<< 前へ次へ >>  更新
99/133

ノイエ・ヴェジア城にて(3)

…………………


「アラクネアの女王」


 ゲオルギウスとの散歩から帰って暫くするとまた私を呼ぶ声がする。


「今度は何だ?」

「何だとは何だ。お前は自分が置かれた立場が分かっているのか」


 やってきたのはベルトルトという痩せたおじさんだ。こいつは嫌い。


「で、何の用だと聞いている」

「夕食だ。陛下が同席することをゆるされた。きたまえ」


 夕食か。


 私はテーブルマナーなんてしらないけど大丈夫だろうか。


「私はひとりで食べたい」

「自分を何様だと思っている。皇帝陛下がお招きしたのだぞ」


 ちっ。あの嫌味な男と夕食なんて飯がまずくなる。


「ゲオルギウスは来るのか?」


 私はせめてもと思ってそう尋ねた。


「ゲオルギウスが必要なのか?」

「沈黙と睨み合いで飯どころじゃなくなるのがお望みでなければ」


 ゲオルギウスがいてくれれば喋るネタのひとつふたつは出してくれるだろう。


「いいだろう。ゲオルギウスにも来るように告げておこう」

「頼むぞ」


 私の言葉にベルトルトが兵士に何事かを告げ、私に手招きした。


 さて、では夕食に向かうか。


 気は進まないが、な。


 私とベルトルトは無言で私と共にノイエ・ヴェジア城を進む。


 ノイエ・ヴェジア城の人通りは少なく、僅かな使用人と近衛兵がいるだけだ。他の大臣などもいるはずなのだろうが、今日は姿が見えない。


 私がそんなことを考えていたとき、不意にベルトルトが立ち止まった。


「ここが食堂だ。くれぐれも失礼がないように」


 ベルトルトはそう告げると扉を開き、私に中に入れというように目で合図した。


 ここでいちいち駄々をこねてもしょうがないので私は素直に食堂と呼ばれた部屋に足を踏み入れる。そして、驚いた。


 ノイエ・ヴェジア城の内部はどこも壮麗だったが、食堂は極めて壮麗だ。これまでの皇帝の肖像画が並び、シャンデリアがうっすらと室内を照らし、実に幻想的な光景を構築していた。


「来たか、アラクネアの女王」


 だが、その幻想的な光景もひとりのリアルな男のせいで台無しだ。


 マクシミリアンは既に椅子に座っており、挑戦的な視線を私の方に向けてきていた。相変わらず嫌になってくる態度だ。


「ゲオルギウスは?」

「もうすぐ来る。あれが気に入ったか?」


 私が手近な椅子に座って問いかけるのに、マクシミリアンが小さく笑ってそう尋ねてきた。


「あれはどこかの誰かと違って好感が持てるからな。どこかの火事場泥棒にして、エルフの村を焼き払った人間と違ってな」


 私はそう言ってやると、視線をマクシミリアンから外した。


「ゲオルギウスがお前にとって完全に無害というわけではないだろう? あれがお前をここまで連行してきたのだぞ。お前が忌み嫌う私の下へとな。それは気にしないのか?」

「その後の対応が違う」


 マクシミリアンが厭味ったらしくそう告げるが私はそう告げて返しておいた。


「そういえば今日は城内を案内してもらったらしいな。面白いものは見つかったか?」

「逃げられそうな場所を6か所ほど見つけた」


 実際は逃げ場なんてどこにもなかったけど、そう言っておく。


「ほうほう。それは面白い。逃げられるものならば逃げてみるといい」


 マクシミリアンの方は私の言葉がはったりだと理解しているのかまるで相手にしていない。


「その言葉、後悔するなよ?」


 私は逃げると決めたら本当に逃げ出すぞ。


「よう。アラクネアの女王」


 私とマクシミリアンがそんな会話をしていたときにゲオルギウスがやってきた。


「俺に挨拶はなしか、ゲオルギウス」

「あんたにはいつも皇帝陛下万歳って言ってるだろう。それでいいだろうが」


 実際にゲオルギウスが皇帝陛下万歳などと言っているかは疑問だな。


「それで、私から何の話が聞きたいんだ?」

「ふむ。率直に尋ねよう。アラクネアは陣営そのものが丸ごと残っているのか?」


 陣営が丸ごと残っている? 奇妙な言い回しだな。


「それはまるでお前たちには欠けている部分があるような言い方だな」


「我々は完璧だ。だが、フランツ教皇国はマリアンヌの遺産を“熾天使メタトロン”しか継承していなかった。天使を生み出すためのものを有していなかった。だが、我々は話が違う。だろう?」


 確かにフランツ教皇国は“熾天使メタトロン”以外のマリアンヌのユニットを使ってこなかった。それが何故かは私には分からなかったが、彼らがマリアンヌの“遺産”を一部しか継承しなかったという発想はなかった。


 かつて、この世界にはマリアンヌやグレゴリアといった陣営があって、それが滅んでから新しい世界が作られた。熾天使メタトロンや竜殺しのゲオルギウスはその名残。ニルナール帝国は多くを引き継いだがために、リントヴルムやワイバーンを生産できる、と。


 そうなるとアラクネアはどうなのだろうか。


 アラクネアは全てが完璧な状態で残されていた。女王である私とスワームたち、受胎炉や動力器官という設備の全てがあの洞窟にはあった。


 私だけがイレギュラーなのかと思っていたが、過去にもイレギュラーがいたということだろうか。その陣営を率いていたものたちはどうなったのだろうか。


「お前、考え込むと本当に静かになるよな」


 私がそんなことを考えていたときにゲオルギウスが小さく笑いながらそう告げた。


「悪かったな。だが、非常に気になる点ではあるんだ。誰がここに別世界のものを持ち込んだのかについて、な……」


 そこで私は思いついた。


 ──ですが、いずれあなたの魂を救ってみせます。あなたが悪魔の描いた檻の中に閉じ込められてしまう前に。


 サンダルフォンはああ言っていた。これは悪魔が作った世界なのだろうか。あのサマエルという悪魔は過去にも人を拉致してきて、ここでゲームをプレイすることを強いていたのだろうか。


 分からない。情報が少なすぎる。


「その様子だとアラクネアは他の陣営とはことなっているようだな。これまでに完全な遺産の相続が確認されたケースは我らがニルナール帝国とネクロファージだけだったのだが。ここに来て新しいプレイヤーが加わるか」


 ネクロファージだって?


「ネクロファージがいるのか?」

「いる。この大陸ではなく、新大陸にな。今もポートリオ共和国と神聖オーグスト帝国を脅かしているはずだ。そうだろう、ゲオルギウス?」


 ネクロファージ。死霊術師に率いられた死者の軍勢。私が苦手とする陣営。


 ユニットの種類は多彩でバランスがとれており、アラクネアの初期ラッシュをはじき返すことができる初級ユニットを有する。その他、アラクネアと競合する“捕食”の能力を有しており、アラクネア並みにユニット数が増える。


 放っておくと大軍勢が出来上がっており、それが攻撃を仕掛けてきた日には悪夢を見ることになる。だから、私はネクロファージが苦手であった。他の陣営なら攻略方法をほとんど見つけたが、ネクロファージだけは相性が悪い。


「ネクロファージはお前たちと交戦状態にあるのか?」

「今はまだない。だが、時間の問題だな。新大陸にしがみ付いているポートリオ共和国と神聖オーグスト帝国が敗れれば奴らは海を渡るだろう」


 最低の状況だな。ネクロファージの相手を、しかも育ち切ったネクロファージの相手をしなければならないとは。


「アラクネア。お前たちも似たような存在だぞ。ネクロファージのように増え続け、大陸を飲み込まんとする怪物だ。そして、怪物は討伐されなければならない。だろう?」


「お断りだ。我々はそう簡単に討伐されるつもりはない。ニルナール帝国よりずっとましな帝国として君臨してやるとも」


 マクシミリアンが告げるのに私が彼を睨んだ。


 誰がネクロファージと一緒だ。私たちのスワームは体が腐りかけたネクロファージのユニットたちとはまるで異なる。スワームには愛嬌があるが、ネクロファージにはそれがない。一緒にされるのは不愉快だ。


「ハハッ。我々に代わる帝国になるとはな。それが可能だと思うか、ゲオルギウス?」

「案外やるかもしれないぞ。この女王陛下は素質がある」


 マクシミリアンが笑うのに、ゲオルギウスが真剣な表情でそう返した。


「ほう。素質とは?」


「リントヴルムを80体も屠られて分からねーか? あのリントヴルムを80体も投入して全滅だぞ。どういう魔法を使ったのかは知らないが。このお嬢さんには間違いなく軍師としての才能はあるだろう。部下からも慕われているしな。どこぞの誰かと違って」


 なかなかいいことを言うなゲオルギウス。そうだ。私には人望があるぞ。自分の部下に小ばかにされている皇帝とは違ってな。


「お前がそこまで言うのならば特別なのだろう。ならば、なおさら返すわけにはいかんな。お前のような頭の回るものが化け物の軍勢を従えているとなれば、それは大陸の全てにとっては脅威だ」


「おや。それはこっちのセリフだ。馬鹿な皇帝が持て余した力で大陸を混乱に陥れるのならば、刈り取ってやるのが筋というものだろう」


 私は帰るんだ。セリニアンたちの下に。


「大層仲がいいことで。見ていて飽きないな」


 ゲオルギウスは他人事のようにそう告げてワインを飲み干す。


「いずれにせよ、我々はアラクネアを滅ぼすぞ。アラクネアは滅んだあとは、お前の態度次第では貴賓として扱ってやろう。ゲオルギウスがご執心のようだからな」

「おい。誰が誰にご執心だって?」


 マクシミリアンの言葉にゲオルギウスが噛みつくが、マクシミリアンは知らぬ顔をして配膳された前菜に手を伸ばしていた。


「ひとつ聞こう、アラクネアの女王。どうすれば貴様らは止まる?」


 そして、マクシミリアンは私にそう尋ねてきた。


「止まらない。女王である私を殺してもスワームたちは本能に従って拡大を続けるだろう。侵略と略奪はアラクネアの本能なのだ。私ひとりと人質に取ったところでそれが止まるなどとは思わないことだ」


 私は前菜に口をつけながらそう告げた。


「やけに自分の死が無意味であると主張するな。それには何か裏がありそうだ」

「裏などないさ。もし、私を殺して戦争が終わると思うなら殺してみるといい。スワームの濁流が全てを押し流すぞ。そちらの防衛体制は万全か?」


 私はアラクネアの核だ。私を失ったスワームは本能のままに拡大することを求めるだろう。ニルナール帝国を滅ぼし、東部商業連合を滅ぼし、次に新大陸に手を伸ばして全てを貪るだろう。


 私がいなくともセリニアンやライサ、ローランといった指揮官もいる。そう簡単に負けはしないはずだ。


「つまりお前は人質としての価値はなしか」

「ないな。こうして皇帝陛下にぐだぐだと文句を言う程度の価値しかない」


 つまらなそうにマクシミリアンが告げるのに、私は笑ってやった。


「そうでもないだろう? お前の忠臣はお前のことを見捨てるような女には見えなかったな。何があっても取り戻しに来ると思うぜ、俺はな」


 ここでゲオルギウスが余計なことを言う。


「ほう。それは面白いな。ならば、人質としての価値はありそうだ」


「いや。俺としてはメリットよりデメリットの方が上回っていると思うぞ。こいつの部下たちは狂信者のようなものだ。こうしてさらっただけでも十二分に相手を刺激したのに、傷つけようものなら怒り狂って攻め込んでくるだろう」


 まあ、ゲオルギウスが言っていることに間違いはない。


 セリニアンたちは私のことを盲信してくれている。私に何かあれば絶対に許さないだろう。怒り狂った彼らが何をするのか想像もできない。恐らく、今ある資源全てを使ってスワームを量産し、力任せにニルナール帝国に攻め入るだろう。


「正直なところ、今のこの国の軍備はがたがたになりつつあるだろう。余計な問題は抱え込まない方がいいぞ。死にたくなければな」


 おや。天下のニルナール帝国もそろそろ弾切れか?


「余計なことをいうな、ゲオルギウス。今、リントヴルムの再生産に入っている。来月までには纏まった数のリントヴルムが揃うだろう。そして、こちらにはアラクネアにはない航空戦力が存在してることを忘れるな」


 ちっ。リントヴルムはまだいるのか。


 そして、ワイバーン。私たちに航空戦力がないのに、相手には火力の高い航空戦力が存在している。それが問題だった。こちらも航空戦力が皆無というわけではないが、ワイバーンと比べると些か頼りないのだ。


「アラクネアでは我々には勝てん。それは間違いない」

「そう分かっているのに、わざわざ私を拉致してきたのか?」


 マクシミリアンが断言するのに、私がそう言ってやった。


「何、アラクネアの考えという奴を知りたくてな。何を考えて侵略を続けたのか、何を考えて我々と敵対しているか、何を考えてこれから動くつもりなのか」


 マクシミリアンはそう告げると、メインディッシュのステーキに手を付ける。


「何故、アラクネアはマルーク王国を滅ぼした?」


 マクシミリアンはそう問いかける。


「奴らが私たちの大事な人々を殺したからだ。奴らはお前たちと同じようにエルフの森を襲い、若いエルフの少年を殺した。だから、その報復に私はマルーク王国を滅ぼした。それだけの話だ」


 私はマルーク王国をどうしてあそこまで速やかに滅ぼしたのか、自分でも理解しがたい点がいくつかあった。それはスワームの集合意識に私が飲まれかかっているからだろうか。そうやって集合意識のせいにしていいものなのだろうか。


「シュトラウト公国は?」


「あの国とは同盟を結ぶはずだった。それを間抜けな貴族が台無しにした。だから戦争になった。そして、その間抜けな貴族が国内で散々好き勝手やってくれたがために、あの国は荒れ果てた」


 シュトラウト公国の問題は地理的な要因もある。シュトラウト公国が落ちれば、マルーク王国が危機にさらされる可能性があった。結局のところ、マルーク王国はテメール川を渡河したニルナール帝国軍に奪われてしまったものの。


「フランツ教皇国は?」

「あれは向こうから仕掛けてきた戦争だ。我々を勝手に大陸の敵と認定し、光の神とかいう胡散臭い神様を掲げて攻め込んできた。だから殲滅した。それだけの話だ」


 フランツ教皇国は早期に敵に回っていた。あの国との戦争は避けられなかった。


「ふむ。お前たちの侵略にはちゃんとした理由があるように思える。報復、外交、防衛。本能から侵略を欲するという種族としては些かそれはおかしなことだとは思わなかったのか?」


 確かにアラクネアはまだ純粋な本能で侵略に手を染めてはいない。


「私が辛うじてブレーキになっているのだろう。その私の理性も貴様らの蛮行を前にしては利かなくなるがな」


 このマクシミリアンという男の命令でエルフの森のエルフたちは殺された。もっというならば東部商業連合に攻め込み、賑やかなハルハの街を焼いたのもこの男の命令だ。いい加減にキレてしまいそうだ。


「面白い。本気になったアラクネアとやらがどこまでできるか見てみたいものだな」


 マクシミリアンは残虐な笑みを浮かべてそう告げる。


「そのときはお前たちは地獄を見るだろう」


 私はそう告げて、デザートを要求した。


…………………

<< 前へ次へ >>目次  更新