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72.闇闘技場、開催!





 目当ての場所は、人気のない港の倉庫街の一つ。

 こちらは貴人用の入り口なので警備も行き届いており、チンピラや無宿者がうろついていることもない。


「――こちらへ」


 静まる倉庫街を歩いていると、気配の薄い男が接触し……ガンドルフが出した招待状を確認すると、そのまま先導し始めた。

 なかなか強そうな男である。警備も兼ねているのだろう。


 アンゼルから聞いていた通りの流れなので、これでチェックは済んだはず。このままスムーズに闇闘技場まで案内されるだろう。


 やはりガンドルフが正装しているのが強いのだろう。

 こんなにパッツンパッツンの服を着て、怪しいマスクまで装着している上に子連れという、どう見ても貴人には見えない大男なのに。


 まあ、こんなところに出入りするような貴人だって、まともな奴などいないか。


 実にスムーズに事は進み、私たちは無事、目的の場所に辿り着くことができた。





 とある空き倉庫に通され、そこにある地下への階段を降りる。


 いくつかの門番の前を通り、ドアを開けられそこを通り、そして――


「……すばらしい」


 思わず声に出てしまった。


 ドアを隔てた先にあった闘技場が、目の前に飛び込んできた。


 どこまでも剥き出しの暴力を感じて、頬が緩む。


 だだっ広いこの空間に、人の怨念や無念、闘気が染みついている。

 それを感じて、懐かしいと思ってしまった。


 こういう尋常ではない場所には、理由も因縁もなく、危険なものが寄ってくることがあるのだ。

 今回の剣鬼もそうかもしれないし、もしかしたら私も該当するかもしれない。


 なんにせよ、血は見られそうだ。 


 すり鉢状になっている会場は、中央の最深部にある砂を敷き詰めているだけの戦う場所を臨み、観客は周囲の上から見下ろす形となっている。


 照明は、中央のみ明るく照らされ、客席である周りは暗め。左右に簡単な仕切りがあり個室のような造りになっている。

 この分なら、無理にガンドルフに父親役をやらせなくても、堂々とやり取りできるだろう。


「――いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 やけに露出高めな格好の給仕……ああ、確か、バニーと言うのかな? そういう類の化粧が濃い目でムチムチの女が、空いた個室に通してくれた。


 すり鉢の中腹ほどの個室で、低い椅子とテーブルがあるだけの場所だ。

 身分の高い貴人なら、もっといい席に通されるのかもしれないが、ここで充分観られるので問題ない。


「ワインでよろしいですか?」


「……」


 ガンドルフは無言で頷く。口調が怪しいこともあり、彼には極力しゃべらないように言ってある。


「お嬢様はジュースでよろしいですか?」


 お、胴着姿の子供にもきちんと対応してくれるのか。やはり酒は出さないようだが。


「はい」とだけ答えると、バニーはすぐにワインの瓶とジュースを持ってきて、テーブルに置いて去っていった。忙しそうである。


「出たことある?」


「いいえ。誘われたことはありますが、……俺は路地裏で戦って小銭を稼ぐくらいしかやったことはありません」


 なるほど、ストリートファイトか。


「そこらのチンピラなんて相手にならないでしょ?」


「若い頃の話ですから」


 ぼそぼそとそんな話をしている間も、続々とやってくる貴人たちが個室を埋めていく。


 全員、簡単ながら顔を隠している辺りに、本物の身分ある権力者って臭いが漂っている。ピチピチのガンドルフとは大違いだ。


 あと、なんだ。

 女連れやら男連れの多いこと多いこと。顔を隠していない者は、恋人か愛人かってことなのだろう。


 血を見たら興奮する人もいるので、まあわからなくはないが。

 しかしまあ、誰もが言うように、子供には早い場所であることは私も認めるところである。


 ――だが、ジュースは濃かったが。

 アンゼルの店のよりいい果物を使っているようだ。





 待つことしばし。

 私はチビチビやらせてもらったが、ガンドルフはワインをグラスに注ぐことさえせず、その時を迎えた。


「――皆さん、ようこそ!」


 どこからともなく響く男の大きな声に、ざわついていた闇闘技場が静まり返った。


「――今宵も血が飛び肉が裂け命が散る、激闘の時間がやってきました! どうぞごゆるりとお楽しみください!」


 わぁぁぁぁっと歓声が上がったのは、すり鉢の下の方にある客席である。上の貴人席は落ち着いたものだが、下の盛り上がりはなかなかのものだ。


「――では早速始めましょう! まずはこいつら!」


 すり鉢の一番下にある向かい合った鉄格子が二つとも上がり、闇の中から男が現れる。


「――今夜も奴の拳は赤く染まる! 赤い拳(レッドフィスト)ドライジャン!」


 自分のことだと腕を上げたのは、明らかに上半身を中心に鍛えているのであろう、ややバランス悪く筋肉で肥大した上半身裸の男。

 自慢であろう巨大な筋肉にタトゥーだらけで、いかにもチンピラ上がりという感じだ。


「――神速の蹴りは誰にも見切れない! アドラ襲脚の申し子ウービイ!」


 対する細身の男は、手のひらに拳を打ち付けて低頭する。


 こちらも上半身裸だが、鍛えて鍛えて余計な肉を削ぎ落とした細さを維持している。神速の蹴りと言ったか? だがあの体格は、得意技は蹴りだけではないだろう。


 ふむ……なるほどね。あの二人がこれからやり合うわけか。


「――賭け札はいかがですか?」


「――……いてっ」


 やってきたバニーが「賭けはどうするか」と聞きに来た。ガンドルフが首を横に振り――私は彼の脇腹に殴った。


 非難げにこちらを見るガンドルフに、私は囁く。


「――タトゥーに賭けなさい」


 私の見立てでは、タトゥーの方が強い。個人的には武闘家の方を応援したいが、力量差を考えると負けるだろう。


「――いえ、賭けは、ちょっと」


「――ここまで来ておいて何を遠慮する必要があるの。どうせなんだから最大限楽しみなさい」


「――えぇ……」


 引くな。大の男が子供相手に引くな。……さすがに引くか? 闇闘技場に行きたがっていざ行ったら賭けをしろという六歳児にはさすがに引くか? いや引くな。


「――あまり金はないです。もし負けたらしばらく飯はパン一個とかに……」


「――へえ? それはつまり、私の言うことが聞けないってこと?」


「――全財産行きます」


 よしよし、いけいけ。

 八百長でもなければ、結果はやる前からわかっている。必ず勝てるからいけ。


赤い拳(レッドフィスト)に」


 ひそひそやっている間も律儀に待っていたバニーに、ガンドルフはかなり中身が軽そうな革袋を渡した。





 こうして、闇闘技場が開催される。


 最初こそ着替えしながらでも勝てそうな眠たい輩ばかり出てきて退屈していたが、試合が進むにつれて、気になる選手も出てくるようになった。


 結果、私のボルテージだのテンションだのもどんどん上がっていき、ガンドルフの掛け金もどんどん上がっていくことになる。





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