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 ――最近、あいつ調子に乗っていないだろうか。


 手に持った瓶のふたを開け、口の中に流し込んだ。

 喉を焼けるような感触が通り抜け、胃の中がかっと熱くなる。


 少し驚いて瓶のラベルを見ると、かなり強いと聞いたことのある酒の名前が書かれていた。

 たしか、あいつが少し前に嬉しそうな顔をして買ってきた酒だ。

 なかなか珍しい物で手に入りにくいのだと言っていた。


 適当に持ち出して飲んでしまったが、もしかしたら怒られるだろうか、と少し考え――

 すぐに首を振った。


 ……いや、気にする必要はない。


 これは、あいつに対する罰なのだから、怒らせるくらいでちょうどいいのだ。


 そう、これは罰だ。

 最近、ちょっと強いからといってちやほやされて調子に乗っているあいつへの。



 ……確かに、あいつは強い。驚くほどに強い。

 どれくらい強いかというとドラゴンを簡単に倒してしまうほどだ。


 かつての私。ネットで見つけた変なサイトに登録してしまい、異世界に来た結果、失敗して奴隷落ち。その挙句商品価値を高めるために女にされてしまった私を見つけ出し、助けだしてくれたのはあいつだった。


 あいつは、ドラゴンを倒して手に入れた莫大な金を使って私を買ってくれた。


 あの時のことは忘れない。奴隷になって、男だったはずなのに女にされて、事あるごとにすぐに鞭が降ってくる生活に怯えて、絶望していた。


 あいつが来てくれたときは本当に嬉しかった。

 本当に、本当に嬉しくて、思わず―――


 ってそうじゃない。今それは関係ない。

 今考えるべきなのは別のことだ。


 手に持った瓶を傾け、中身を喉に流し込む。

 全身が熱くなってきた。ちょっと酔ってきたのかもしれない。


 ええと、何考えていたんだっけ。

 そう、あいつが調子に乗っている事についてだ。


 ……あいつ、絶対に女遊びをしてる。


 私があいつに買われてもう半年。

 諸般の事情から奴隷から開放されることが出来ず、元の世界に帰ることも出来ず、この家で奴隷としてあいつと一緒に暮らしている。

 その間、同じ家で一緒に暮らし、家全体の家事をしているのは私だ。

 つまり、あいつの部屋の掃除もしている。

 だから、あいつの部屋に何があるかは完全に把握しているのに――大人の本や映像の類が一切でてこないのだ。


 別に異世界だから売ってないという訳じゃない。というかむしろ逆だ。映像や動画を記録する魔道具は普通にある。異種族のエロい女優さんも当然のようにいるし、モザイクなどの規制とかがないのでこちらの方が充実しているのだ。


 元男だからわかる。絶対におかしい。

 若い男なら絶対に見てみたくなるはずだ。


 それがないということは映像に手を出す必要がない位、現実の女と遊んでいるということなのだろう。


 ……それに、その、私に手を出す気配もないし。

 今の私は奴隷だ。つまり何をしても問題ないということである。


 自慢ではないが今の私は美少女だ。

 ちょっと身長が低く、凹凸もなだらかなのでロリっぽいが、高校時代のあいつはロリコンの傾向があった。

 つまり、この体はあいつの好みのはずなのだ。


 いくら、その、中身が男だからといって近くに好みの外見の女、しかも何をしてもいい存在がそばにいて、手を出そうと思わないのは、あまり、ないんじゃないかなあ、と思う。

 男の性欲というものは、中身がちょっと変わっていたからといってどうにかなるものではない、と思う。


 ……そうじゃないといいなあ、と思う。


 ……嫌な感情が湧き出してきそうになったので、思わず手に持った瓶を傾け、中身を全て喉に流し込んだ。

 全身が凄く熱くなってきた。頭がふわふわする。


 ……まあ、とにかく、あいつの部屋にエロい物がないという話だ。


 男が半年も禁欲をするなんて不可能。

 だから絶対に女遊びをしているに違いないのだ。


 ちょっと気になる点はあいつから女の匂いはしないことか。

 というかむしろ日に日に男の匂いが濃くなっている気がする。


 まあ、多分、匂いとかはあいつの家が代々伝えてきているというわけのわからない古武術パワーで何とかしているんだろう。

 ドラゴンを殺せるのだ。女の匂いなんてどうにでもなるに違いない。


 もしかしたら、そうやって女の気配を隠してエルフとか猫耳とかを相手に色々しているのかもしれない。


 あれは昨日のことだ。

 ちょっとギルドの方に足を伸ばしたら、あいつがいろんな種族の女に囲まれてキャーキャー言われていた。あいつはそれはもうだらしのない顔をして鼻の下を伸ばしていた。

 あれは性欲にまみれた下種野郎の顔だ。

 ああやってちやほやされて調子に乗った挙句、女を食い散らかしているに違いない。


 思い出す!だけで!腹が立つ!


 ドン、という酒瓶を床に叩きつけた音が周囲に響いた。


 ここはひとつ、私があいつをいさめなければならない。

 調子に乗っているとよからぬこともあるだろう。

 女関係の刃傷沙汰なんて元の世界でもこの世界でもいくらでも転がっている。

 友人として、奴隷として、取り返しのつかないことになる前にあいつを止めなければならないのだ。


 床に手をつき、立ち上がった。

 軽くよろめいたが問題ない。


 床に転がる五本の空き瓶をよけて扉へと向かった。




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