狼少年と神のお告げ
「狼が出たぞー」
村の外から一人の少年が叫びながらやってくる。
それを村の大人達が、やれやれといった表情で見ていた。
「またカールがなんか言ってるよ」
「狼なんかこの辺にはいないのにな」
大人達はカールという少年の言う事を、誰一人として気にしなかった。
彼らの言う通り狼がいないというのもあるが、カールが毎日同じ事を言っているからだ。
さすがに毎日言い続けられると、慣れや飽きというものがでてくる。
驚きを越えて、呆れに変わっていた。
「なんであいつは毎日あんな事を言っているんだ?」
「お袋さんの事を考えれば、つまらない嘘なんて言っている余裕なんてないのにな」
「前はもっと良い子だったのに」
大人が抱いた疑問。
その答えは、カールの夢にあった。
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――カールの夢。
彼は毎日夢を見る。
夢の中では、いつも周囲に星がちりばめられた神秘的な場所にいた。
――そこは神の領域。
話す相手は、神様だった。
「神様、もう僕の嘘を誰も信じてくれません」
『そう言わないでさー。もっと頑張ってよ』
カールが話しているのは、嘘を司る神のライ。
彼は鼻垂れ小僧のような容姿をしているが、正真正銘の神である。
口で話しているように見えるが、ライの声は頭の中に直接響いてくる。
「それに、嘘を言うのは心苦しいです」
『いいの? そんな事を言って。これが欲しいんじゃないの?』
ライの手には小瓶があった。
中には少量の液体が入っている。
それは、病床に伏しているカールの母親を治す神の薬だった。
嘘を吐いて人を騙すほど、中の液体が増えていく。
そして、小瓶の中がいっぱいになれば、カールの母を治すのに必要な量となる。
普通の子供だったカールが、ある日突然嘘吐きになったのも、この薬が欲しいためだった。
薬の効果は本物。
試しに少しだけ貰ったが、カールの母の病状を確かに和らげた。
しかし、少しだけではまだまだ完治させるには至らない。
死ぬまでの時間を少し伸ばしただけだ。
――治させるだけの量が欲しければ、人に嘘を吐け。
――人を騙す内容がきついものであればあるほど早く貯まる。
――全部貯まったところで、薬は渡してやる。
それが薬を渡す条件だった。
医者にも見放された母を助けるために、カールは必死で嘘を吐き始めた。
だが、性根が真っ直ぐな少年だけあって、本当に人に害を与えるようなきつい嘘を吐けなかった。
そのせいで、薬の貯まりは非常に遅かった。
母を助けたいと思う気持ちがから回るばかりだった。
「薬が……、欲しいです……」
カールが苦々しい顔をして、薬瓶を見つめる。
それを見て、ライは笑顔を浮かべていた。
『いいよ。一つ頼みたい事がある。それを聞いてくれたらこの薬をあげるよ。もちろん、上にあげたとかつまらない事を言ったりはしない。ちゃんと治せるだけの薬をプレゼントするよ』
ライの言葉と共に、彼が持っている小瓶の中に液体が満たされる。
以前、これだけあれば母が助かると聞いた量だ。
「どうすればいいんですか?」
カールは悪魔に魂を売る覚悟をして、ライの望みを聞いた。
『簡単さ。明日、君の住む北の森に宝珠が落ちてくる。それを拾ってきてほしいんだ。宝珠を手に持ったまま眠ってくれれば、こっちの世界に持って来れる』
「宝珠……、ですか。それは大切な物なんですか?」
『当然だよ。君のいる世界――あぁ、世界なんていう概念。無学の君にはわからなかったね。空や大地、そのすべてをひっくるめて世界というんだ』
「はぁ……」
馬鹿にされているようで悔しいが、ライの説明をカールはイマイチ理解できない。
とりあえず「丘から見えるすべてが世界」とイメージするのが精一杯だった。
『その宝珠は君の住む世界を操る物だ。下手な者が手に入れると大変な事になる』
「……どうなるんですか?」
カールは唾を飲み込む。
神が言う「大変な事」など想像もできない。
どんな事が起きるのか聞くのが怖い。
だが、聞いておかねば後悔しそうだとも思う。
恐ろしかったが、世界のために聞いておきたかった。
『最悪の場合、世界が滅びる。君にもわかりやすく言うと、毎日嵐が起きて畑の作物が育たないとか、雷が落ちてみんなの家が燃えるなんて事が起きる』
「そんな!? 作物が育たないと何も食べられないじゃないですか!」
『そうだよ。だから、大変なんだ』
カールは聞いて後悔していた。
ここまで大きな話になるとは思っていなかったからだ。
「なんで僕だけなんですか? 他の人は?」
ライは首を横に振る。
『神と波長の合う者はごくわずか。その中で、君が一番近いんだ。だから、君に大切なお告げをしている。世界を救うためのお告げをね』
「……嘘じゃないんですよね?」
相手は嘘の神だ。
カールは疑った表情でライを見つめる。
しかし、ライの表情は真面目そのものだ。
『これは本当だ。嘘の神様だからこそ、嘘を吐く時と吐いてはいけない時を理解している』
「そうですか……」
ここで「嘘でしたー」と言われたら腹が立つが、嘘だと言ってほしいという気持ちの方が強い。
神と波長があったせいで、とんでもない事に関わってしまった不運を呪う。
(いや、そうじゃない。世界を……、母さんを助けるチャンスがきたんだ。ラッキーだったと前向きに考えよう)
カールは前向きに受け取った。
嘆くだけよりは、その方がプラスになる。
――世界を救え、母も救える。
むしろ、最高じゃないかと思い始めていた。
『宝珠を失うというのは神の世界でも大問題なんだよ。だから、誰にもバレないように君に頼んでいるんだ』
「はい、わかりま……ん?」
カールはライの言葉におかしなところを感じた。
そのおかしなところに気付くと、カールは思わずライに飛び掛かった。
「お前のせいかぁぁぁ!」
カールはライに掴みかかる。
バレては困るという事は、原因がライにあるという事を察したからだ。
子供であっても、それくらいは理解できた。
『いや、ほんとマジごめん。悪いと思ってるよ。だから、好条件で頼んでるんじゃないか』
「お前、本当にいい加減にしろよ。神様だからって人に嘘を吐かせるわ。世界を滅ぼそうとするわ。限度ってもんがあるだろ! 人間をなんだと思ってやがるんだ!」
さすがにここまで好き勝手やられて我慢できるほど、カールは大人ではなかった。
ライの胸倉を掴んだカールが、前後に体を揺らす。
ライはカールの腕をタップしてギブアップの意思を知らせた。
『オッケー、オッケー。じゃあ、宝珠を回収してくれたら、今後は嘘を吐けなんて二度と言わないから』
「本当だろうな?」
『マジでマジで。神様嘘吐かない』
「お前、嘘の神様だろ! ていうか、お前嘘の神様のくせに嘘が下手だな!」
文句を言いつつも、カールは掴んでいた手を放した。
ライを殴り飛ばしてやってもいいが、それでへそを曲げられても困る。
カールには母親の事と、世界を救う事の方が重要なのだ。
一度深呼吸をして落ち着く。
「それで、宝珠ってどんなものなの?」
『キラキラと光っているから見ればわかる。昼頃北の森に落ちるから、早めに拾いに向かって欲しい』
「わかった。約束は守ってよ」
『もちろん守るさ』
ライは良い笑顔で返事をする。
「ならいいよ。頑張って拾ってくる」
『僕も無事に成功する事を祈っているよ』
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カールが目を覚ますと、自分の部屋だった。
起きると、いつも嘘くさい夢だと思う。
だが以前、実際に少しだけ薬が入った小瓶が手の中にあった経験がある。
ライを信じるしかない。
まずは朝食の用意をしながら、出発の準備をする。
カバンの中にナイフと食料を詰め込み始める。
水筒も忘れない。
北の森といっても広い。
日帰りできない距離かもしれないので、準備は周到にしておかねばならない。
(母さんにも言っておかないと。……どう説明しよう)
昨晩作ったスープを温め、皿に移しながら母親にどう話そうかと考えていた。
水の入ったコップも一緒にトレイに載せて、母の寝室へと向かう。
ノックをすると、母も目が覚めていたようだ。
すぐに返事が聞こえる。
部屋に入ると熱にうなされている母の姿があった。
「母さん……、大丈夫?」
「あまり良いとは言えないわね。ごめんね、カール」
夫を早くに亡くし、息子を女で一つで育てていた。
その疲れが一気に出てしまったのだろうか。
彼女は病に倒れてしまった。
カールは母の手に自分の手を重ねる。
「……大事な話があるんだ」
「なんだい?」
「この前、薬を渡しただろ? あの薬がもっと手に入るかもしれないんだ」
良い話にも関わらず、カールの顔は深刻なもの。
その姿は、なにかがあると言っているようなものだった。
「良い話だけども、あんなに効果のあるお薬を買うお金なんてないでしょう?」
母は当然の疑問を持った。
――効果のある薬は高い。
そんな事は考えるまでもない。
我が家にそんな金がないという事はわかっている。
まだ幼いカールがどうやって手に入れるのかが気になった。
「信じてもらえないかもしれないけど……。実はあの薬、神様がくれたんだ。それでね、神様が言うには北の森に大切な宝珠が落ちてくるらしくてさ。それを拾って来てくれたら、母さんの病気が完全に治るだけの薬をくれるっていうんだ」
「カール……」
母は涙を流しながら、カールの頭を撫でる。
――カールの頭がおかしくなった。
そう思うと、涙が溢れてきてしまう。
これも自分が病床に伏してしまっているせいだ。
息子に苦労をかけてしまったせいで、辛い現実から目を避けて、神様なんていう妄想に逃げ込んでしまったのだと思ってしまった。
「できれば今日中に帰って来るよ。遅くても明日には一度帰る。心配しなくていいよ」
カールは立ち上がり、出かけようとする。
「待って、ダメよ。カール。カール!」
「行かなきゃダメなんだ。母さんのためにも、世界のためにも。心配をかけるかもしれないけど、一日だけ時間をちょうだい」
母の制止を振り切り、カールは荷物を持って家を出て行った。
家を出たカールは、まずは道行く大人に声をかける。
一人で行動するよりも二人。
二人よりも三人で探した方が効率がいい。
カールは近くを歩く大人を誘っていった。
「神様のお告げで北の森に宝珠を探しに行かないといけないんです。一緒に行ってくれませんか?」
「えっ……、嫌だけど」
「世界の危機なんです。一緒に行きませんか?」
「何を言ってるんだ? 行くわけないだろ」
「すいません、北の森に――」
カールは目に付いた大人に声を掛けるが、誰も手伝おうとしない。
一言で断られてしまう。
仕方ないので、カールは一人で北の森に向かった。
「今日の嘘はインパクトあったな。ちょっと面白かったぞ」
「いや、面白くなんてないだろ。……あいつのお袋さん。今、病気で倒れてるんだろ。看病疲れかな」
「まだ若いのに可哀想に……」
村の大人達がカールの背中を見ながらそんな噂をしているとは、カールは気付かなかった。
大人達が一緒に来てくれないのは、自分のせいだと思っていたからだ。
(今まで嘘を言っていたから罰が当たったんだ……)
ライの指令だったとはいえ、大人達に「狼がきた」と嘘を吐いたせいで信用を無くしたのだとカールは思っていた。
そのライの要請によって、宝珠を探しに行くハメになるとは皮肉なものだ。
(いいさ、僕が母さんを……。みんなを救うんだ!)
カールは決意を胸に森の近くまでたどり着いた。
森の中は、薪拾いで入った事がある。
しかし、それは森の外縁部だけ。
奥深くには入った事がない。
一人で入るのは勇気が必要だったが、勇気が足りない分を使命感で補っていた。
(あっ、あれかな?)
森に入る直前、空に明るいものが視界に入った。
それは、まるで真っ赤に燃え盛っているようにも見える。
(あんなの手に持てるのかな?)
カールの心配は無用だった。
空から落下する宝珠はどんどん大きくなり、瞬く間にカールの体を星ごと吹き飛ばしていたからだ。
『あっ、しまった! こっちの世界とあっちの世界じゃあサイズが違う事を忘れてた! 落ちる場所の計算とかは完璧だったのに! やべー……』
ライは頭を抱える。
宝珠を下界に落としただけではなく、星を一つ壊してしまった。
どんな処罰が下るかわかったものではない。
ライは心の中で「誰かこの状況を嘘だと言ってくれ」と祈る事しかできなかった。
5,000.000字にも及ぶ爆発オチの超大作ハートフルアクションコメディ冒険活劇!
『狼少年と神のお告げ』!
ここに爆誕!
近日公開予定!
もちろん、全部嘘!
エイプリルフール用の一発ネタでした。
連載予定はありません。
こういったノリもありかどうかなど、感想やブックマーク、評価などを残していってくださればわかりやすくて嬉しいです。