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54.学院生活一週間を過ぎて





「――結構長いわね。見せ物状態」


「――いいじゃない。これもまた広報よ」


 挨拶をしてくる子。

 遠巻きに見ている子。

 遠くもなく近くもない冷静な距離で、常に様子を見ている子。


 レリアレッドの言う通り、「結構長い見せ物状態だ」とは感じる。すごい見られているから。違う教室の子や違う学年の子も見に来るくらい、すごい見られているから。そんなに見るところがあるかってくらい見てくるから。


 気になるなら声を掛けてくればいいのに。

 しかし、そこまでやる子はほとんどいないし。


 まあ、これでも、広報活動の一環にはなっているのだろうと信じたいものだが。


 寮にある魔法映像(マジックビジョン)で私やレリアレッド、ヒルデトーラを観た子供には、生で見る本人が物珍しく見えてしまうのだろう。


 入学式の前から始まり、学院生活が一週間を過ぎても、周囲の子供には見せ物だか腫れ物だかって距離感を保ちつつ観察されている、というのが現状である。


 周囲もすぐに慣れるだろう、と思っていたのだが。

 意外とそうでもなかったようだ。





 今年の小学部新入生は、百人ほどになるという。


 例外がなければ、アルトワール王国中の六歳児が集められ、六年間ここで一緒に過ごすことになる。


 約二十五人ずつで教室別に分けられ、教室単位で学院の用意した授業や学内イベントをこなしていくのだ。


 一年生から数えて二年、三年と続き、最上級は六年生。

 つまり私やレリアレッドは一年生になる。教室は四組。なお、幸か不幸かレリアレッドとは同じ教室となった。

 ちなみに兄ニールとヒルデトーラは三年生である。


 窓際の一番後ろの席をレリアレッドと並んで陣取り、見せ物になりながら、まだ慣れない学院生活を送っている最中だ。


 なお、当然のことながら、教室にまで侍女を連れてくることはできない。

 使用人はあくまでも、生活周りの世話をするために認められているからだ。


「ヒルデ様から何か連絡あった?」


 やはりレリアレッドもその辺が気になっているようだ。


「いいえ何も。ただ、連絡がないということは、企画を詰めている最中なんじゃないかしら」


 却下だったらまた会議をするだろうから。……学院に通っているかどうかも確かめていないが、さすがに休んではいないだろう。


 第一回魔法映像(マジックビジョン)普及活動会議でヒルデトーラが飛び出してから、もう四日が過ぎている。

 進展がよくわからないが――まあ気にしても仕方ない、という気持ちもある。


「私のところ、そろそろ撮影が始まりそうなの」


 昨日、両親から手紙が届いた。

 そろそろ撮り溜めていた「職業訪問」が放送し終わるから、撮影を再開したい、と。


 入学式の直前から昨日まで、と考えると、こんなにも撮影がない日が続いたのは魔法映像(マジックビジョン)に出始めてから初めてのことである。


「あ、うちもそろそろやるって」


 シルヴァー領も、そろそろって感じのようだ。


「お互い忙しくなりそうね」


 学院生活は始まったばかりで、まだまだ慣れないことも多い。

 見せ物状態も含めて。


 この上、撮影まで始まるとなると――また修行する時間が取れなくなってしまうのかな。ここのところ、そこそこ充実した修行ライフを送れていたんだけどな。リノキスも毎日泣いて喜んでいたのにな。


「あ、そうだ。ニア、またうちの番組出てよ」


「うん?」


「ほら、入学前に制服着た姿、一緒に映ったでしょ? うちの領ではかなり評判がよかったみたい。ぜひまた出てほしいってさ」


 ああ、あれか。兄と一緒に映ったやつだな。


 シルヴァー領では評判がよかったみたいだが、リストン領での評判は聞いたことがないな……まあ、たぶん悪くはないだろうとは思うが。


「悪いけれど、私の一存では決められないのよね。前のはあくまでも飛び入り扱いだから」


「何? ギャラの問題? それともスケジュール?」


「それもあるのかもね。

 私は両親の意向、ひいてはリストン家の意向で動いているから。だからリストン家の意に反した言動は遠慮したいのよ」


 リストン家の命を聞き入れるのは、私の義務だ。


 私は口も出すし意見も出すし手も足も出すし、許可さえあれば「氣」だってバンバン出したいところだが。


 何より最優先はリストン家のことである。

 そこは揺らぐことはない。


「つまり家のため?」


「――リストン家は私の命のために魔法映像(マジックビジョン)を導入した。その投資分は稼がないと、私が納得できないの。生かされた意味がないでしょ」


「あ、そうか……あんた病気だったのよね」


 その通りだ。

 まあ、今や大虎でもウォーミングアップ代わりに殴り殺せるほど絶好調だが。





 今日も一日が終わった。

 授業という名の強敵から解放された私を含む子供たちは、思い思いに散っていく。


 クラブに入ったものはクラブに行き……それ以外はどこぞへ遊びに行ったり、寮にでも帰るのだろう。


 そろそろ撮影が始まる。

 だからこそ、これから撮影を再開するまでの時間は、貴重な暇となる。決して無駄にはできない。


 レリアレッドと一緒に女子寮まで帰ってきて、それぞれの部屋に別れる。


 そして部屋に戻ると――


「――お、お、お、おかえり、なさいま、せ……っ!」


 侍女服ではなく、簡素な動きやすい服を着たリノキスが、汗だくになりながら拳を固め構えていた。息も絶え絶えである。


「何セット終わった?」


「さ、三十三、回、です」


 ふうん……三十三か。


「残り十七回ね。見ていてあげるから続けなさい」


「は、はい……!」


 リノキスはぎちぎちに身体中の筋肉を張り詰め、弱々しい「氣」をまとい、教えた通りの型をなぞる。


 疲労困憊なのは、まだ「氣」の操作が細かくできないからだ。筋肉を張り詰めることで無理やりまとっている、という感じである。


 偶発的なことだが、素人でも攻撃時の呼気が発氣――「氣」を伴うことがあるのだ。

 心技体、すべてがほんの一瞬重なった瞬間、そんなことが起こる。

 無自覚だけに、「時々いい攻撃ができる」程度の認識しかされないものだが。


 リノキスはまだ満足に「氣」が使えないので、偶発的に起こることを必然的に起こすために、筋肉を極限に持っていきそれを保つのだ。


 この状態で安定すれば、あとは少しずつ筋肉を緩め、しかし「氣」をまとったまま維持できればいいのだが……先は少し長いかな。





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