19.メガネ君、幼馴染とも再会する
「――ホルン。村の人って誰だった……あ」
あ。
訝しげなホルンの後ろから、見たことがある顔が出てきた。
「おまえ、エイルか!?」
そういう彼は、レクストンだ。
三年前の選定の儀式を終えてすぐにアルバト村を出た、俺にとってはいわゆる幼馴染というやつである。
レクストンは、小さな頃から身体が大きく力が強かった。小さな村のガキ大将だった。
姉にちょっかいを出すまでは、の話だが。
まだ小さな女の子だった姉にからかうようなちょっかいを出して、逆にボッコボコにされてからは、姉の一番の子分みたいになっていた。
ホルンは子供の頃から強かったから。なんというか、人間じゃなくて獣みたいな野性味溢れる奴だったから。
今も雰囲気は変わってないかな。
村のツートップバカが揃ってからは、一緒にバカやっては自業自得な目に遭っていたらしい。
さほど興味もなかったから詳細はわからないけど。
ホルンとレクストンがつるんで派手にバカやり始めて、俺はより一層、人から隠れるようになった。
しばらくしたら狩人の弟子となった。
なので、もしかしたら俺よりホルンのことを知っているのは、彼の方かもしれない。
相変わらずの巨漢だ。
しかし、昔よりはるかに逞しく、力持ちの若き冒険者という感じだ。ホルンと違い鎧をまとっていない薄着で、嫌でもその下に分厚い鉄のような筋肉があるのがわかる。
――正直どっちも村一番のバカだったが、さすがにホルンよりはレクストンの方が、まだマシなようだ。
そうだろうとも。
姉を超える逸材なんて、本当にこの世にいるのかってレベルだから。早々小さな村に同じくらいの器を持つ者なんて生まれやしないだろう。
「エイル? ……私の弟も同じ名前だけど」
衝撃の発言である。まさか名前が出てもピンと来ないなんて。
姉は変わってないかと思ったが、昔より磨きがかかっているのではなかろうか。
「同じ名前じゃなくて同じなんだよ! おまえの弟だよ!」
村で二番目のバカが訂正するほどの発言である。俺なんて言葉も出ないよ。関係者だと思われたくないから触れたくないし。……関係者しかいないから無駄な抵抗だけど。
ホルンはにっこり笑って、大男を見上げた。
「おまえはバカか、レクス?」
バカにバカって言われると腹が立つよね。俺は言われてないのに腹が立った。おまえが言うなって。当然言われたレクストンも気分を害した顔をしている。
「私の弟は、顔からこんな変なの生えてないんだぞ」
メガネは生えるとは言わない。そもそも生えてない。顔の一部じゃない。すでに心の一部ではあるけど生えてない。
「ホルン」
さすがにこれ以上の身内の失態は、俺が見たくない。
俺は「メガネ」を外し、姉を呼んだ。
二年前と同じように。
「あ、エイルだ」
「メガネ」を掛けてみる。
「……ほんとにエイルか?」
「メガネ」を外してみる。
「エイルだ」
「メガネ」を……
「遊んでんじゃねえよ! 二人してなにやってんだ!」
いや、今のはむしろ俺が遊ばれていた方だと思う。
「で、結局こいつ誰なの?」
姉に自覚があれば、だが。
「ホルン、俺だよ」
俺は立ち上がり、俺より少しだけ背が高い姉と向かい合う。
「二年前にアルバト村で別れた弟だよ」
ここまで言わないといけない身内との再会ってなんなんだ、とは思いつつも。
このままでは身内の恥をずーっとさらし続けることになるので、仕方なく、ちゃんと言葉にした。わかりきったことを。仕方なく。
「あ、本当にエイルなの? 王都に来たんだ」
ようやく認識してくれたようだ。
ふう……二年ぶりの姉の相手は、疲れるなぁ。
俺が人の相手をまともにしなくなったのは、まともに相手すると疲れることを、姉から学んだからだからなぁ。
ホルンと、ホルンを連れてきたライラは、会う予定にあった。予定になかったのはレクストンである。
部屋が狭いので、外で待っていたライラと合流し、その辺の食堂へ向かう。
テーブルに着くと、「久しぶりだな、エイル」とレクストンは笑った。
……ふうん。
村で二番のバカだったレクストンなのに、あまりバカっていう印象がなくなっていた。笑顔がさわやかな好青年のようだ。
理知的……かどうかはわからないが、落ち着いた物腰である。
姉の一つ上なので、今十八か九、か。
この王都でいろんな人生経験を積み、すっかり大人になったってことなのかもしれない。
「そのメガネどうしたんだ? 元気してたか?」
「メガネは気にしなくていいよ。そっちも元気そうだね」
レクストンは、小さい頃から冒険者になりたいと言って訓練していた。
選定の儀式でありきたりな「素養」を引いたものの、その日から村を出て、王都へ旅立った。
三年前に村を出て以来、年に一度は帰ってきていたと思うが。
でも姉とは親しかったが、俺はそうでもなかったから、帰ってきたところで顔を合わせることも話すこともなかったんだよな。俺も狩人修行で忙しかったし。
「ホルンと合流しているなんて思わなかったよ」
「俺もだ。まさか王都でまでつるむようになるとは思ってなかった」
その話題のホルンは、かなり真剣な面持ちでメニューを見ているが。
たぶん何が一番多く肉が入っているか、何肉を食うか考えているのだろう。食い物に関しては昔からどこまでも本気な奴だから。
「レクストンも、『夜明けの黒鳥』のメンバーなの?」
「ああ。つってもまだまだ下っ端扱いだけどな。ようやく一ツ星の冒険者になったところだ」
へえ。まあ体格はこの通りだし腕も悪くなさそうだし、成長性みたいなものを見込まれたんだろう。
まあでも、レクストンのことはひとまず置いておこう。
身内としては、彼より姉の方が気になる。
「なんでホルンは『聖女』なんて似合わない二つ名で呼ばれてるの?」
これが一番気になっていた。結局どういうことなんだ、「悪魔狩りの聖女」って。なんかの風評被害的な皮肉なのか。
「困ってる人の依頼なら片っ端から受けてこなしてきたからだよ。報酬が見合わないような困難な仕事でも平気で受けてな。昔からそうだっただろ」
そうだった。
昔からホルンはそういう奴だった。
誰かが困っていればお節介と言われても口と手を出す奴だった。
大変だから、迷惑だから、って遠慮する相手に「うるせーバカやらせろ」と言い切る奴だった。
身体の自由が利かない年寄りの代わりに労働して回って、それから普通の顔して遊びにも行く疲れを知らない奴だった。
だから大物の器と言われていた。
ただ「バカ」と結論付けるのも勿体ないと思えるほどに、恐ろしいまでに欲望と本能に忠実だったから。
そうか、王都でも同じようなことをして、それで聖女呼ばわりか。……短絡的なケダモノ、とでも言った方が絶対に正確だと思うんだけど。
「今更言うのもなんだけどさ」
同郷同士で話が進んでいる最中、気を遣って口数を減らしているライラがここで入ってきた。
「一年前、あたしの村が困ったことになってね。冒険者ギルドに助けを求めたの。そこで率先して動いてくれたのがホルンお姉さまだったんだ」
ああそう。そりゃお姉さま呼びして慕いたくもなるね。
「ね、ホルンお姉さま」
「うるさい。今肉選んでるから話しかけるな」
変わってないな。ライラの笑顔に見向きもしないところとか、二年ぶりに弟と会うのに話より食欲優先なところとか。
「父さんと母さんが心配……は、あんまりしてなかったけど、気にしてたよ。この二年、一度も帰って来なかったから」
「うるさい。今シカかヤギか選んでるから話しかけるな」
うん。
間違いなく、俺の姉だな。