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98.氣拳・雷音





 話が長引いてしまったが、ひとまず英霊のことは置いておくとして。

 予定通り修行を始めることにした。


 長くなってしまった話も、決して無駄ではない。

 リノキスに私の内情が知られたことで、かなりやりやすくなった。これで彼女に遠慮する必要はなくなったと言えるだろう。


 本格的な「氣」を使った技の修行に入る前に英霊の話ができたことは、非常に僥倖である。


 私が何者なのか?

 そんな基本的な疑問は、もう二年以上もわからないままである。


 それで特に問題が起こったこともないので、今更焦る理由はない。なんならわからないままでも構わないとさえ思う。


 暇があって興味が向けば、その時は調べればいいのだ。

 英霊憑きという現象があり、それに当たるとわかったことで、己に対する疑問は半分以上が解決した。


 今となっては、自分の正体など、知らなくても別にいい程度のことである。

 そんな過ぎ去った昔のことより、今が大事だ。


 今、ニア・リストンとして、優先してやるべきことをやるだけである。


「何度でも見せてあげたいけど、この身体ではまだ連発はできないから。だから見逃さないで」


 私の技は、ほぼどれもが必殺の威力がある。

 ゆえに、この未熟極まりない子供の身体では、技の反動に耐えられない。


 だからこそ、この技くらいがちょうどいい。


 リノキスに教える技は、「氣」を扱うなら基本中の基本の技である。

 と同時に、彼女にはきっと相性がいい技である。


「原型はもう、リノキスの中にあるはずよ」


 入学前の身体測定の時に立ち会ったガンドルフと、闇闘技場で剣鬼と戦った時に見せた、あの高速の胴一閃だ。


 速度に特化した、先の先を制する、先制の一撃。


「天破流では奥義らしいけど、これこそが初心者向きの技――氣拳・雷音」


 右手に拳を作り、無造作に前に突き出す。


「まばたきを我慢しなさい。一瞬だから」


 そう、一瞬だ。

 体内の「氣」を全身に込め、大きく踏み込み、突き出した拳のままそれをぶつける。


  ドォォォン!!


 天を射抜く雷のような音が鳴り響く。

 拳から発生した突き抜けるような衝撃が、小さな湖を走り抜け――二つに割った。


 ――うむ。


「弱い」


 考えていた通りの結果に納得し一つ頷く。

 音に驚き飛び立つ鳥たちの下で、割れた湖の水が元に戻っていった。





 音だけはこれ見よがしに派手なのに、この脆弱な威力と言ったら……これでは中級魔獣くらいまでしか通用しないだろう。


 しかしまあ、及第点かな。

 今生(・・)では初めて技を繰り出した――初歩の「雷音」でこの程度なら、身体の負担はあまりない。

 このくらいなら、もう一つ二つ上の技も使えそうだ。


 だが、それ以上は危ないかな。

 放った瞬間、全身の骨がくだけて筋や腱がこまやかにぶち切れそうだ。 


「見てた?」


「は、……はい。お嬢様、今の、すごいですね……」


 別にすごくないのだが。

 まあ、見た目だけはこれ見よがしなので、驚くのはわかるが。


「理屈はあなたの先制の一撃と一緒。ただし、『内氣』の割り振りが違うの」


「えっと……これは『外氣』なんですか?」


「いいえ、『内氣』の範疇よ。そもそも『外氣』はまだ教えていないし、できないでしょ」


 ――「氣」は八つの要素で成り立っているが、大きな分類は二つである。


 体内にある「内氣」と、身体の外に放出する「外氣」。


「内氣」こそ「氣」の基本にして神髄である。

「外氣」こそ「氣」の応用であり極意である。


 まず「内氣」を鍛えある程度納めないと、とてもじゃないが「外氣」は扱いきれない。


 ……という話は、リノキスが弟子入りしてすぐに教えたので、今更説明する必要はないだろう。


「でも、湖が割れましたけど……それでも『外氣』ではないんですか? なんか『氣』が飛んでいったとか、そういうことでは?」


 ああ、そこか。


「あれは拳の衝撃波ね」


「衝撃波?」


「でも重要なのはそこじゃなくて、あの音の方なのよ」


「音、というと……あの雷みたいな……?」


「そう。あれは音の速度を越えた時に出るもので、あの音を出す超速の体移動こそが『雷音』なの。衝撃波はそのおまけ程度のものよ。

 どう? リノキス好みなんじゃない?」


 ガンドルフ戦も、剣鬼戦も、リノキスは先手必勝で仕掛けていた。

 有無を言わさぬ速攻で勝負を決しようとしていた。


「雷音」は、まさに彼女が好む先の先を制する技だ。


 魔獣相手では少々心許ないが、相手が人ならこれで充分である。胴体に当てればだいたい死ぬから。即死かそうじゃないかくらいの差で。


「『内氣』の力をすべて速度に回す、ということですか?」


「その辺は個人の感覚的な問題になるから、明言はあえて避けるわ。でも考え方はそれでいいから。

 この技の一番の利点は、成功したら音が鳴ることよ。わかりやすくていいでしょ?」


 そう言う私の声は、しかし届いていなかった。


 すでにリノキスは、「雷音」の練習に入っていたから。


 どうやら気に入ってくれたようだ。

 この分なら、一年待たずして習得してくれるだろう。





 こっちはこれでよし、と。

 これなら放っておいても疲れ果てるまで修行を続けて、疲れ果てたら勝手に帰ってくるだろう。

 

 その間に、私は王様に会いに行こう。


 やるべきことは山積みである。

 とっとと厄介事を片付けて、バカンスとしゃれこみたいところだ。





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