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「……いやだ」


 思わず、声が漏れた。


「いや、だ」


 今度は声が震えていた。

 頬を涙が伝う。


「……いやだ!」


 あの温もりを手放したくない。

 あの喜びを忘れられない。



 あの時、奴隷になり、女になってしまった後、私は最後の最後、どうしようもなくなってからあいつに助けを求めた。


 奴隷商が一人だけ故郷の人間に連絡を取らせてやると言ったから、それを使ってあいつにすがりついた。

 きっと奴隷商は私の心を折るつもりだったのだろうと思う。

 奴隷が助けを求めたからといって、助けに来てくれる人は少ない。

 ましてや私は異世界から来ている。わざわざ世界を超えてまで助けに来てくれるものはまずいない。

 いや、そもそも私は女にされていたのだから、私が私だと信じてもらうことすら難しかった。


 ……でも、あいつは当たり前のように助けに来てくれた。


 女になって、変わり果てた声で、泣いて助けを求めた。

 もちろん、最初は疑われた。

 けれど、少し話をしたら私が私だと信じてくれた。

 その会話の中で、あいつが私がいなくなったことに気が付いて、探してくれていたことを知った。

 そして最後、あいつは会話の終わりにこう言ってくれたのだ。


 〝待っていろ、すぐに助けに行く〟と。


 それからすぐにあいつのうわさは耳に入ってきた。


 とんでもない異世界人が来た、と。

 高位の強大な力を持った魔物を拳と蹴りで次々に倒す男だと。


 覚えている。

 あの日、奴隷から解放され、泣きながらすがりついた私を抱きしめてくれたときのことを。

 あのときの温もりを、喜びを今でもおぼえている。


 そして、私は知った。

 あいつの体に多くの傷跡があることを。

 あいつは傷だらけになりながら戦ってくれていた。


 こんなの、好きにならないわけがないじゃないか。




 ……でも、どうすればいいのか。


 私は、元男だ。

 あいつだってもちろんそのことは知っている。

 かつての私の姿を、あいつは知っているのだ。


 そんな相手に好きだなんて言われたって気持ちが悪いに決まっている。

 同性愛だ。

 あいつはそういう人達に嫌悪感はもっていなかったが、当事者になるとなれば話は別だろう。


 そして、告白して断られたら、これまでの関係でいることも出来なくなるのだ。




 ずっと不安だった。


 あいつならいい女なんていくらでも寄ってくるだろう。

 竜殺しの英雄様だ。もてないはずがない。


 今は誰とも付き合っていなくても時間の問題だろう。

 これでも元男だ。男の性欲の強さはわかっている。美人の女に迫られたらいつコロッと行ってもおかしくない。


 そうなってしまってはあいつのそばにはいられなくなる。

 そう考えると辛くて、苦しくて仕方がなかった。

 毎日毎日、布団の中で泣きそうになった。


 そして、そんな、つもりつもった不安が、昨日女に囲まれるあいつを見て噴出した。

 耐えられなくなった。


 だからこんな、女遊びをしているか確かめる、なんて、下らない言い訳をして、酒によっている振りをしてまで誘惑しようとしたのだ。


 ……でもそれも失敗してしまった。

 私は、今回も逃げてしまった。


 ……だから、きっとこれまでのように、私がこれまで失ってきたものと同じように、あいつは私のそばからいなくなるのだろう。


「いやだ……ひとりはいやだ……」


 あいつがそばにいないのなんて嫌だ。

 ずっとそばにいて欲しい。

 いなくならないで欲しい。


 あいつが他の女と歩いているのを想像するだけで胸にナイフが刺さったかのような痛みが走る。


 でも、私にはどうすることも出来なくて、布団の中であいつの名前を呼びながら泣き言を漏らすことしか出来なかった。


「好きだから、好きなっちゃったからそばにいてよう……」


 そのときだった

 ギシリという木のきしむ音


 驚いてそちらをみるとそこにはあいつがいた。



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