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25.氷の二王子





 飛び込んできたのは、ユリアンにそっくりな男――ではなく、女である。


 ルシーダ・ロードハート。

 劇団氷結薔薇(アイスローズ)と同じ異名を持つ、ユリアンの双子の妹で、看板女優である。


 ――なるほど。二王子か。


 魔晶板越しで舞台に立つ彼女も観たが、いわゆる男形……男装の麗人という役どころが多いようだ。

 なので、兄妹の双子でありながら、二人には「氷の二王子」という異名が付いている、と。


 ……まあ、舞台メイクをしていない彼女は、やはり男性というよりは女性らしさの方が勝っているとは思うが。

 それでも美男子に見えないこともない。


 ハンサムなユリアンにそっくりだから。


「叔母様、遅れてすみません。――ニア様、初対面で遅れるなど無礼を働きました」


 階級的に立場が一番上のライム夫人に一言入れ、ルシーダは私の傍らに跪いた。


「はい、わかりました。以降、ただの劇団員として私を扱ってください、ルシーダさん」


 謝罪を受け入れ、あえてさん付けで呼び、とっとと椅子に座ってほしいと返してやる。


 というか、そういう芝居がかったのはやめてほしい。リノキスが興奮するから。とても熱い視線を感じるから。心の中で「お嬢様! 氷結薔薇(アイスローズ)様ですよ! というか氷の二王子ですよ、二王子!」と大騒ぎしているのが手に取るようにわかる。


 そんな私をまじまじと見詰め、ルシーダは微笑んだ。おお、薔薇の綻びのような笑み……さすがは看板女優、魅力的である。


「……やはり君は期待通りだよ」


 期待?


「最初にニアちゃんを呼びたいと提案したのはルシーダなんだ。――ルシーダ、そんなところにいたらニアちゃんの食事の邪魔だろ。早く座れ」


「わかっている」


 と、ルシーダは立ち上がり、一歩下がった。


「――初めまして。私はルシーダ・ロードハート。劇団氷結薔薇(アイスローズ)の役者です」


「――初めまして。ニアです。今回は呼んでいただいてありがとうございます。素人ではありますが、全身全霊でやり遂げたいと思います」


 やや堅い挨拶を交わしたところで、あまり固くないなごやかな夕食が始まった。





 子供の頃から舞台に立っているというユリアンとルシーダの経験談は、面白おかしいネタが多かった。


 あくまでも面白おかしいネタだけである。

 きっと面白くないし不快な経験も、たくさんしてきたことだろう。兄ではないが、人気商売はなんだかんだと心身に負担が掛かることも多いから。私は多少のことならすぐ忘れるけど。


 まあ、あえて子供に不快な話をしようなんて、よっぽどじゃないと思わないだろう。


 何度かリノキスに「はずしていい」と声を掛け、しかし頑なに動かない彼女もともに過ごし、ゆっくりとした夕食はようやくデザートとなった。


「――それで、どうかしら?」


 と。


 話が途切れた時、終始聞き役に徹していたライム夫人が、二王子に視線を向けた。――そういえば夫人とルシーダの瞳の色は同じである。親戚という話は嘘ではないのだろう。


「ルシーダ。おまえが決めていい」


「わかった。任せてくれ」


 ユリアンにそう答えたルシーダは、なごやかだったムードを掻き消すような力の入った瞳で私を見た。


 うむ、どうやら何か話があるようだ。


「ニアちゃん。君がただの子供なら、恐らく明かすことはなかったと思う。しかし君は私の見立てと、叔母様の見立て通りの子だった。だから話しておきたい」


 ……ということは、やはりアレか。


「あえて私を呼んだ理由があるのですね?」


 私は演劇は素人である。

 だからこそ、真剣にやっている人たちこそ、私みたいな素人なんて入れたくないと思うのだ。


 毎回毎回心血を注いで役に向き合い、本気で他人を演じ切り、だから人の心を打つ。


 実力のある劇団ならなおのことだ。

 助っ人が欲しいと思っても、やはり素人よりは実力のある人を呼びたいだろう。


 ……と思っていたのだが、どうやら当たりのようだ。


 私を呼んだ理由は、役者以外を求めるため。

 むしろ納得できる答えである。


「気を悪くするかもしれないが……実は――」





 ライム夫人とユリアンとルシーダ、ついでにある意味リノキスという顔ぶれが参加した夕食の席から、翌日。


 私はホテルで一晩を過ごし、約束の時間に合わせてリノキスと共に、劇団氷結薔薇(アイスローズ)がいつも稽古をしているという貸し部屋にやってきた。


 氷結薔薇(アイスローズ)の名が売れているが、まだまだ興して日が浅い駆け出し劇団なので、まだ自分たちの稽古場は持っていない。


 一ヵ月契約で借りている場所で、舞台が決まったらよく利用するそうだ。


「――おはようございます」


 約束の時間より少し早めにやってきた。


 扉の前に「劇団氷結薔薇(アイスローズ)貸切」と書かれた木札が出してあったので、間違いないだろう。


 扉を開けると……お、いるいる。


 昨晩会った青髪の二人を始め、十人ほどの役者が身体を伸ばしたり台本を持ったりしている。いかにもこれから稽古します、という感じだ。


 私を見たユリアンとルシーダが微笑み、こちらに来ようとするが――その前に。


「――遅いわよ新人!」


 気性が荒そうな赤の混じった金髪の少女が、ツカツカと私の前にやってきた。


 ――なるほど。ルシーダたちが言っていたのは、この娘か。


「貴人の娘だかなんだか知らないけど、今のあなたはただの新人なんだから! 新人なら先輩たちより先に来て掃除くらいしなさいよ!」


 はあ。


「善処します」


 うん……確かに悪くないな。


 私の後ろにいるリノキスの舌打ちは聞こえたが。彼女は気に入らなかったようだ。念のため、手も口も出さないよう言っておいた方がいいかもしれない。


 ――私にははっきり聞こえた舌打ちだが、金髪の娘には聞こえなかったらしい。


「まったく……だから素人は嫌なのよ!」


 私の返答に納得したのかどうかはわからないが、言いたいことを言った彼女はさっさと私に背を向けて、さっきの場所に戻っていった。


 いや、私の返答などどうでもよかったのだろう。

 とにかくまずは一発かましてやりたかったのだと思う。それはわかる。先制攻撃とは後の勝負を左右するほどの大きな意味がある。


 まあ、私くらいになると、あえて先制攻撃を貰って相手の全力を出させてから勝つ、というのがお約束ではあるが。

 だって私が先制を取ったら勝負にならないから。強者とはそういうものだ。


 まあ、さておき。


 去り行く彼女の肩越しに、ユリアンとルシーダが苦笑しているのが見える。


 ――大丈夫、問題ない、という意味を込めて頷いて見せた。





 金髪の娘の名前は、シャロ・ホワイト。


 劇団氷結薔薇(アイスローズ)に欠けている、次代の看板女優である。





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