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09.メガネ君、姉の詳細を聞く





「今更だけど、二人は知り合いか?」


 ロロベルと少女は、あまり互いを気にしていない。同じ冒険者ではあるとは思うが、親しいかどうかは別問題だ。


「本当に今更じゃない」


「うん。全然興味なかったからね」


「持てよ! 興味! あ、だから平気で人から逃げるのか!」


 まったくもってその通りなので、何も言うことはない。


 それに今聞いたのも、ロロベルと少女にとっては、お互いにとって部外者となる相手同士が同席している状態だからだ。

 関係ない人がいるのに個人的な話をして、気にしてないのか気になっただけだ。


「一緒に仕事をしたことはないが、お互い顔と名前くらいは知っているかな。特に彼女は有名だしな」


 一人憤慨している少女に代わり、ロロベルが言った。


「彼女の名前はライラ。少し前に、君と同じように選定の儀式を経て王都へやってきた」


 へえ。つまり――


「『魔術師の素養』があるのか?」


「そうだ。だから冒険者チームでは彼女の取り合いがあった。それで有名になった」


 あ、そうか。だから弱そうなのか。


 言わば、魔法が使える新入り冒険者ってことだな。

 「素養」がはっきりする前は、特に鍛えることもなく村人として過ごしてきたのだろう。


 そりゃ急に魔術師になったところで、技術も経験も追いついていないのだから、弱いはずだ。


「魔術師は貴重だ。魔術師が一人いるだけで、チームの有り方はずいぶん変わるからな。彼女も引く手数多だったよ」


 まあ、田舎者でも城に仕えられるチャンスが巡るんだから、それくらい貴重ではあるのだろう。


「で、あたしはホルンお姉さまがいる『夜明けの黒鳥』を選んだわけ」


 ふうん。


「すごいんだね」


「……こんなに感情のこもってない賞賛の言葉は初めてだわ」


 それは仕方ないだろう。彼女――ライラが魔術師であっても誰であっても、俺には関係ないんだから。


「はい、今度はメガネの番」


 ん?


「俺? 何を言えばいいの?」


「ホルンお姉さまに用があるんでしょ? なんの用なの?」


 ライラは、嘘は見逃さないとばかりに鋭い視線を向けてくる。


 身内であることは、言いたくないなぁ。

 ホルンがやらかしてたら、「弟も同罪」とか「弟なら姉の面倒見ろ」とか言われそうだしなぁ。


「一言で言えば、知り合いだよ」


「二言で言えば?」


「同じ村の、知り合いだよ」


「具体的に言えば?」


「え? 具体的? うーん……彼女の家族に様子を見てこいって頼まれた、同じ村の知り合いだよ」


 嘘は言っていない。俺も家族だと言っていないだけだ。

 なんにせよ、これ以上言えることはない。関係ない奴に話せるのはこれくらいだ。


 ホルンと知り合い、敵じゃない、ってことが伝われば、ライラも引くだろう。


「……なんか胡散臭いんだよなぁ、このメガネ」


「そうかな。こんなに素直な人、そういないと思うけど」


「自分で言うな」


 この場に知り合いがいないんだから、自己弁護くらいしてもいいだろう。……素直だと思うけどなぁ。興味ないことは興味ないって傍から見てもすぐわかるって評判だし。


「ねえ、本当に知り合いなんだよね?」


「うん」


 知り合いどころか血族だし。


「そっか……一応聞くけど、その様子だと、ホルンお姉さまの現状は知らないんだよね?」


「まったく。村を出て二年、一度も帰ってきてないよ」


 俺がそう答えたら、ライラの雰囲気が変わった。


 浮ついた空気が消え、少し思いつめた深刻な表情を見せた後――何かを決めたように瞳の焦点が定まる。


「ホルンお姉さまを探すなら、そのうちどこかで耳に入ると思う。だから今あたしから言うね」


 一瞬、「あ、聞きたくない」と思った。

 この改まりようからして、やはり姉は、なにかやらかしているようだ。


 ……まあ、聞くだけ聞いとくか。危険な案件になったらさっさと逃げよう。





「ホルンお姉さま、多額の借金があるの」


 あ、やっぱり聞きたくない類の話だった。


「何やったの? お偉いさんでも殴ったの? それとも誰かの剣を投げ捨てたの? 高い物ばっか食べ歩いたとか? あ、わかった。何かを壊した弁償代でしょ? それで詐欺にあったんだ? そういうの都会では多いんでしょ?」


「な、なんだよ。急に口数多くなって」


 そりゃそうだろう。興味のある話だし。下手をすれば両親や村や俺にまでのしかかってくる話じゃないか。


「すごく簡単に言うと、『夜明けの黒鳥』に仕事を依頼したんだよ。その時のお金が全部借金。で、『黒鳥』に所属したのも借金返済のため」


 ……依頼のお金か。無駄遣いでも損害賠償でもないと。


「なんの依頼? 経緯は?」


「ある村が魔物に襲われてね。でも貧乏だから、報酬で出せる金額がすごく安かったの。結果動いてくれる冒険者がいなかった。

 国は手続きだなんだですぐには動けない。どうしてもその場ですぐに来てくれる強い誰かが必要だった。


 で、たまたまそこにいたホルンお姉さまが口を出したの」


 …………


「金なら自分が全額立て替えるから誰か早く行け、って言ってね。それが依頼として受理された」


 ……ああ、なるほど。


「それで、有名な冒険者チームである『夜明けの黒鳥』が動いたと」


「うん。王都で一、二を争う冒険者チームが迅速に動いてくれた。おかげで村の損害は最小限で収まった。家畜が死んだけど、死人は出なかったから。間違いなく最小限の被害だったと思う」


 そうか。それで借金か。

 やっぱり俺の姉は、器がデカいな。





「なるほどな」


 ライラの隣にいるロロベルも、なぜか納得していた。


「私もホルンの噂は聞いたことがあったが、詳しい経緯を聞いたのは初めてだ」


 どうやら彼女も、ホルンがチームに借金していることは知っていたようだ。


「だが聞いた話によると、仕事の後で『黒鳥』は、報酬はいらないと宣言したと聞いたが」


 ふうん。そうか。


 「黒鳥」のリーダーの本心はわからないが、その流れで十五になったばかりの小娘から大金を貰うというのは、冒険者全体のメンツに関わると思う。


 まあ、受け入れたら絶対に評判は落ちるだろうね。

 人情だのなんだのが前面に出た仕事は、得を取ると損をするからね。


 でも、報酬はいらないと言われたあとのホルンの言動は、容易に想像できるけどな。


「『一度決めたことは死んでも守る』とか言って断ったんじゃないの?」


 ホルンはそういう奴だった。


「あ、ほんとに知り合いなんだ。そうそう、そう言って突っぱねたらしいよ」


 更に読めるぞ。


「同じ理由で、助かった村からのお金も断ったんだろ?」


「え、そんなことまでわかるの!? さ、さすが同郷……」


 それで、多額の借金か。

 ホルンのことだから、借金返済が完了するまでは、村に帰らないと決めたんだろう。


 そして二年、か。


 ……ははっ。バカだな。俺の姉は。 


 バカでどうしようもないほどアレだが、やっぱり自慢の姉だ。






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