20.春になり、違う仕事が舞い込んだ
評判が上がってきているそうだ。
撮影ばかりしていた冬が終わり、春がやってきた。
もうすぐ兄ニールが、アルトワール学院の春期休暇に入り帰ってくる予定だが、その直前のある日。
「――ニアの評判、かなりいいよ。おかげで魔晶板の売れ行きも上々だ」
朝食の席で、父親からお褒めの言葉を賜った。
リストン家に届くファンレターは増えも減りもせず、毎日二、三通、時々届かないこともある程度。
ちなみに不在の兄には安定して届いている。
事前に危険かつ過激な内容のものは弾かれているはずだが、それでも私は兄にファンレターを見せるべきではないと思っている。……まあ、それを決める立場にないので何も言えないが。
まあ兄のことはさておき、私の近くでは変化がないので、評判も何もなかったのだが。
どうやら
私はとにかく「ニア・リストンの職業訪問」で
でもよくよく考えたら、撮影に掛かるコストだって決して安くはない。
その辺を鑑みるなら、撮影が続いているのが評判・評価そのものと言っていいのかもしれない。
コストを掛けても続ける意味がある、ということだから。
そうか、評判よかったのか。
最近やたら両親の機嫌が良さそうに見えたのも、気のせいではなかったのだろう。
で、その最近やたら機嫌が良くて、今日も機嫌が良さそうな両親は、私に何かを買い与えたいと相談を始めるが。
今私が欲しいご褒美は、一つだけだ。
私は、屈強な強者が欲しい。
思いっきり殴っても壊れないほど頑丈な強者が。
……なんて言えるわけもないので、「お任せします」とだけ言っておく。あ、貰えるなら未開の浮島でもいいけど。野生動物や魔獣くらいいるだろうし。……くれるわけないか。財政難の今、子供に財産を与える余裕はないだろう。
それはともかく、
計算では、現在リストン領地民の三パーセントくらいは魔晶板を持っていることになるらしい。それくらい売れているそうだ。
庶民ではまだまだ手が出ない値段だが――大手は元から売れていたが、小さな商会や店、領主経営の場所……劇場や観光案内所などへの設置が進んでいるそうだ。
なんでも、ローンでの購入はできないのかと問い合わせが多く、それに対応した結果らしい。
詳しくは教えてくれないが、大まかには、リストン領に会社や店があり、何年くらい経営していて、利益はどうなっているのか……とか、そういうハードルを越えられれば、晴れて分割払いで購入にこぎつけられるのだとか。
そして、なぜそんな現象が起こるのかと言えば――私の職業訪問に辿り着く。
やはり
この辺はベンデリオの地酒効果で実証済みだったが。
私の場合でも同じことが起こったわけだ。
つまり
必然的に「うちの店に来てくれ、うちの職業を体験してくれ」という声も上がるようになり――その辺で利益が出ているみたいだ。
まだまだ手探りらしい
このまま上手いこと軌道に乗れば、リストン家の財政も立て直せるだろう。
……兄は「家は一年二年は大丈夫」とは言っていたけど、このペースで間に合うだろうか。
それだけが心配である。
「ご馳走様。お先に失礼します」
食事を終え、席を立つ。
「あ、ニア。ちょっと待って」
何を贈るかで朝っぱらからイチャイチャしながら揉めていた両親――母親が、私を呼び止めた。
「でもお邪魔でしょう?」
元は私の話をしていたはずだが、自然な流れでイチャイチャし始めたし。こうなるとお邪魔でしかないでしょう?
「あなたが邪魔になる時なんてないわよ」
母親は笑いながら言うが、そういう嘘はよくないと思う。――夜中、仲の良い夫婦の寝室に急に行ったら困るでしょう? 普通の子供が信じたらどうするんだ。まあ私は普通の子供ではないからいいけど。
「それより、あなたに違う仕事の依頼が来ているのよ」
ほう。違う仕事。
「というと、『職業訪問』以外の撮影、ということ?」
「ええ、そうよ。それも私たち以外からの依頼ね」
……なるほど。こういうパターンもあるのか。
私は放送局の発案した企画に添って動いているが、今回の母親からの仕事は、放送局以外からの……いわば民間からの仕事の依頼になるわけだ。
放送局はリストン領、もっと言うと父親のものだから、放送局主導だと、いわゆる公務に近い扱いになる。
「ライム夫人。覚えているでしょう?」
ああ、はい。
「礼儀作法の指導をしていただきましたね」
「ニア・リストンの職業訪問」の第一回目の撮影で会った、熱心なあのマダムである。実はリストン家より階級が上なのだ。
「あの方の紹介で、劇の役者をしてほしいそうよ」
劇の、役者?
なんだかピンと来ない私の耳元で、リノキスが囁いた。
「――お嬢様お嬢様! 女優デビューですよ、女優デビュー!」
女優、デビュー?
……やはりなんだかピンと来ない。