14.メガネ君、森の奥へ導かれる
話が決まり、ライラがベッドから立ち上がる――と同時に、俺は一つだけ気になっていたことを問う。
「俺は冒険者ギルドに行かなくていいよね? 依頼受けるのとかやってくれる?」
俺はあそこにはもう行きたくない。絡まれるし。見られるし。
話を受けた以上は、ダメなら行かなきゃいけないわけだけど、できる限り遠慮したい。その辺が気になる。
「え? ……ああ」
ライラは少し考えて、少し首を傾げた。
「一応、依頼を受注する時は、参加メンバーを書かなきゃいけない決まりがあるのよ。冒険者ギルドに登録している人なら、名前か番号を書くんだけどね」
なるほど。冒険先で事故だので被害が出た時の対処のためか。
最悪のケースとして、誰も帰ってこなかった場合とか、それが足跡になるから。明らかに出先に脅威が潜んでいる、と知らせる意味も出てくる。もしくは救助を出したりもするのかな。
どんな理由であれ損はないやり方だ。さすが都会。うまいことやってるなぁ。
「メガネの場合はどうなんだろう。冒険者ギルドと狩猟ギルドで関連性とかあるのかな」
ああ、そう。聞いといてよかった。
「じゃあ俺の名前は書かないでおいてよ」
あんまり名前が売れるのもよくなさそうだ。
狩りの戦果も噂になっているみたいだし、部屋まで押しかけてきて冒険に誘われるとか、もうライラだけでお腹いっぱいだ。
「俺が勝手に付いていくって形なら、別に問題ないだろ。同行者はいるけど冒険者じゃないからって言えばいいよ」
「うーん……まあ、実際そうだからねぇ」
うん。実際そうだしね。
「ところでメガネ」
ん?
「あんたの名前なんだっけ?」
「メガネでいいよ」
そういえば名乗ってないな、と思いながらも、俺は適当に答えていた。広まると面倒事が飛んできそうだから、極力名乗らないようにしとこっと。
出発は翌日の朝早く。
まだ空が暗い内に、冒険者ギルドの前で落ち合おう。
そう約束して、午後は狩りには出ず、赤熊に対処するための準備を整えた。
軽い木の矢ではなく、鉄の矢を持っていくことにする。
これなら赤熊の分厚い毛皮を貫ける。……まあ、新しい弓はまだ練習不足なので、近距離でしかピンポイントで狙えないとは思うが。
薬草や薬品を少々買い足して、赤熊を解体した後に詰める袋も用意した。
早々に準備を終えて、明日に備えて早めに寝て。
翌日、約束の時間にライラと合流した。
まだ空も暗いので、さすがに冒険者ギルドへの出入りは非常に少ない。俺にとってはいい時間だ。
「受注してきた。行こっか」
要所要所を堅い革で補強したスカート型のワンピースに、ショートソードを吊っていた。これが彼女の武装した姿なのだろう。
こうして、俺たちは南の森へ向かう。
で、だ。
確認しておきたいことがいくつかある。
「剣使えるの?」
「バカにしないでよ。こう見えても基本だけは…………ごめん。やっぱあんま自信ない」
だろうね。なんというか、不慣れで重そうだもんね。
「魔術師なんだよね? 俺、魔法って見たことないんだけど、どんなことができるの?」
剣がお飾りレベルだということは聞き出したので、本題だ。
腰の得物が使えない以上、ライラの攻撃手段は魔法ということになる。果たしてどんなことができるのか、どのくらいの戦力と考えればいいのか、聞いておきたい。
「あたし、まだ二つしか使えないんだけど」
そう前置きして、ライラは言った。
まず、「火炎球」。
火の玉を発射して、当たったら爆発するという代物だ。俺も名前くらいは知っている有名なものだ。見たことはないけど。
次に、風空斬。
風の刃を発生させて飛ばすという魔法で、簡単に言えば「見えない刃を飛ばして斬る」というものらしい。こっちもうっすら聞いたことがある。見たことはない。
「たぶん戦う場所は森になるから、火は危ないね」
「あー……そうね。火事とか怖いしね」
となると、「風空斬」がメインの武器になる、と。
「その『風空斬』ってどれくらい斬れる? 赤熊の首とか飛ばせる?」
「試したことないからわからないけど、――ああ、あのくらいの木なら切断できるわ」
と、道中に見つけた木を指差す。
……ほっそいなぁ。
首どころか四肢を落とすのも無理そうだなぁ。
なんか得意げな顔してるから、「へーすごいね」とは言っておいたが。なぜかムッとしてたけど。
魔物とは得てして巨体が多く、これから狩る赤熊も例外ではない。
大きいものなら、立ち上がれば俺の倍くらいはあるだろう。もちろん横幅も大きいし、その巨体を維持する筋肉や骨も滅法堅い。
毛皮もかなり分厚く、下手な剣では傷もつけられない。
ちなみに、俺も昨日狩猟ギルドで調べてみたが。
赤熊は、冒険者からしたら無星から一ツ星に上がる昇段試験になることが多い魔物であるらしい。
都会では、それくらいの強さだと認識されているようだ。
「言っとくけどね! すごい人は大木だろうが岩だろうが真っ二つにできるんだからね!」
「へーそりゃすごい」と言ったら尻を蹴られた。女心って難しい。
朝陽が昇り、すっかり夜が晴れた頃、俺たちは南の森に到着した。
ここは俺が狩場にしていた場所でもあるので、知らない場所ではない。
ただ、赤熊がいる場所は、行ったことがないくらい深い場所だとは思うが。
道すがら聞いた話では、ライラは何度もこの森に来ているし、赤熊の目撃情報からどの辺にいそうか、というのも予想をつけていた。
「こっち」
ライラの先導に添って森を歩く。
道はないが、きっと冒険者が何度もここを通ったのだろうという獣道のようなものができており、ライラは躊躇なくそれを追っている。
新旧バラバラないくつかの焚火のあとを素通りし、俺にはまだ未調査である森の奥へと進む。
……ふうん。やっぱりいい森だな。
緑の濃い匂い、花の匂い、熟れて落ちたのだろう果実の匂い、そして獣の匂い。
ここには生命が満ちている。
「――この辺らしいんだけど」
森に入ってしばらく歩き、ライラが目指していた場所にたどり着いたようだ。古い焚火のあとがある。
いくつか素通りしてきたが、もしかしたらこういう焚火のあとが、冒険者たちの目印になっているのかもしれない。
地図なんかに書いとくと、情報の共有とかしやすくなるんだろう。
さて、ここを拠点に赤熊を探すことになるが、その前にだ。
「一応確認するけど、『臭気袋』は持ってきたよね?」
「もちろん。さすがにないと二人では来れないわよ」
よかった。基本は踏まえてきてたか。
赤熊は強い。
無星から一ツ星に上がる昇段試験に選ばれるくらいには強く、新人冒険者では歯が立たないだろう。というか戦いにもならないと思う。
ただ、一番大事な要素として、赤熊は鼻が非常にいいというのが上げられる。
だから「熊除け草」という赤熊が嫌がる臭いを発する薬草の煎じ粉が売っていて、だいたいこれを投げつければ相手は逃げるのだ。
基本的には小袋に詰め、口を広げて投げつけることになる。
自分の身体に擦り付けても効果があるが、単純に臭いのでおすすめはできない。
俺なんかは、臭いに敏感な動物を追う時は上着に塗ったりして人間の臭いを消す、みたいな使い方を師匠に習ったけど。
でも率先してやりたくはない。臭いから。
「臭気袋」はもしもの時の備えで、これが非常に有効だから、ライラも訓練の相手として赤熊を選んだのだろう。
「じゃあ探そうか」
緊急事態に対応する手を持っていることを確認し、俺たちは手分けして赤熊の痕跡を探し始めた。