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ノイエ・ヴェジア城にて(2)

…………………


 ノイエ・ヴェジア城で私が置かれた部屋はそれなりだった。


 ベッドはふかふかでシーツはパリッとしており、寝心地は最高だった。だが、窓には鉄格子が嵌められており、扉にはニルナール帝国軍の兵士が監視している。心から安らぐには遠い場所だ。


「セリニアン。そっちはどうなっている?」


 私は集合意識を通じてセリニアンに話しかける。


『エルフの森に入り込んだニルナール帝国軍の兵士たちは皆殺しにしました。斥候のリッパースワームの情報では、敵はこれ以上エルフの森を攻撃しようとは考えていないようです。女王陛下はご無事ですか?』


 セリニアンは焦った様子でそう告げてくる。


「私は平気だ。持て成されてるよ。今もふかふかのベッドに横たわってるところだ」

『そうですか。安心しました。ですが、早期に脱出計画を練ります。そしてなるべく早くそこから脱出を』


 私が告げるのに、セリニアンがそう告げて返す。


「セリニアン。焦るな。脱出の段取りは私の方でも考えておく。それに従ってくれ。私は君を失いたくないんだ、セリニアン。戦うならば万全の状況で、誰もが生き延びられるようにしておきたい」


 とはいえど犠牲はあるだろう。それがセリニアンでないことを祈りたい。


「この城は堅牢だ。そう簡単には突破できないだろう。私の方でどうにかして隙を作れればいいんだが」


『何があろうと女王陛下は必ず救出します。ご安心を。このセリニアンが命を懸けて、女王陛下を救出いたします故』


 命は賭けて欲しくはないな。


「では、状況が分かり次第、攻略作戦を知らせる。それまでは私の意識を覗いて、この城の隙を探ってくれ。私では気付かないこともあるかもしれない。遠慮せずに私が見たもの全てを見て、助言してくれ」


『畏まりました、女王陛下。お言葉のままに』


 騎士であるセリニアンの目から見れば、素人の私からは分からないことも分かるかもしれない。今はそれに期待するより他あるまいさ。私は城から脱出する達人ではないんだ。牢屋破りの経験者でもない。


「アラクネアの女王」


 セリニアンと交わしているとき扉がノックされる音がした。


「セリニアン。客が来た。また後で連絡する」


 私はそう告げると、扉の方に向かった。


「よう。グレビレア。今、暇だろう? 話さないか?」

「お前か、ゲオルギウス」


 やってきたのはゲオルギウスだった。


「何の用だ?」

「この城を案内してやろうと思ってな。どうせ脱出の算段でも立ててるんだろう?」


 私が尋ねるのに、ゲオルギウスはそう返す。


 意外に勘がいいなこの男。


「なら、案内してもらおうか。脱出できる場所を教えてくれれば幸いだ」

「生憎だが、それはできないな。自分で見つけてくれ」


 私が肩を竦め、ゲオルギウスは楽し気に笑った。


「まず、この部屋は先代の皇帝フリードリヒの皇后が閉じ込められていた場所だ。先代の皇后は頭がおかしくてな。よく分からないうわ言を喚くものだから、フリードリヒに毛嫌いされて、この部屋に閉じ込められていたのさ」


「そんな部屋に閉じ込められて幸いだな」


 先代の皇后は精神の病だったのだろう。


「じゃあ、少し歩こうか。ここは辛気臭くてしょうがない」


 ゲオルギウスはそう告げ、私を引き連れてノイエ・ヴェジア城を歩き始めた。


「ここは中庭。昔はいろいろと草花が植えてあってお嬢様方が喜んでたんだが、今じゃ兵士の訓練場だ。マクシミリアンって男はご婦人を喜ばせようって気が欠片もないらしい。あれは結婚しても長くは続かんだろう」


 ゲオルギウスは自分の主君だろうマクシミリアンに対してもあけすけだ。


「そういう君は結婚したことはあるのか?」

「考えたことはある。考えたことはな」


 私が知っているゲオルギウスは恋する相手などいなかった。恋や愛情になど目もくれず、ひたすらに竜を憎み、殺し続けてきた男だ。


 その男も異世界に来て転機を迎えたか?


 そういえばセリニアンも好きな男とかいるのだろうか。彼女のことだからいないだろうな。ライサは……リナトを失った悲しみから抜け出して、新しい恋を探してくれるといいんだけどな。


「そういうあんたは恋人のひとりでもいるのか?」


 と、私がそんなことを考えていたらゲオルギウスがにやにやしながら尋ねてきた。


「必要ない」

「必要ないってか。お子様には早い話題だったか」


 本当に腹が立つな、この親父。


「じゃあ、お前が結婚を考えた相手ってのは誰だ? 言ってみろ。どうせはったりを噛ましただけなんだろう?」


 私は意地悪をされたのでやり返すことにした。


「カティアだ」

「え?」


 意外な言葉に私は口が固まった。


「カティアが16歳になったら結婚しようと約束していた。その約束をした次の日にカティアは戦死した。妹みたいな容姿の奴に惚れるなんておかしいと思うだろうが、俺とカティアに血の繋がりはない。結婚は問題なかったはずだ」


「そうだったのか……。すまない。私が無神経だった」


 そうか。恋人でもあったのか。肉親と恋人の両方を同時に失うとは。英雄っていうのは悲劇に巻き込まれることが多々あるが、それにしたってこれは酷い。


「気にするな。俺はもう吹っ切れた。カティアは丁重に弔ってやった。起きてからは墓に行ってあいつが大好きだったデイジーの花を添えてやったぜ。だから、俺はもうくよくよ女の腐った奴みたいに過去を引き摺ったりしない。決別した」


「強い男だな、お前は。普通はそうはいかないぞ」


 やなやつかと思ったら、意外にいい奴なのかもしれない。


「アラクネアの女王グレビレア。ここから自由になりたいか?」

「それはもちろん」


 当たり前だ。セリニアンたちは心配しているのにいつまでもここにいられるか。


「なら、俺の手を取れ。アラクネアもニルナール帝国も関係ない場所に連れていってやる。正直、疲れてるんだろう。女王って奴をやるのにな」


 その言葉に私は躊躇った。躊躇ってしまった。


 私はアラクネアの女王だ。だけど、なりたくてなったわけじゃない。いつの間にか押し付けられていたんだ。女王になってから人の生死を次々に決めていった。大量殺戮もやった。拷問もした。


 そうするたびに元の世界に戻れなくなるような気がしているのに。


 だけれど──。


「ダメだ。私はアラクネアに責任がある。放り出していいものじゃない。それに私の帰りを待っているものがいるからな」

「あの忠臣か。あれだけ慕われていれば無下には出来ないか」


 セリニアン、ライサ、ローラン、スワームたち。


 皆私のことを信じてきてここまで来たんだ。それを投げ出して自分だけ逃げていいわけがない。義務を果たさなければ。


「湿っぽい話になっちまったし、今日の散歩はここら辺にしとこう。部屋までは自分で帰れるな」


「私が逃げるとは考えないのか」


「お前は賢い女だ。俺の監視の目が外れたぐらいで逃げられるとは思ってないだろ?」


 実際にここで逃げられるはずがない。城門も閉ざされているのに。


「んじゃ、また今度な。今度はもっと楽しい場所を紹介してやるよ」

「期待しないで待っておく」


 ゲオルギウス、か。グレゴリアンの英雄ユニットなのに皇帝への忠誠心のない男。


 案外、面白い奴なのかもな。


 けれど、私たちは奴を殺さなければならない。敵であるがために。


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