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17.メガネ君、ジョセフの店へ行く





 王都に戻ってきたのは、夕方には少し早いという時刻だった。


 二人で持って帰ってきた赤熊の毛皮や肉は、冒険者ギルドが大型獣の解体・換金に使っているという倉庫へ運び込んだ。

 ギルドよりは人が少ないので、俺も中に入って荷下ろしだけして去ることにする。


 換金するにも時間が掛かるので、あとでライラが俺の泊まっている宿に持ってくる手はずとなっている。


 曰く、「役に立たなかったらこれくらいはさせろ」と。

 冒険者として一方的な借りは作りたくないそうだ。正直願ったりなので任せた。


 ライラと倉庫で別れ、それから狩猟ギルドに顔を出した。「大物を狩った時はできれば報告してほしい」とのことなので、報告しておく。


「なるほど。赤熊を狩る実力はあると」


 相変わらず閑散とした小さな狩猟ギルトで、やる気のなさそうな受付嬢がやる気のなさそうにそう言うが、


「俺じゃなくて連れの冒険者ががんばったんだよ。俺は囮役だったよ」


 俺は即座にそう返した。ライラががんばったのは本当だし、俺が囮役をやったのも嘘ではない。


 ライラにも「聞かれたらそういうことにしておけ」と、口裏を合わせるよう言ってある。

 冒険者じゃないんだ。

 名が売れていいことなんて、俺にはない。


 それに――


「報告ありがとう。それ、生態分布の情報として買い取りになるから。小銭程度の報酬だけどね」


 本当に小銭程度の報酬を受け取り、狩猟ギルドを後にする。


 ――それに、あの受付嬢は、やっぱり只者じゃないみたいだし。


 意識して見てみれば、彼女の頭上には「3」という字が出ていた。


 だらしなく気を抜き頬杖をついてやる気のない目をしていて、およそ警戒も何もしていないのに。

 それなのに、俺が勝てる相手では絶対にないと「メガネ」が示している。

 そう、数字だけ見れば、彼女はロロベル以上に強いってことになる。


 薄々「隙だらけだけど何かが違う」とは思っていたが、彼女はいったい……いや、まあいいか。

 彼女が何者であれ、俺はその辺の事情に触れる気はないから。


 ただ、彼女には、あまり俺のことを知られたくない。「使える」と判断されたらいろんなことをさせられそうな気がするから。


 できれば深く知り合うことなく、アルバト村に帰りたいものだ。


 ……そう考えた瞬間から、嫌な予感はしてるんだけど。予感が当たらないことを祈ろう。





 赤熊狩猟の翌日。

 俺は狩りには出ず、午前中は王都観光をした。まだまだ見てない場所があるのだ。


 結構まとまったお金が入ったせいもあるが、何より、これ以上「メガネの狩人」が有名になるのを避けるためだ。

 これまでも目立つ気はさらさらなかったが、より目立つ行動は慎んでおこうと思い、狩場へ出ないことにした。


 城からの注文で、「メガネ」を二十個用意するまで、王都から離れることできない。

 それにまだ帰ってこない姉・ホルンのこともある。


 どうせ離れられない以上、悪目立ちするわけにはいかない。


「――あらメガネ君。また来たのぉ? ジョセフィーうーれーしぃーいー☆」


 弓及び飛び道具の専門店である「ジョセフの店」には、相変わらず客がいない。

 化粧の濃いおっさん・ジョセフが、つまらなそうに木を削り矢を作っているだけだ。


 まあ、俺が顔を出して、ものすごく嬉しそうな顔にはなったが。


「練習場借りたいんだけど」


 目立たずできることなんて限られている。

 その中で、俺は観光と弓の訓練をすることに決めた。


「いいわよぉどんどん撃ってぇ。ついでにワタシのハートも撃ち抜いていいのよぉ。あ、実はもう撃たれてはいるんだけどねぇ? なんてねっ☆」


 筋肉ムキムキの中年男性ジョセフ――初対面で「ジョセフィーヌと呼・ん・で☆」とあだ名で呼ぶことを強要してきた化粧の濃いおっさんは、俺と話す時は基本くねくねしている。


 ほんと都会っていろんな人いるよね。


 どう対応していいかわからないから、気にしないことにしてるけど。気にしたら二度と来れない気もするし。


 ただ、ジョセフはアレだが、化粧が濃いが、扱っている商品は上質である。


 特に、この店一番の弓を特別に見せてもらったが、あれはすごい。

 まだまだ弓の種類に関しては知らないことも多い俺だが、それでも一目で只事じゃないとわかった。


 白木とは違う材質の、真っ白な美しい弓だ。

 なんでも、竜骨で作った弓で、特殊な魔法効果があるとか。


 値段にすると、俺が一生で稼げるかどうかってくらい高いらしい。詳しくは教えてくれなかったが、もしかしたら俺の想像以上に高かったりするかもしれない。


「ほんっと、あのむさ苦しいベクトの弟子とは思えないくらいキャーワイイわぁ☆ 食べちゃいたいわぁ☆」


 なお、双方弓を扱うという関係から、ジョセフは師匠と知り合いだった。あまり仲はよくなさそうだが。


 ただ、化粧の濃いこれで、弓に対する腕と知識は確かなんだろう。

 俺は師匠のことを話したわけではない。ジョセフが弓を見て師匠の作ったものだと見抜いたのだ。


 俺にはわからないが、弓には作り手の癖みたいなものが出るそうだ。

 もっといろんな弓に触れてみれば、わかるようになるのかもしれない。


 ――なお、こんなにくねくねしているのに、ジョセフの数字は「41」である。


 このおっさんもかなり強いということだ。

 平素の場合、俺は「不意打ちを仕掛けて」というアドバンテージありきの数字となるから、むしろ90台じゃないと不意打ち自体が成功しないと思う。

 そして不意打ちが失敗したら確実に負けると思う。


 その辺の一般人は、90台がほとんどだから、そういう判断で間違ってはいないと思う。


 「あん、お金はいいのよぉ! ほんとにいいのよぉ! ちょっと一緒にお食事に行くだけで料金なんて全然いいしむしろお小遣いあげるわよぉ! もう成人したのよね? お酒の飲めるところ連れてってあげるわよぉ!」という化粧の濃いジョセフに断固として借りを作らないよう料金を支払い、裏手にある練習場へ行く。


 なぜかジョセフも付いてくる。

 いつも通りだ。

 店に戻ってほしい。化粧直しをしないでほしい。


 道の細長いスペースに、彼方には的のカカシが立っている。

 中距離まではここで練習ができる。


 木の矢は思い通りに飛ぶようになったので、今日から鉄の矢で練習だ。


 木製よりは単純に重量があるので、軌道がすぐに下がるのだ。遠目を狙うなら、少し上を狙って射る必要がある。この辺は身体で覚えるしかない。


 動物ならともかく、魔物は鉄の矢からじゃないと、まともにダメージが通らない。

 狩人としては、中距離程度は確実に当てられるようになりたい。


「最近の若い子は、弓は使わないのよねぇ。おかげでお店は寂しいものよぉ」


 店が寂しいのは弓を使う使わないより前に、化粧が濃いという問題があるからな気もするが。


 傍でぼやくジョセフは気にせず訓練を続ける。いつも通りに。






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