンが入ってからなんだよな。こいつの加入で『黒鳥』に足りなかった何かが埋まったんだ。
結果、チームは三ツ星ランクを得て、王都でも随一の冒険者チームと呼ばれるようになった。
何が変わったって、やっぱり雰囲気だろうな。
前はプライドが高く安い仕事は受けない一流気取りだったが、今は割と色々やってるよ。おかげで人気も出てきたしな」
ふうん。
「あ、ちなみに俺は、わりと最近『黒鳥』に入ったんだ。入団試験を受けてな。それ以前にはホルンとよく冒険に出てたけど」
俺が入りたいと思えるチームになったからな、とレクストンは語った。
そうか、「黒鳥」というチームはそんなに変わったのか。
まあ、わからなくもない。
姉を見ていれば、「ちゃんとしろ」とか「誇りを持て」とか、そんなの言い飽きてどうでもよくなってくるから。
「大方、ホルンの面倒を見ようとして付き合っている間に、『黒鳥』のメンバーも巻き込まれていったんだろうね」
だから侮れないのだ。ただのバカと断じるにはもったいないのだ。
「そう。俺と一緒のパターンな」
村で二番目のバカがなんか言ってるけど、これは無視していいだろう。
「――メガネがホルンお姉さまの弟だなんて、聞いてないんだけど」
ライラのそんな小言を聞き流しながら、運ばれてきた飯を食う。俺だって姉に妹ができていたなんて知らなかったからおあいこだ。
それより、さっき話が逸れた借金の話である。
「ああ、借金な。リーダーがもう取り立てる気がないみたいでな。諦めたっつーか、逆に取り立てたくないっつーか」
「取り立てたくない?」
「借金がなくなったらホルンが『黒鳥』を抜けるんじゃないかって、若干心配してるみたいだ」
あ、なるほど。だから借金はそのまま残している、残しておきたいと。
「今やホルンも、王都では有名な冒険者だ。
腕もいいしバカだけど性格も悪くないし、騙されやすいから御しやすいと考えてる奴らもいるし。他チームからのスカウトも来るし、お偉方とも繋がりもできてる。
で、これはさっきの話に触れるが、ホルンが『黒鳥』の足りない部分を埋めてる節がある。
だからあんまりな理由で抜けたら『黒鳥』は空中分解するかもしれない。……まあ、俺の考えすぎかもしれんがな」
それも、わからなくもない。
ホルンがいなくなって二年、村でも「ホルンが抜けた穴」は小さくなかった。
労働を肩代わりしてもらっていた老人たちは見る見る元気をなくし、細々した雑事に子供たちが借り出されることも増えていた。
ホルンとレクストンだけでこんなに働いていたのか、と。
後になってみんな気づいたものだ。そしてその穴を埋める段になって、村全体が混乱もしたし口論にもなったみたいだ。
本当に我が姉ながら、常識に納まってくれない厄介な人である。
「ふう……うまかった」
食事が終わって、ようやくホルンが落ち着いたようだ。ヤギ肉シチューをお代わり二杯か。よく食うなぁ。
「それでエイル、王都に遊びに来たの?」
そして急に身内ヅラし始めた。おっそいなぁ。その手の来た理由の質問は再会してすぐ出るもんだと思うんだけどなぁ。
「選定の儀式だよ。ホルンと一緒」
「ん? …………選定の儀式?」
待て。
「さすがに忘れたわけじゃないよね?」
何このピンと来てない顔。まさか成人の日を忘れているなんて言い出さないだろうな。
「…………あ」
ピンときたようだ。
「そうだった。私は『素養』が珍しいからって王都に連れてこられたんだ。それでそのままここにいるんだった」
相変わらずすごいな。自分がここにいる経緯さえ忘却の彼方に消し去ろうとしていたのか。なんというか……すごいな。
「じゃあエイルも『珍しい素養』だったの? だから連れて来られたの?」
これだ。
普通の人なら遠慮したり気を遣ったりして訊かないことを、平然と訊いてくる。だからホルンは……いや、まあいいや。
「素養」については、基本的に軽々しく聞かないのが一般常識である。
だからライラもここまでで俺に聞くことはなかったし、俺も王都に来てからは誰にも質問していない。
あくまでも一般常識だ。
一般常識がないホルンなら、別に不自然でもなんでもない。
「少しだけ『魔術師の素養』があるみたい」
「え、マジか!?」
驚いたのはレクストンである。ついでにライラも。
ホルンは「ふーん」って感じでどうでもよさそうだ。なお、レクストンとライラの方が、世間一般では正しい反応である。
魔術師とは、それくらい珍しい「素養」なのだ。
「でも大した『素養』じゃないらしくて、城から門前払いを食らったよ。だからしばらく王都で観光でもしてから村に帰るつもり」
嘘は言っていない。
「メガネを生み出す」という物理召喚は、魔術師ができることだ。だから俺にも適用されるはずだ。言ってないことがあるだけで嘘は言ってない。
「そうか。残念だったな」
「そうでもないよ。仮に『素養』を見込まれても、城に仕える気はなかったから。どんな結果でもすぐに村に帰るつもりだったし」
こうしてホルンとも会えた以上、あとは城からの注文をこなせば、王都にいる理由もなくなる。
やっぱりというかなんというか、まともに会話するのが困難だったけど、元気だし特に問題もなさそうだから、それを両親に報告しよう。近況を聞き出すのは……ホルンよりはレクストンに聞いた方が早いみたいだし。
あとは、やっぱりアレか。
「『黒鳥』のリーダーに挨拶はしておきたいけど」
この姉を預かっているという、確実に気疲れしている人がいる。身内としてはぜひとも挨拶しておきたい。
これは人に会いたくない関わりたくないで流せる問題ではない。絶対に。
俺が逆の立場なら、挨拶くらいしに来いと絶対に思うから。
なにせホルンを預かっている人だから。
まあ、気は重いけど。……小言とか言われたら、さすがに聞き流せる相手でも状況でもないからなぁ。
「それよりエイル」
気が重くなっている俺に、ホルンがずいっと上半身を寄せてきた。
輝く暗い茶色の瞳が、見透かすように俺の瞳を捉える。
「その顔についてるやつ、いいモノだね? くれ」
またいきなり言い出したな。
「これは目がいい人には不要だよ。ホルンは目がいいだろ」
見詰めてくる姉を、レンズ越しにじっと見つめ返す。
そんな姉は、なんの変化もなく――恐らく「ただそう思っただけ」のことを口に出した。
「それ、
…………
「なぜわかる」とか「どうしてそう思う」とかは、姉には愚問である。
大体において「そう思ったから」というだけの話だから。
もしかしたら、最古の記憶である「森に置き去り事件」より先に、俺は学んでいたのかもしれない。
直感と本能で生きている奴は恐ろしいということを、姉から。