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31.間幕 告知に対する視聴者の声





 シルヴァー家の朝食の席には、いつも魔法映像(マジックビジョン)が映っている。


 ――《げ、劇団氷結薔薇(アイスローズ)、『恋した女』、よろしくお願いします!》


 見るからに緊張でガチガチの女優が、初々しさを感じさせる挙動で舞台の告知をしている。衣装や顔立ちは大人っぽいが、見た目よりは若そうな女優である。


 ――《劇場で待っています》


 そして続いたのは、初出演からどんどん映像の露出が増えている白い少女である。


 緊張している女優と、至極落ち着いている小さな子供。

 なかなかあからさまな対比が逆に目を引く。


 ニア・リストン。

 リストン領にある放送局から、彼女の名がついた番組が流れ出したのが冬からである。


 それから半年も経たない内に、今度は舞台に立つという。


「――ふむ」


 朝食の席でその映像を観ていたシルヴァー領領主ヴィクソン・シルヴァーは、ちょくちょく朝から映るニア・リストンに対し、今日も同じことを思う。


(元気そうだな。それに落ち着いたものだな)


 五歳の子供ということが信じられないくらい、常に落ち着いている白い少女。

 初めて見た時は、病み上がりということで顔色も悪くひどく痩せていて心配したが、最近はちゃんと肉が付き、普通の子供に見えるようになった。


 ――態度や言動は、まったく子供らしくないが。


 己の末娘と同い年だというのが信じられないくらい、常に落ち着き平常心を失わない。


 様々な職業を訪ねて体験するという企画で、いろんな姿を見せているが、焦ったり慌てたりする姿だけは見たことがない。


「女優はともかく、ニアちゃん今日もダサいわねぇ……」


 毎回のように同じことを言うのは、今年二十七歳になる、服飾関係の会社を経営している長女である。

 不快なのかもどかしいのか、顔をしかめるのも毎回のことだ。


 なお、結婚の予定はない。


「ぐふっ、ぐふふ……ニアちゃ~ん舞台行くよぉ~ぐふふふふ……」


 絵描きである二十歳の次女は、白い少女のファンである。

 ただしニタニタしてぐふぐふ嗤い彼女をなめるように見るその姿は、犯罪者にしか見えない。


 父親として悲しいが、やはり毎日思う――結婚は遠そうだ、と。


 ――三女はアルトワール学院高等部の寮に入っているので、ここにはいない。


 そして白い少女と同い年の末娘は――


「…………」


 いつも通り不機嫌そうに、しかし、しっかりと魔晶板に映る映像を観ていた。


 ――ニア・リストンをライバル視し始めたのはいつからだったか。


 顔ははっきりと不機嫌なのに、だが彼女の姿を遠ざけようとはしない。

 普段から感情がはっきり表に出る末娘レリアレッドが、初めて内に何かを溜めるような様子を見せている。


 好きとは言い難い。

 しかし気にはなるのだろう。


 そんなレリアレッドの心境を汲み取り、ヴィクソンは言った。


「レリア。舞台、観に行くか?」


 シルヴァー家から王都までは、半日も掛からない。

 夜、飛行船に乗って一晩寝れば、朝にはもう王都に着いているのだ。


 公演は一週間続くとのことなので、仕事のスケジュールを調整すれば一日くらいは捻出できるだろう。――そもそもヴィクソンは熱心な領主でもない。一日でも早く家督を譲りたいし、隙あらばサボりたいのだ。


「リクルは行くそうだ。一緒にどうだ?」


 リクルビタァ――次女は「ぐふ?」とニチャッとした笑みを浮かべて父親と、そしてレリアレッドを見る。「その顔で見るな」と反射的に言いそうになってしまったが、父はぐっと堪える。


「お姉さま。その顔でこっち見ないで」


 レリアレッドは堪えなかったが。


「――行きません。なんで私がわざわざ自分からニア・リストンを見に行かないといけないの。冗談じゃないわ」


「ぐふふ。父上は『舞台を見に行くか?』と聞いただけで、別にニアちゃ~んを観に行くかとは聞いてなごめんごめんフォーク投げようとしないで危ない危ない!!」


 結局、レリアレッドは舞台を観に行かなかった。


 ――しかし、後日放送される最終公演の映像を観て、自分も「観る側」ではなく「出る側」へ行くことを決めるのだった。









 シルヴァー家で姦しい朝食が繰り広げられている同時刻。


 ――《げ、劇団氷結薔薇(アイスローズ)、『恋した女』、よろしくお願いします!》


 ――《劇場で待っています》


 魔法映像(マジックビジョン)には、見たこともない無名の主演女優と、もはやリストン領の顔となりつつある主演女優の子供役ニア・リストンが並び、映像の中で挨拶をしていた。


 その映像を観ていた彼女は、小さく呟いた。


「……来ましたわね」


 豪奢な部屋の主は、一人で朝食を取っていた。

 傍には侍女が数名控えているが、まるで飾りのように微動だにしない。


 主が注文を言いつけるまでは。


「お兄様に伝言を。昼食時に会いに行くと伝えてください」


「かしこまりました」


「今日の予定は、病院の慰問でしたわね?」


「はい。学院が終わり次第行く予定となっています」


「わかりました」


 舞台の告知のあと、レストランでパスタを作るというニア・リストンの姿に後ろ髪を引かれるが、彼女は早々に食事を済ませて立ち上がった。


 ――アルトワール王国第三王女ヒルデトーラ。今年で七歳。


「意外と会えるお姫様」――そんなキャッチフレーズが生まれている彼女は魔法映像(マジックビジョン)に出演することで人気を得て、今や王都では知らぬ者がいないほどの知名度を誇っている。


 彼女は待っていた。

 自分と同じように台頭してくる、同年代の少女を。


 ――それがようやくやってきたことを確信した。


 リストン家は、ニアを売り出し始めたことがはっきりした。

 このまま何事もなく育てば、数年のうちに顔を合わせることになるだろう。


 その時が楽しみだ、とヒルデトーラは心の奥底に闘志を燃やすのだった。





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