天は人の上に人を作らず
冒険者はまず、モンスターの居場所をいち早く発見する必要がある。それが叶ったならば気付かれないように移動する。コレが最上であろう。
仮に気付かれないよう最善を尽くしたとしても、モンスターに発見されてしまうこともあるだろう。そのさいは威嚇や煙幕、モンスターの嫌う臭いなどで戦闘を避けるべきだ。
それでも相手が戦闘を吹っかけてくることもある。その際もまず逃げるべきだろう。逃げれば追いかけてこないかもしれないし、成功すれば怪我をせずに済み、装備を消耗せずに済む。
どうしてもやむを得ない時だけ戦うのが冒険者だ。
よって冒険者にとって強さとは、ある種の備えである。釣りをするときにライフジャケットを身に着けることや、車の運転をするときにシートベルトを締めることと同義である。
とはいえ、ライフジャケットもシートベルトも、高性能であることが好ましい。強ければそれにこしたことはないのだ。
そもそも危険地帯に踏み込む以上『やむを得ない』という状況も頻繁に起きる。戦うべきではないとしても、強さは必須だろう。
だが、やはり最優先は儲けることだ。
今回のコエモ達も、生還こそ果たしたが一文の儲けもない。
ケガをしていないし装備を消耗しているわけでもないが、まったく儲かっていない。骨折り損のくたびれもうけである。
彼女らは何年も修行したのに、冒険で利益を得られていない。努力とは収益を得るための苦労なのだから、努力そのものが無意味だったという見方もある。
しかしそれは短期的なものであろう。
ジョンマンの『まず強くなれ』という教育方針により、弟子たちはダンジョンに何度潜っても死なないのだ。
それがどれほどの意味を持つか、ダンジョンに詳しいものほどよく知っているのだから。
※
初めてのダンジョンアタックの翌日、ジョンマンは弟子を相手に試合をしていた。
全員が(第五スキル以外の)スキルや魔法をフル活用し、全力での戦闘訓練をしている。
ジョンマンの弟子たちは必死で食らいつき、人数の利を生かして『一発』を当てようとする。
しかしジョンマンは人数の利を生かそうとする、という作為を読み切って対応し、一発たりとも当てさせずに圧倒し続けている。
つまりは修行を始めた当初と一切変わりなく、ジョンマンが一方的にぶちのめしていくだけの試合展開であった。
長閑な田舎街に似合わぬ修行風景を、昨日のダンジョンアタックに立ち会った者たちも見ている。
わかりきっていたことだが、本当に全員がぶっ壊れて強かった。以前までこの国最強だったハウランドの全盛期であっても、そろそろ及ばなくなる領域である。
見ていて、もう、なんとも言えなかった。
たとえるのなら、海の上で起きている嵐を、地上の遠くから眺めているようなもの。
別次元のことでありすぎて、現実感だとかが湧かなかった。しかしそれでも見ているのは、いったいなぜなのだろうか。
すくなくとも観光気分ではない。見ていてまったく楽しくなく、それぞれのアイデンティティは揺らぎ続けていたのだ。
「一応言っておくが、昨日のダンジョンアタックで彼女たちはスキルをつかっていなかった。魔法だとか、よくわからないものは使っていたが、それだけだ。まったく、全力ではなかった」
「そうだろうねえ……」
「そしてジョンマン曰く……今日のようなトレーニングは毎日やっているわけではないらしい。休みを挟まないと体が壊れてしまうそうだ」
「そうだろうなあ」
「つまり……彼らにとって昨日のダンジョンアタックは、筋トレだとかマラソンだとかにも満たない、休みの日と変わらない疲労度だったのだ」
「……はあ」
あれだけ強い彼らでも、ダンジョンに潜ったところで利益を出せないんだぜ~~。
昨日もモンスターに不意打ちされまくって、無様を晒したんだぜ~~。
そもそもあんな浅い階層なんだから、疲れてるわけないだろ~~。
という、ひねくれた見方はできる。
しかし多少ひねくれた見方をしたぐらいでは、この劣等感はぬぐえない。
自分たちが今まで構築していた常識は時代遅れであり、間違っていたのではないかと思えてしまった。
「みんなよく頑張ったね。マーガリッティちゃんとリンゾウ君以外は動けなくなったし、そろそろ切り上げようか」
「う~~! 今日も一発も当てられなかったね! 悔しいね!」
「ええ……速度域が違う戦闘に適応できるよう魔法の組み立てを行ったのですが、それも対応しきられました。やはり私は未熟ですね」
「そんなことないよ! マーガリッティちゃんは凄いよ!」
他の弟子たちが疲れて動けない中、ジョンマンと同等のスタミナを得たマーガリッティやリンゾウはまだまだ元気である。
二人で談笑する余裕もあった。
「僕なんてもう、聖域魔法使ったら突っ立ってるだけだもん! 自分でも何やってるんだろう、って思ってたし!」
「そ、そうですか?」
「僕もマーガリッティちゃんみたいに色々魔法が使えるようになりたいな~~!」
(嫌味なのかしら……)
いろんな意味で、彼女は聖域魔法以外の魔法を覚える必要がないだろう。
他にもっと覚えるべきことがあるはずだし。
「昔からそう思ってたんだけど、お父さんもお母さんも『貴女は他の何もできなくていいから、聖域魔法の練習だけしなさい』って言ってたんだよ」
「それだけ凄い魔法ですからね」
「でもね、この間は『ここまでバカになるとは思っていなかった、教育を失敗した』って言ってたの!」
(なんで嬉しそうに言うの?)
「これってつまり、僕は他に魔法とかを覚えておけばよかったってことだよね?」
「違うと思います」
「そっか、マーガリッティちゃんはそう思うのか……じゃあ違うんだ。それじゃあどういう意味なんだろう……」
忠言を聞き入れ、自省できる女王リンゾウ。
なお、迷走し続けている模様。
「なあヂュース、コエモちゃんは強くなっただろ? 俺に任せて正解だっただろ?」
「ああ、まあな……」
汗もかいていないジョンマンは、ヂュースたちのいる場所に来て感想を求めた。
年単位で修行をつけているのだから、成果が無ければ不安だろうという当然の考えなのだが、ヂュースを含めて全員が暗い顔をしていた。
代表するのは、やはりヂュースである。
「なあ、ジョンマン。俺たちって、間違ってたのか?」
「は?」
「ダンジョンに潜らせるのなら、まず強くさせるべきだったのか?」
ダンジョンに潜ることが許されるのは、下積みを乗り越えた優秀な冒険者だけである。
その冒険者たちに対して十分なレクチャーをしても、何割かは死ぬか引退を余儀なくされる。
まさしくコエモ達が遭遇したトラブルが起きて犠牲者が出てしまうのだ。
今まではそれが普通だと思っていたし、仕方ないことだと割り切っていた。
文句があるのなら、死にたくないのなら、そもそもダンジョンに潜るなとさえ言っていた。
しかしジョンマンの方針である『まず強くなれ』の成果を見ると間違っていたのではないかと思えてくる。
すくなくとも最初の階層のモンスターを相手に余裕で殲滅できる程度には強くなっておくべきではないか。
そうなれば死亡率は大幅に減るのではないか。
そう思わずにいられないのだ。
「んなわけねえ」
「……あっそ」
どうやら違ったらしい。
「まず儲けられる力を得ろ、っていうのは現実的な話だろ? あの子たちが採算度外視で鍛えてられるのは、俺が無駄に金を持ってるからだ。他の理由はねえよ」
危険な想いをしてまで金を稼ぎたいと思っている者は、基本的に時間的にも経済的にも余裕がない。
一年準備すれば安全になるよと言われても、その一年後が保証されていない者が多いのだ。いずれなんて冗長な提案になど乗れまい。
「んでだ。仮に金と時間に余裕があったとして……あの子たちみたいに鍛える奴ばっかりか? そんなことないだろ? 結構前にクラーノちゃんが連れてきた冒険者の卵たちもそんなにやる気なかったぞ。俺たちの子供時代もそんなもんだっただろ」
「……それもそうだな」
人間は怠けやすい生き物だ。
働かなくてもいい時期、勉強するための時間を有効活用できる者は少ない。
ジョンマンもヂュースも、子供時代の贅沢な時間を粗末に扱っていた覚えがある。
儲けなければならない、というのは判断ミスを生みやすい。準備も不十分なまま、挑戦せざるを得ない時もある。
しかし同時に、最大のモチベーションにもなっている。むしろその理由がない状態では、人は動けないものだ。
「だから何度も言っているが、凄いのはあの子たちであって俺の教育方針じゃねえよ。あの子たちなら、俺以外の誰かの弟子になってもそれなりにはなっていたさ。というかマーガリッティちゃんとリンゾウ君は俺の元に来る前からそうだったしな」
ジョンマンは才能や適性をそこまで重く考えていない。
多少不向きであっても、必要な技能は習得するべきだという考えがあるからだ。
本人のやる気は重視している。
これが無ければ、どれだけ恵まれた環境でも大成しない。
逆にやる気さえあれば、ハンデを覆す例も多く見てきた。
「だからまあ……努力できる環境を整えることが大事、みんな頑張れるっていうのもきれいごとで絵空ごとだ。ダンジョンに潜る以上、死ぬ奴は死ぬ。っていうか大抵死ぬ」
どうやら世界最高の冒険者集団であっても『冒険は自己責任』であるらしい。
「死にたくないなら、ダンジョンに潜らなきゃいいだろ」
(結局そうなのか……)
この結論に救いはあるのかないのか。
やはり苦悶する、ダンジョン関係者であった。
ひとまず一区切りということで。