95.このタイミングで王様
「――無理無理無理無理! 王様とか無理! 絶対無理!」
幸か不幸か、レリアレッドは間に合った。
例の紙芝居企画で想定外の仕事が増えたであろうシルヴァー領である。
果たしてレリアレッドは約束通りバカンスに来られるのか、どうなることか、と危ぶまれたのだが。
レリアレッドは間に合った。
そう、間に合ってしまった。
これまた想定外に、アルトワール王国の国王が、国のトップが、先に行ってしまった浮島行き五日間の旅に。
「なんで前もって言わないの!? なんでそんな大事なこと、到着してから言うの!?」
昨日、夕方の内に王都に到着したレリアレッドが合流し、
翌日。
早朝。
全員がご機嫌のまま、誰もが笑顔で。
これから始まる楽しい楽しい五日間の過ごし方を、あれやこれやと相談しながら飛行船を降りたところで。
飛行船に乗り降りするタラップを回収した後に――告げた。
「何が『そういえば』よ!? 絶対このタイミングで言おうって決めてたでしょ!?」
私が告げた。
――「そういえば、ヒルデのお父さんが先に浮島でバカンスしてるんだって。奇遇よね」と。
太陽のように輝かんばかりのはしゃいだ子供の笑顔が、瞬時に、雷雲がごとき重層なる曇り空のそれへと変じる様は、私の良心を問うに充分なものだった。
もちろん心が痛い。
ああ、心はしっかり痛いとも。
気の毒で気の毒で仕方ないとしか思えない。
だが、許せレリア。
こうするしかなかったのだ。
――だって紙芝居の企画盗ったから。これくらいのささやかな復讐はさせてくれ。
「大丈夫よ。王様だって人なんだから、そこまで緊張することないでしょ。王の役職にない休日の今は、ただのおっさんよ」
「なんでよ!? なんでそんなこと言えるの!? むしろなんでニアこそ平気なのよ!? 王様よ!? ていうかヒルデ様への対応でも平然としてたよね!? 王族をなんだと思ってるの!?」
王族をなんだとって、ただの王家に連なる家系の人でしょ。
「ただの王家に生まれた人ってだけでしょ。何も偉くないわよ。王様なんて役職を引いたらただのおっさんよ。ねえヒルデ?」
「すみませんが、その言葉には同意できない立場なので」
あ、そうか。彼女は王族か。
…………若干ヒルデトーラの微笑みが怖いので、これ以上の王家批判めいた発言は気を付けよう。
「ヒルデの話では、子供と拘わるタイプではないそうだから、あまり気にしなくていいんじゃない? とりあえず行きましょうよ」
「――やだぁぁ! やだぁぁぁあああ!!」
嫌がるレリアレッドの手を取り、引きずって小さな港から出ると、眼前にある屋敷へ向かうのだった。
この浮島自体はそう広くはないそうだが、必要なものは全部揃っているらしい。
まず、気候。
浮島は「大地を裂く者ヴィケランダ」が海に根付いた大陸を壊して以来、空に浮かんでいる大地の欠片のことである。
浮島は、急激な周辺環境の変化に適応するべく、生態系が環境に合わせて大きく変化した。
その中で一番大きかった変化は、気候や気温である。
強風に晒され、また太陽に焦がされる空の上では、それらの環境への適応力が強く求められた。
大地に宿る魔力が、それらすべてを緩和するよう働いたため、いきなり過酷な環境になっても、大地やそこに住む生物が死ぬことはなかった。
実はダンジョンが生まれる理由も、そこの大地の欠片を維持するためではないか、という説もあるそうだ。
そして気候や気温、生態系に変化があった浮島は、時に肥沃の地となり、時に危険な魔獣の生息地となり。
時に、人が過ごしやすい地になったりした。
この王族がプライベートで利用する浮島は、夏は涼しく冬は暖かく、常に過ごしやすい気候を保っているそうだ。
水も豊富で、緑も多く、それゆえに食べられる物も多い。
特にアルトワール王国が占有してからはかなり手を入れ、更に過ごしやすく変えられた。病気の療養地などにも使われるのだとか。
つまり最高の休息地というわけだ。
――それに、奴がいたことも、後々を思えば幸運以外の何者でもなかったのだろう。
屋敷の近くにある木の下にデッキチェアとテーブルを置き、バスローブ姿の偉そうな男が本を読んでいるな、と遠目からでもわかったが。
「あれがお父様です」
ヒルデトーラがそう言ったので、なんとなく「ああやっぱり」と腑に落ちた。
まさかいきなり王様に遭遇するとは思わなかった。……というかバスローブって。風呂でも入ってそのままか。王様は本当にバカンスを楽しんでいるようである。
近くに寄り、改めてヒルデトーラが「お父様」と呼びかける。
「――俺はいないものとして扱え。休みまで王をやる気はない」
が、王様は本を読みながらすげなくそう答えた。
「休みじゃなくてもいつもそうでしょう? 親として友達に挨拶くらいしてくれませんか?」
いつも明るく優しいヒルデトーラにしては、かなり棘のある言い方である。やはり身内相手だと違うようだ。
「知るか。話しかけるな」
なるほど。王様はこういう感じの者か。
だが、態度は悪いが好都合でもある。
こっちはこっちで楽しむので、そっちはそっちでやればいいのだ。過干渉よりはよっぽどマシである。
「本人の意向なので、お父様は今後いないものとして扱って結構です。行きましょう」
よし、行こう。
レリアレッドも突然の王様との遭遇にあわあわ言ってるし、さっさと部屋を当てがって落ち着かせた方がいい。
出迎えに出てきてそのまま待っていた屋敷の使用人に荷物を渡し、私たちは屋敷へ――
「――ニア・リストン」
ん?
ふいに名前を呼ばれて振り返ると、……その先には王様がいた。なんだ。私を知っているのか。
本を読んでいる王様は、そのままの体勢で言う。
「おまえはいつになったら
「……はい?」
なんだ急に。なんの話だ。
「おまえからは本気を感じる。
それで? おまえはいつになったら実績を作れるのだ?」
…………
「――やり方がぬるいのではないか? 甘いのではないか? 本気なら、覚悟を決めているなら、確とやり遂げろ。利用できるものはなんでも利用しろ。
終わりとは突然訪れるものだ。
いつまでも金食い虫の事業にチャンスがあると思うな」
……ふむ。なるほどな。
「お父様!」
「俺の用事は済んだ。さっさと行け」
ヒルデトーラがたしなめるも、すでに聞く気どころか話す気もないようだ。
――ヒュレンツ・アルトワール。
アルトワール王国第十四代目国王との出会いは、こんな感じだった。