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00.アルバト村の選定の儀式





 選定の日。

 それは、大人になる儀式の日。


 この世には「素養」というものがある。


 人は必ず、何かの「素養」を持って生まれる。

 才能、と言い換えると、わかりやすいかもしれない。


 剣だの槍だのなんだのと、この世界には数えきれないほどたくさんの「素養」があるが、今日はそれを確認する日である。


 一番の当たりは、「魔術関係の素養」だ。

 剣だの槍だのは「素養」がなくても鍛えられる。

 たとえ才能がなくても努力で培い、育てることができる部分が大きいから。


 だが、「魔術」だけはどうにもならない。

 はっきり言えば、「魔術の素養」がないと魔法は使えないから。


 「魔術の素養」を持つ人……魔術師は非常に少ないので、高給優遇の職にありつける。


 俺は、この選定の日の側面は、「魔術の素養」を持つ子供を探すためのものだと思っている。


 もしくは「唯一種」という、「魔術の素養」以上に珍しい「素養」だとかだ。


 「勇者」だの「英雄」だのいた気がするけど、まあ、こんな田舎には関係ない話だ。


「一列に並ぶように」


 並ぶほどいないけどね。

 都会から来た兵士は真面目である。





 アルバト村の今年の「選定の日」は、俺と、友達のナーバルと、一歳年上のシェロンの三人だけだ。


 十五歳の子供は、この「選定の日」を迎えて、初めて大人と見なされる。


 ただ、うちの村の場合、子供が少ない。

 なので「選定」しに来る場合は、年に三人以上儀式を受ける子供がいる場合に限られる。それ以外は自分から都会に出向くか、三人以上になる年まで機会を待つしかないのだ。シャロンはそれで一年先延ばしになった。


 一応、国の義務なので、この国の生まれの大人は、誰もがこの「選定」を受けているはずだ。


 村の広場にやってきた二人の兵士を中心に、村長が隣に立ち。

 成人祝いと銘打った宴に出る酒狙いの大人と、料理狙いの小さな子供たちが、今から成人する俺たちを見守っている。


 ――目立つのはあんまり好きじゃないし、早く済ませてもらいたいもんだ。


 性分もあるとは思うけど、他者から俺に向けられる視線が気になるのだ。それもこんな大多数となると……


 まあ、こんなにも注目を集めるのは、俺の人生では最初で最後だろう。

 早いところ儀式を済ませて、飯食って寝て、また明日から始まるひっそり目立たない生活に戻りたい。


「おい、エイル」


 村長が長々と、大人になる意義だの大人になる意味だのをしゃべっている途中、横にいるナーバルが囁きかけてくる。


「俺はホルンよりいい『素養』引くからな」


 ホルン。

 姉か。


「がんばって」


 としか言いようがないので、そう言っておく。がんばればどうにかなる話とも思えないけど。


「ホルンちゃん、今どうしてるの?」


 シェロンまで口を出してきた。退屈しているのは俺だけじゃなかったらしい。そうだよね。うちの村長の話は無駄に長いしね。こういう演説に掛ける想いが空回りしてるからね。


「さあ? 王都でてきとーにやってると思うよ」


 俺の姉・ホルンは、二年前の選定の儀式で「闇狩りの戦士」という、珍しい「素養」を引いた。


 生まれついて聖なる祝福を受けていて、邪悪なものに抵抗力を持っている戦士……に、向いているらしい。

 あくまでも「素養」は才能の話だからね。それになるかどうかは、その人次第だ。


 村では初めて聞くような、珍しい「素養」だった。

 そんな珍しい「素質」を持つ子供は、選定に立ち会う兵士たちに連れられ、王都へ向かうことになる。

 城のお偉いさんに直々に挨拶して、……まあ、使い物になりそうなら、城で雇われるって感じになるらしいね。


 二年前に王都へ行ってから、ホルンは帰ってきていない。

 時々届く手紙では、城勤めはせず、冒険者という日雇いの何でも屋になっているみたいだ。


 姉は俺と正反対で、活動的で、目立って、元気で。元気すぎて。元気すぎて迷惑ってくらい元気で。

 そんなホルンを見ていた大人たちはみんな、「ホルンはこんな小さな村では納まらないだろう」と噂していた。


 俺もそう思っていた。

 姉は、たぶん、この国でさえ狭いと感じられるほどの、大物の器だと思う。城勤めなんてものには向かないだろうとわかっていた。


「アルバト村のシェロン! 前へ!」


「あ、はい!」


 いつの間にか村長の話は終わっていて、いよいよ選定が始まった。


 まずアルバト村のシェロンが呼ばれ、前に出る。


「手を」


 兵士が抱えているのは、研磨されていない水晶の塊である。大人の頭くらい大きい。


 選定の石だ。


 あれに手を置くことで、水晶の奥に、素養の文字が浮かび上がるのだ。


 この光景を見るのは、何度目だろう。


 俺と一緒に遊んでいた子供たちが、こうして大人になっていく様を見てきた。

 そんな俺にも、いよいよ大人になる順番が回ってきた。


 ナーバルは、姉と同じくらい珍しい「素養」を引き当てることに、大いに期待しているみたいだ。

 こんな小さくて退屈な村から出たいと、常々言っていたから。


 俺はどうでもいいかな。


 何が出ても、俺は狩人として生きると思う。

 もう大人に負けないくらいの仕事をしているし、獲物の肉もうまい。一人でひっそり細々とやっていける仕事ってのもいい。


 いずれ歳を取り狩人を引退するだろう師匠の代わりに、俺がこの村の狩人になるつもりだ。


 姉は望む望まないに関わらずすごい人になると思うが、弟はこのくらいの村で人目を浴びずに暮らすのが望みだ。


 せいぜい狩人に役立つ「素養」が見つかればいいな。





 シェロンは「看護の素養」が見つかった。

 ナーバルは「木こりの素養」が見つかった。


「順当というか……」


「全然面白みがない……」


 シェロンのお母さんは薬師で、ナーバルのお父さんは木こりである。「親の素養」を継いでいると思えば順当だし、順当すぎて面白みがないのもわかる。


 でも「素養」なんてそんなもんだ。


 どうせ俺だって、父の「そこそこの料理人」とか母の「怪力農民」とかを受け継ぎ、面白くもなんともない「素養」を引くんだと思う。姉は、アレだ、突然変異だ。


「アルバト村のエイル! 前へ!」


 がっかり二人を横目に、最後に俺の番である。


 この日のために、師匠が立派な黒山羊を仕留めたんだ。あれは絶対にうまい。今日の楽しみはアレだけだ。


 面倒な儀式なんてとっとと済ませてしまおう。





「――メ、ガ、ネ……? メガネ、か……?」


 目を凝らして覗き込む兵士二人と、村長。


 原石のままである水晶は、でこぼこで形がいびつなおかげで、見通しが悪い。


 だが、そんな石の奥底に浮かび上がった文字は、確かに、俺の目にも、そのように読めた。


 メ、ガ、ネ。


 眼鏡、と。





 ……「素養」が「メガネ」ってなんなんだよ。






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