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格の違い

 ダンジョンの外部で待機している面々は、僅かに緊張感を高めていた。

 何事もなければ、そろそろ帰還するはずである。もしも戻ってこなければ、それはトラブルが発生したということだ。何も起きずにただ予定を変更して残っているのならば、それはそれでトラブルなのでやはり内部に突入しなければならない。


(もし万が一、彼女たちが暴走して……自主的にダンジョンの奥に突入しようとしているのなら、その時は俺が入って止めるしかない。万が一……いや、もっと低いよな)


 中でもジョンマンは、自分がダンジョンに入りたくないからという理由で、イヤな意味で緊張していた。

 自分が入らざるを得ない状況を想像するが、それはあり得ないと自分で否定する。


(落とし穴で下のフロアに落ちたとか、モンスターに浚われて奥に行くとか……その手のことは、ここでは起きないからな)


 もしもこのダンジョンにその可能性があるのなら、なんとしても別の場所に行っていただろう。

 自分の事情とは無関係に、深刻な事故が起こり得るのなら避けるのは当然だ。


「おいジョンマン、コエモ達はもう入ったのか?」

「ヂュースか……娘が心配になったのか?」

「悪いかよ!」

「いや悪くないけども……それならもっと早く来いよとは思う」

「コエモはお年頃だから、俺を嫌ってるんだよ!」

「それは微妙に関係ない気もするが……」


 杖を支えにしながらヂュースがダンジョンの入り口に近づいてきた。

 彼の妻であるフデェノ、長子であるトーラも同行している。

 三人とも、コエモが心配な様子であった。


「私も最初は気にしていなかったのですが、考えれば考えるほど悪い情報が頭をよぎって、どんどん心配になりいてもたってもいられず」

「初めてダンジョンに入った冒険者がそのまま行方不明なんて、本当によくある話なので」


「ご心配はごもっともです。確かにそういうものですからね」


 三人は冒険者に深くかかわっている。ダンジョンに初めて入る時の未帰還率をよくわかっている。

 コエモが無事に帰ってくるか、心配で仕方ないのだろう。


「あの、失礼ですが。もしやこのダンジョンを初めて踏破したというSSSSランク冒険者のヂュースさんでしょうか?」

「ん、おお……まあ、引退しているけどな」

「お会いできて光栄です! 是非握手を!」

「お、おお! いいぞ、握手してやる! このSSSSランク冒険者自らな!」


「あの人たちも、別の街でベテランの冒険者なのに、お父さんにはへこへこするんだね。やっぱりそれだけ初踏破は凄いのかな。でもそれを言うなら、ジョンマンさんの方がすごいはずだけど……」

「多分だけど……ジョンマンさんの場合は凄すぎて、別ジャンルの存在だと思っているのかもしれないわ」


(まあそうかもな……)


 待機しているベテラン冒険者たちは、ヂュースへ握手を求めている。

 彼がSSSSランク冒険者を名乗っていたことも笑っていない。むしろ実績にふさわしい称号だと思っているのかもしれない。

 彼らの顔は、真剣そのもの。ジョンマンよりもヂュースを尊敬しているようだった。

 ジョンマンの場合はスケールが違い過ぎて、目指すべき存在だと思えないのだろう。

 

 そうした穏やかな雰囲気のなかで、ダンジョン内部から異変が生じた。

 半透明の結界が広がり、ジョンマンたちさえ包み込んだのである。

 これにはベテラン冒険者たちも目を見開くが、ジョンマンがやんわり説明した。


「これは弟子のひとりであるリンゾウ君ちゃんによる聖域魔法。敵味方を識別してそれぞれへ効果を及ぼす、伝説級の超高等魔法です。コレを発動させたということは、もうそろそろ帰ってくるはずですね」


 この国の冒険者からすれば、魔法を眼にすること自体稀である。

 ましてその中でも超高等とされる聖域魔法など、存在すら知らなかった。

 未知の体験に身構える者たちの耳には、多くの『モンスターの断末魔』が入ってくる。

 一体や二体ではない、大量のモンスターが殲滅されていく音が入り口から響いてくる。


 聖域に存在するモンスターは、罰を受けて当然なのだ。

 なお、ここはモンスターの住処であり、勝手に聖域を展開しただけの模様。


 なまじ『攻撃力』自体はそこまでではないので、ながく断末魔が響いていた。

 その後の静寂により、近づいてくる足音が強調されることになる。


「あ、お父さんにお母さん、お姉ちゃんまで! なんでいるの!? 恥ずかしいじゃん!」


 大きめのモンスターの死体をいくつも引きずって歩いてくるコエモを先頭に、ジョンマンの弟子とチョクシンがダンジョンから生還した。

 なお、チョクシンの顔はすっかり青ざめている模様。


「……お前が心配だったからだよ。まあ、心配はいらなかったみたいだけどな」


 ヂュースは呆れた顔で、コエモが引きずっているモンスターの死体を見た。

 どれも現役時代のヂュースをして、簡単には倒せないモンスターだったはずだが、全身が粉々にされている。

 もしかしたらコエモが倒したというわけではないかもしれないが、一体一体が人間ほどの大きさで、それを何体も引きずっているだけでも彼女の筋力が分かるというものだろう。


「あ、そうだ。ねえお姉ちゃん、私が倒したモンスターなんだけどさ、コレ売り物になる?」

「こんなの売れるわけないでしょうが! そもそもダンジョン内を引きずり回したものを、ギルドに引き渡さないで!」

「そうだよねえ……一応持ってきたけど、売れないよねえ……」


 コエモが持ち帰ったモンスターの死体は、売れればそれなりの値段になるはずだった。

 しかしそれは『危険なモンスターなので討伐すること自体に価値がある』とかではない。モンスターの部位がなにがしかの価値を持っているのだ。

 部位がダメになっていたら売れないし、全身がぐしゃぐしゃになっていたら鑑定もしてもらえない。


 コエモもそれはわかっていたので、ダメ元で持って帰ってきただけなのだ。


「そういうのはわかってても、いざモンスターと向き合ったら余裕がなくてさあ。売れるように倒すことができなかったよ。やっぱりお父さんってすごいんだね」

「お、おう……」

 

 コエモは実父の偉大さを実感したので、素直に尊敬の言葉を口にした。

 実際、実益を出していたのはヂュースであり、冒険者として優秀なのは明らかだ。

 コエモがどれだけ強かったとしても、どれだけモンスターを倒しても、利益を出せていないので失敗もいいところである。


「チョクシン殿。この度は同行して下さり、ありがとうございました。私の弟子はいかがだったでしょうか」

「え、ええ……。戦闘能力に関しては私どもよりずっと上でしょう。戦術も知識がありましたし、手札の数も申し分ない。とはいえ、とはいえ……とはいえ、冒険者としてはビギナーもいいところです、ね。雑魚から奇襲を受けて、パニックになることもしばしばでした。まだまだ、安心は……安心はできないです、ね」


 チョクシンの言葉は、いろいろな意味で想定内だった。

 同じように初心者へ同行するときは、大抵この言葉を言うからだ。

 もちろんこの仕事を受けるときもこう評価することになると思っていたし、実際もその通りだった。


(なんでこの子たちはわざわざ冒険者の技を習得しようとしているんだ? それぞれの道で食って行けばいいだろうに……)


 チョクシンをはじめとするこの国の冒険者基準で言えば……。


 戦闘能力 レベルマックス

 冒険能力 レベル1


 ぐらいのいびつさである。

 戦闘能力は十分高いのだから、それで十分仕事ができるだろうに。


 これ以上の高みを目指す理由が、彼らにはわからなかった。


 特に、リンゾウである。

 今も聖域魔法を維持している彼女は、まったく疲れない様子で背伸びをしている。


「う~~ん、結局モンスターを見つけられなかったな~~! 次は絶対見つけてみせるぞ~~!」


 有効範囲内の敵だけを攻撃する。

 有効範囲そのものが広い。

 攻撃力もかなり高い。


 素人でも理解できる超高等魔法である。

 有効範囲内の敵を殲滅できる魔法使いが、なぜわざわざ視界内の敵を発見できるスキルを習得しようとするのか。その熱意はどこから来るのか。


「今度は絶対襲われないようにするよ!」

「そ、そうですね……頑張ってください」

「うん!」

「それでその……もう聖域魔法を収めていいのでは?」

「それもそうだね! 出しっぱなしになってたよ!」


 バカだから覚える必要がないことに気付いてないのである。

 聖域魔法を維持していることを忘れていたことが、その証明であった。


「あの、ジョンマンさん。よろしいですか? あの聖域魔法とやらを使っているリンゾウさんは、長時間維持していても疲れていないようです。あれだけ高等であっても、負担は軽いのですか?」

「彼女はその道の天才、というか専門家です。先天的に適性が高く、その練習だけしていたのでしょう。だからこそ慣れている。慣れていることの負担が軽くなるのは、魔法も同じですからね。そして今の彼女は、竜宮の秘法を習得している。スキルを発動させなくても、長時間の維持は可能でしょう」


 見るからに超高等な魔法を発動させていたにもかかわらず、リンゾウは疲れていない。

 発動させていることを忘れるほど疲れていないのだ。

 疑問を覚えたフデェノに明かされた情報は、なんとも残酷である。

 それは負担すらも軽い、というご都合主義によるものではない。

 彼女が天才だからであり、修練の成果でもあった。


(世界は広いわね……才能が有って、それを鍛えている人がいる。その差は残酷よ)


 母親であるフデェノは、無邪気なコエモを心配そうに見ていた。


(あなたはわかっているの? いえ、わかっていないでしょうね。世界に出るということは、こういう人たちと張り合うということ。どれだけ最善を尽くし力を積み重ねても、どうしようもない差がある)


 コエモに才能はない。

 この街で生きていく分には過剰なほどの強さも、世界では田舎の大将でしかない。

 ヂュースはそれをわかっていたが、彼女はそれをわかっているように見えない。


(アナタはやはり、ここに残るべきだわ)


 フデェノがコエモを心配そうに見ているが、ジョンマンはそれに気付いていなかった。

 彼はダンジョンの入り口、まだ閉めていない鉄扉を見ていた。

 ヂュースはそれに気づき、自分もまたそちらを向く。


「あ……!」


 彼は思わずうめき声を漏らした。


「扉を閉めろ! 早く! い、いや、待て! 逃げろ! とにかく逃げろ!」


 彼の言葉に反応したのは、ベテランたちである。

 彼が見ているもの、ダンジョンの入り口を見た。まったく同じ反応をして焦燥する。


「ブッコミウサギ!? バカな、このダンジョンでは深層にしかいないはず!」

「聖域魔法が深層にも届いていたのか!? だから刺激されて、こんなところまで……!」

「ヤバい、ヤバいぞ!」


 ダンジョンの入り口に座り込んでいたのは、小さな兎であった。

 ホラアナオオカミと比べて、危険とはとても思えない小ささだ。


 しかし、その危険度はこのダンジョンでも屈指。

 尋常ではない速さで動くことができ、強力な顎と鋭い牙で金属製の鎧ごと人体を貫く。

 仮にこのモンスターを討伐する際は特殊な薬品煙幕で動きを封じるか、専用の捕獲罠を用いなければならない。


 狩りの準備をしていれば脅威ではないが、不意に接敵した場合の死亡率が非常に高いモンスターである。


 びゅ、と風を切る音とともに、トーラの元へ飛び込んでいくブッコミウサギ。

 トーラはその動きを見切ることなどできず、仕留められそうになっていた。


「おっとっと」


 ブッコミウサギをはるかに越える速度で動いたジョンマンが、ブッコミウサギの体を空中でとらえていた。うっかりすれば握りつぶすこともあったかもしれないが、原形をとどめつつ、殺さないように確保している。


「扉を閉めるように言わなかったのは俺のミスだったね、ごめんごめん」

「あ、あ……あ……」


 すぐ目の前にはジョンマンがいて、暴れているブッコミウサギを掴んでいる。

 自分が死ぬところだと理解した彼女は、腰を抜かしていた。


「さて、このブッコミウサギは早いし力もあるが、頑丈ではないんだ。だから高く売るには、いろいろとコツがある。力を籠めすぎないように摑んだら、心臓のあたりを指で強く押す」


 もがいていたブッコミウサギを掴んだままひっくり返して、胸を上に向けるジョンマン。

 そのままブッコミウサギの心臓の上を、人差し指で強く押しこんだ。


 それまで暴れていたブッコミウサギは、びくびくと痙攣して抵抗できなくなっていた。

 心臓のリズムが乱れ、呼吸もままならない様子である。


「こうすると簡単に生け捕りにできるし、高く売れるんだよ。とはいえ一体だけじゃ見本にならない。残りも全部やって見せよう、よく見ているんだよ?」


 彼が言い終わるや否や、ダンジョンの奥から多くのブッコミウサギが突っ込んでくる。

 どうやらダンジョンの深層から飛び出てきたのは、一体だけではなかったようだ。

 ジョンマンはそれらをしっかりと視認しつつ、飛び込んでくるすべてのウサギの心臓を空中で止めていった。

 その場の全員を皆殺しにできたであろう群れは、空中で痙攣し、そのまま地に落ちて動かなくなる。


「慣れればこの通り、固定しなくても生け捕りにできる。なあに、見た目よりは簡単さ。才能がない俺でも、スキルを使用せずにできるぐらいなんだからな」

「すごい……凄い! 流石ジョンマンさん!」


 コエモをはじめとしたジョンマンの弟子たちは大喜びだが、他の者はそうもいかない。


 圧倒的な戦闘能力と冒険能力を併せ持つ、ヂュースを含めたベテランたちの完全上位互換。

 世界最高の冒険者、アリババ40人隊のメンバー。


(わかっていないのは私だった、才能がなくても冒険を成し遂げている。この人こそ、コエモの目標)


 夢を求めないものからすれば尊敬する気さえ失せる、世界の違う冒険者だった。

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