18.メガネ君、姉と再会する
黙々と鉄の矢を撃っていると、独り言をぼやくジョセフは、絡みつくような無視できない言葉を吐いた。
「ねえメガネ君。赤熊を狩ったんでしょう?」
……ん? 耳が早いな。
「なんのこと?」
「冒険者ギルドと違って狩猟ギルド界隈は狭いからねぇ。何かあったらすぐ噂が広まるのよぉ」
ああ、そうなのか。
この店で扱っている商品が主に狩猟道具なので、狩猟ギルドとはいわゆる提携関係みたいなことになっているのかもしれない。
だとすれば、そりゃ情報も早いだろう。
「一緒にいた冒険者ががんばったんだよ。俺は付いていっただけだよ」
「へえ? 毛皮を無駄に刈った、傷にもなってない痕跡は?」
あ、そこまで情報が入ってるのか。
「ついでに言うとぉ、毛皮に残った傷跡からぁ、細長い
……ほう?
俺は振り返り、ニヤニヤしている化粧の濃いおっさんを見据える。
「それ誰から聞いた?」
その発言の真意を問うために。
「何が致命傷で、どんな狩り方をしたか、わからないように解体したはずだけど」
「あら、そうなの。用心深いのね」
「それとも誘導尋問の類だった?」
「半分は」
そうか。半分は憶測か。
「残りの半分は?」
「愚問ね。ワタシはメガネ君の実力をこうして見ているのよ?」
赤熊くらいなら相手にならないでしょ、と。まるで現場を見ていたかのようにジョセフは笑った。毒々しいまでに口紅あっかいなぁ。
「矢、何本使ったの?」
「三本」
「あらそう。ワタシの予想より随分少ないのね。弓の腕もそうだけれど、実戦慣れもしているワケね」
まあそれ以前にだ。
「別に俺が赤熊を狩ったとは認めてないけど」
「フゥン? ま、そういうことにしておきましょう?」
ただの雑談なのか、それとも探られているのか。ただただ笑うおっさんからはちょっと判断がつかない。
……ここに来るのも最後にしようかな。もし探られているなら、これ以上知られるのは面倒だ。
「ねえねえ? それより今晩一緒にお食事いきましょうよぉ?」
……殺気や敵意や害意といったものとは違う種類の、俺が経験したことがない身の危険もちょっと感じるしな。化粧の濃いおっさんから。
訓練を終えて宿に戻ると、宿の前にライラが立っていた。
「――おいちょっと待て! なんで逃げるの!?」
チッ、油断してた。路地裏から角を曲がったらすぐ目の前にいた。こういう遭遇のしかたもあり得るのか。
思わず回れ右して逃げようとしたが、さすがに見つかってしまった。
「あ、いたんだ。気づかなかった」
「それ嘘だろ! 目が合ったよね!? 目が合った上ですぐ逸らしたよね!?」
うん、まあ、その通りだから反論もできないんだけど。
「ごめん。正直あんまり会いたくないなって思ったから」
「ほんとに正直だな! 驚くわ! ……え、待って! ほんとに驚いたんだけど!」
心外とばかりにライラは驚いている。割と妥当な判断だと思うが。
「じゃあこれで失礼しまーす」
「いや待ちなさいよ! 行かせるわけないでしょこの流れで! ……ちょっとごまかしきれない衝撃を受けた直後で動揺が収まらないんだけど、とにかくちょっと待って!」
本当に本気で驚いたみたいだ。
ライラは胸を押さえて「とにかく待て、ちょっと待て」と繰り返す。
正直それも嫌なんだけど、このまま放置して行くと、確実に部屋まで追いかけてくるだろう。
「またなんか用事?」
黙って待つのも嫌なので、呼び水をしてさっさと要件を聞き出してお引き取り願おう。
「……なんか納得いかないけど、まあいいわ」
釈然としていない感は顔と態度にありありと出ているが、ライラは本題に入った。
「ホルンお姉さまが帰ってきたって伝えに来たんだけど」
ああ、そうか。ようやく帰ってきたのか。
「今どこにいる?」
「冒険者ギルドで飲んでるね」
そうか。
まだ夕方前だし、ギルド内に人は多いだろう。
更に言うと、夕方から夜にかけて、これからどんどん仕事に出ていた冒険者たちが帰ってきて人が増えるはず。
どうせホルンは仲間と一緒にいるんだろうし、俺と話す時間なんて今はどこにも差し込めないだろう。
となると、後日がいいかな。大して急ぐ理由もない。
「ライラ、頼みがあるんだけど」
「会いたくなかったあたしに?」
「うん。会いたくなかったライラに」
「……精神強いね、メガネ」
「たまに言われる。それより頼みたいんだけど」
明日の昼、ホルンをこの宿に連れてきてほしい。
そう言うと「えーでもメガネってあたしと会いたくないんでしょぉ~? それなのに頼み事なんてされてもなぁ~」とぐずぐず言い出したライラを置いて、俺はさっさと宿に引っ込んだ。
「言っとくけどあたしの方がメガネより年上なんだからな!」
なんて、意味があるのかないのかわからない捨て台詞を背中に浴びながら。
そして、翌日。
午前中を適当に過ごし、昼には宿に詰め。
――ついに、姉と二年ぶりの再会を果たした。
「ん?」
明るい茶色の髪に、こげ茶色の瞳。
黒に近い髪と琥珀のような瞳の俺とは、配色が逆である。
二年前は俺と同じように短かった髪は、あの時より長くなっていた。
でも俺と同じで相変わらず髪には無頓着みたいだ。無造作に伸びたまま左右に跳ねまくっている。
うーん。
狭い村を飛び出してはどこにでも平気で行き、拾い食いして腹壊しているあの頃から、俺の姉のイメージは止まったままだが。
二年ぶりに会った姉は、やはり二年分は大人びていた。
使い込んだ革鎧をまとい、腰に剣を佩いている。どこからどう見てもいっぱしの冒険者だ。なんなら結構腕が立つ雰囲気もある。
部屋にやってきたホルンは、俺をジロジロ見て、腕を組んで首を傾げた。
「……あれ、誰だっけ? こいつ見たことある」
だろうよ。
あんたの弟だからな。
俺は一目で気づいたけど、ホルンは気づいてないようだ。
まあ、姉は細かいことから普通のことまでは気にしない、大きなことしか気にしない大物の器だからな。
見た目は大人になったと思うが、中身はあんまり変わってなさそうだ。