14.反響の手紙
私が
冬の寒さが増していく昨今、病魔を退治した私はようやく、身体を作るための軽い運動などを始めた。
まあ、でも、軽くである。
未だ走れず、長時間立っていることさえ困難なほどに身体は衰え弱り切っている。
これでは我が拳の一万分の一さえ再現できないだろう。
というかもし打ったら身体の骨がバッキバキになって筋や腱が切れまくると思う。
――焦る必要はない。
私がアルトワール学院に入学するのは、再来年だ。
年末なので今年はもうすぐ終わるが、それでも丸一年以上ある。
それまでに、人並みに過ごせる程度に身体を造っておけばいいのだ。
病気は治したが、無理な訓練が祟って身体を壊した、……なんてつまらないことにならないよう、焦らずじっくりやっていこうと思う。
生存報告をしたことで、リストン家では一応の区切りは付いたようだが、私の生活が特に変わったわけではない。
変化と言えば、朝は両親と同じテーブルに着いて、一緒に朝食を食べるくらいか。
昼は帰って来ないし、夜は両親の帰宅時間が一定ではないので、特に決めていない。時間が合えば一緒に、という程度である。
今は兄ニールが帰ってきているので、三度の食事は兄が一緒である。
――その兄の剣術訓練を、車いすの上から見守るのも、今の日課となっている。
兄ニールと、兄専属侍女リネットが木剣で打ち合っているのを見つつ、背後のリノキスとのんびり話す。
「――ニール様、やっぱりすごく強くなってません?」
「――ええ。夏の頃に比べればね」
そう、兄の動きが格段に良くなっている。
特に――剣を、形状を、棒という形であることを念頭に置いて、かなり器用に武器を扱っている。
夏に見た時は、身体全体を使って力任せに振り回すだけだったのに。
今の彼の動きは、小さな子供ながらも剣士そのものである。
……そう、「斬る」ことが目的なら力いっぱい振らなくていい。刃を当てて滑らせるのだ。真正面から受けないで受け流して。そうだ……身体が小さく非力であるなら、むしろそれを逆手に取る動きを――
「――お嬢様。お手紙が届きましたよ」
ん?
頭の中でじっくり兄の動きを吟味していると、聞き慣れない声で呼ばれた。
振り返ると、穏やかそうな初老の庭師が、右手にも左手にも手紙の束を持って立っていた。
双方結構な厚みである。
たぶんあの束は家族全員分をまとめているのだろう。
私がニアになって半年以上が経つが、手紙が届くなんて初めてのことだ。
……この前五歳になったばかりなだけに、手紙のやり取りをする相手がいるとも思えないのだが。
「お預かりします」
リノキスが受け取り、私に差し出した。
「……え? 全部私に?」
家族分だろうに、全部よこしてきた。
「そのようですよ」
リノキスは頷くが……なんだ。全然心当たりがないんだが。
簡単な文字は読める。
二十通ほどの封筒を一通ずつ捲り、宛先の名前を見ていくと……全てが「ニア・リストン」へ宛てたものだった。
つまり、私宛てである。
「そちらは?」
「ああ、ニール様宛てだ。預かってくれるかい?」
庭師の、もう片方の手にあった私より少々分厚い手紙の束は、兄への手紙らしい。今は訓練中なのでリノキスが預かることにしたようだ。
ではわしは仕事に戻りますんで、と庭師は行ってしまった。
まあ、それより、手紙である。
差出人の名前を見ても、誰一人知らない者ばかりだ。――ニアは知っていたかもしれないが。
「なんなのかしらね」
「え? アレでしょ?」
ん?
「わかるの? リノキス」
「ええ、もちろん」
本気でわからない私に、彼女は事も無げに言った。
「――きっとファンレターでしょう」
今日の兄の訓練を見届け、自室に戻ってきた。
早速、差出人に心当たりがない手紙にペーパーナイフを差し込み、一通一通開けていく。
――なるほど、ファンレターか。
病気が治ってよかったね。
ぼくもびょうきですが、ニアさまのようにげんきになりたい。
私にもかつて子供がいて、病で失いました。ニア様と同じ五歳でした。とても他人事とは思えず、思わず手紙をしたためました。
かわいい。けっこんして。
一目見た時から忘れられません。今度はいつ
白くて可愛い僕の天使ちゃん。文通しましょう。
美幼女! 美幼女!
この手紙は悪魔の手紙です。同じ内容の手紙を八人に出さないと悪魔に魅入られます。
歳の差って何歳までいけます? 二十歳以上は無理かな?
――これは、
ファン……かどうかはわからないが、これが私の、ニア・リストンの生存報告への世間の反応だ。
嬉しい、のか?
正直、これを受け取ってどう思えばいいのか、私にはよくわからない。
案じている内容もあるので、素直に感謝……すればよいのだろうか……?
…………
まあとりあえず、悪魔の手紙は握りつぶしておくか。これは絶対にファンレター的なものではない。世間知らずでもそれくらいはわかる。
これが一番最初の反響だった。
そして、思い知る。
――これは終わりではなく、始まりの合図であったことを。