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エルフの森の戦い(3)

…………………


 敵のリントヴルム80体。全滅。


 リントヴルムさえいなければ、残るは雑魚ばかりだ。


 重装歩兵だろうとジェノサイドスワームの牙は止められれない。重装歩兵だろうとケミカルスワームの毒針は止められない。どうあっても奴らは死ぬべき定めにあるというわけだ。


「ジェノサイドスワームとポイズン、ケミカルスワームは両サイドから一斉に仕掛けろ。そして退路を断っておけ。この場からひとりも逃がすな。どいつがバウムフッター村で好き放題やってくれた奴か分からないんだからな」


 私はエルフの森に侵攻してきた連中を生きて返すつもりはない。


 奴らはこの森で散々好き勝手にやってくれたわけだから報いは受けさせなければなエルフたちが崇める木々を踏み倒したことは100歩譲って許そう。だが、戦闘には無関係のバウムフッター村の住民を皆殺しにしたのは許さない。


 ジェノサイドスワーム、ポイズンスワーム、ケイカルスワームの3種のスワームたちは森の中を駆け抜けていき、敵の隊列の後方にまで達する。


 ニルナール帝国軍の兵士たちはといえば、先行したリントヴルムの足音が止まったことを怪訝に思い、隊列を止めていた。斥候を出すか、それとも出さないかで将校と参謀が意見を交わしており、斥候を出すことが決められつつあった。


「任せたぞ。向こうの様子を探ってきてくれ」


 将校がそう告げるのがジェノサイドスワームの感覚越しに聞こえた。


「斥候が出るぞ!」


 馬に跨った斥候が、大地をかけ、リントヴルムたちが踏み荒らした地面を駆け抜け、私たちの方に飛び込もうとしていた。


「ライサ。やれ」

「了解」


 私が命じるのにライサが弓矢を放った。


 ライサの放った弓矢は斥候の頭を貫き、斥候は血飛沫を巻き上げると、馬から転がり落ち、地面で痙攣するだけになった。


 そして、これが合図となってスワームたちの一斉攻撃が開始された。


 両脇からスワームたちが毒針と飛ばして毒針の雨を降らせ、ジェノサイドスワームが躍り出て兵士や馬に食らいつく。


 兵士たちは必死になって応戦しようとしたが、いかんせんゲームの世界とは異なる。ゲームの中では重装歩兵は一定のタフネスを持ち、かつ攻撃力もあった。だが、現実の重装歩兵は動きが鈍く、急所をやられれば一撃で倒れ、恐怖から逃げ出そうとする。


 これはゲームではない。現実の戦争だ。


 そう私に訴えかけてくるような光景だった。


 そして、兵士たちが半数以上倒れたときだった。


 兵士たちはそれぞれが円陣を組んで身を守っている。ハルバードを360度の方向に突き出し、ジェノサイドスワームの接近を阻止し、撃破している。だが、毒針を相手にしては手がないも同然だった。


 そのような状況で戦況を変えかねないものが現れた。


「上空にワイバーン!」


 セリニアンが叫び、私が空を見る。


 ワイバーンだ。ワイバーンの編隊がこの激戦地を目指して飛んできている。それも100体は軽く超える規模だ。これはよくない。これは不味い。


 ワイバーンたちは急降下すると、毒針を放っているスワームたちの潜む森に向けて火炎放射を浴びせた。木々が遮蔽物となり、一部は当たらなかったが、火炎放射を受けたポイズン、ケミカルスワームたちが焼け、彼らは生きたまま焼けながら息絶える。


 スワームたちが標的をワイバーンに変更したときにはワイバーンは上昇し、加速しながら不規則な動きでスワームたちを狙おうとしていた。


 打つ手はない。こちらの飛行ユニットはグリフォンスワームが3体だけ。3体で100体ものワイバーンを阻止するなど不可能だ。


 やられるがままになるしかない。


 毒針が当たれば幸いという風にスワームたちは空に向けて弾幕を張って、ワイバーンを迎撃する。5、6体のワイバーンが毒針の直撃を受けて溶けながら落ちていき、残りのワイバーンは再び地上に火炎放射を。


「女王陛下」

「どうした、セリニアン」


 セリニアンが私を呼ぶのに私は怪訝に思いながらセリニアンの方を向く。


「あのワイバーンの中に何かが潜んでいます。危険なものです。注意された方がよろしいかと。私の見立てでは以前戦った“熾天使メタトロン”以上の存在があの中にいるものと思われます」


 マリアンヌの英雄ユニット以上の存在がワイバーンの中にいる?


 ワイバーンの群れの中にいはドラゴンはいない。グレートドラゴンもない。


 となると、まさか……。


「グレゴリアの英雄ユニットか……?」


 私はワイバーンに目を凝らす。


 ワイバーンはそれぞれ騎手を乗せている。その騎手たちの中に異常なものが混じっていないかどうかを私は調べる。


 だが、ワイバーンの飛行速度は素早く、まるで見えない。


 その間にも地上は火の海にされ、リントヴルムが作った道の両脇の森は燃え上がり、道ではジェノサイドスワームがニルナール帝国軍の兵士たちを始末している。残るニルナール帝国軍の兵士はもう3分の1にも満たない規模だ。


 1体のワイバーンが舞い降りてきたのはその時だった。


「アラクネアの女王! いるのだろう! でてきたらどうだ!」


 とても大柄な男がそう叫び、クレイモアを掲げる。


 馬鹿な男だ。そんなところでポーズを決めていれば、毒針が体を抉るか、ジェノサイドスワームに八つ裂きにされるかの二択だというのに。


 私の心情が集合意識で伝わったのか、ケミカルスワームが毒針を男に向けて飛ばし、ジェノサイドスワームが4体、男に襲い掛かった。


「ふんっ!」


 だが、次の瞬間私たちが見たのは片手でケミカルスワームの毒針を握り締め、もう一方の手でクレイモアを振るい、ジェノサイドスワームたち皆殺しにした男の姿だった。


「まさか、あれがグレゴリアの英雄ユニット“竜殺しのゲオルギウス”か……?」


 竜殺しのゲオルギウス。


 かつて、人類にとって脅威となる竜を殺し続けた英雄がいた。彼は竜を殺し、殺し、殺し、民を竜から守っていた。やがて、竜と人が和睦しても、男は竜を殺し続け、竜たちから憎まれる存在となった。


 そして、あるとき古龍を討伐しに向かった先で、古龍により彼の妹に呪いが掛けられ、これ以上竜を殺せば妹は死ぬだろうと宣告される。


 呪いを解くにはグレゴリアの偉大なる指導者にしてドラゴン“アウグストゥス”の下で戦士として腕を振るうしかないと言われ、彼は渋々と仇敵であった竜たちと和解し、グレゴリアの英雄となったのだった。


 それが“竜殺しのゲオルギウス”の設定。


 ゲーム中でのゲオルギウスの力は半端でなかった。


 最終形態のセリニアンには及ばないものの、タフネスと火力ともに高く、並みいる敵を蹂躙していく存在だった。私のアラクネアも、ゲオルギウスを相手に戦い、スワームたちを次々に殺されたことを覚えている。


 一般ユニットでは相手にならない相手。それが英雄ユニット。


「女王陛下。ここで待機を。私があのものを仕留めてきます」

「セリニアン、待て! 今の君では……!」


 今の君では最終進化形態だろうゲオルギウスには勝てない。


「そこのお前!」

「あん? ああ。アラクネアって奴か」


 セリニアンが注意を惹くのに、ゲオルギウスが視線を向けた。


「雑魚に用はない。俺が用があるのはアラクネアの女王って奴だけだ。いるんだろう。この戦場に。殺しはしないから連れてこいよ。皇帝陛下がアラクネアの女王と話し合ってみたいってさ」


「誰が雑魚だ。この無礼なものめ。我らが女王陛下の身を渡すわけにはいかん。それがどんな目的だろうとも、だ。今ここで屍となれ」


 ゲオルギウスが挑発するのに、セリニアンが彼を睨む。


「そうかい。交渉決裂だな。死んでもらうぞ、蟲」

「やってみろ、人間」


 ゲオルギウスがゆっくりとクレイモアを構えるのに、セリニアンが長剣を構える。


 ふたりの衝突は間近だ。今のセリニアンではゲオルギウスには勝てない。


 止めるべきだ。私が身を晒してセリニアンを救うべきだ。だが、足が震えて前に出れない。ふたりの闘志のようなものがその場に渦巻き、場違いである私は、前に進むことができない。


「いざ尋常に──」

「勝負──!」


 セリニアンが動き、次にゲオルギウスが動く。


 先手を打ったのはセリニアンだった。セリニアンの長剣が振るわれ、それがゲオルギウスの頭部を狙う。だが、ゲオルギウスはクレイモアの刃を振るってそれを振り払い、一気にセリニアンの懐に飛び込む。


「なんだ。こんなものか、アラクネアってのは」


 次の瞬間、ゲオルギウスのクレイモアが横薙ぎに払われてセリニアンを揺さぶる。


「くうっ……!」


 幸い、セリニアンの鎧が斬撃を防いだが、ダメージを負ったのは明白だ。


「さあ、さっさと出てこいよ、アラクネアの女王」


 ゲオルギウスはセリニアンにもう一撃を叩き込むと周囲を見渡す。


「出てこないと忠臣がミンチになっちまうぞ」


 そう告げてゲオルギウスはクレイモアを振りかざし、セリニアンの腹部を狙って振り下ろす。


「があっ……!」


 セリニアンは呻き声のようなものを上げて、口から血を吐き出す。


 もうダメだ。見ていられない。私はセリニアンを助けなければ。


「女王陛下!」


 ライサが上げる声も無視して私は森から出た。


「やめろ。そこまでだ」


 私はゲオルギウスに対してそう告げる。


「女王陛下……! 何故……!」


 セリニアンはまだ戦えるのにという視線を私に向ける。でもダメだよ、セリニアン。それ以上戦ったら死んでしまうよ。私は君が死んでしまうなんてことは絶対に耐えられない。絶対にだ。


「私がアラクネアの女王だ。貴様の用事があるのは私だろう。ならば私を連れていけ」


 ゲオルギウスは私を見るなり、これまでの殺意が抜け落ちたような顔をしていた。


「カティア……? カティアなのか?」

「違う。私はアラクネアの女王グレビレアだ」


 意味不明な言葉を発するゲオルギウスに私は強くそう告げる。


「そうか。お前が女王なのか。14歳ごろ、黒髪にブラウンの瞳。情報通り過ぎる」


 ゲオルギウスの視線に再び知性と闘志が宿り、ゲオルギウスは私に向かってくる。


「一緒に来てくれるか?」

「そうしないと私の忠臣を殺すのだろう。答えはイエスだ」


 ゲオルギウスが告げるのに私は頷く。


「なら、来てくれ。縛ったりはしない。だが、抵抗はしないでくれ。殺さなければならなくなる。俺はお前を殺したくはない」

「ああ。私も殺されたくはない。大人しくしていると約束しよう」


 ゲオルギウスの私への扱いはまるで身内の人間を扱うかのように親切だった。


「さらばだ。アラクネアの忠臣。貴様らの女王は暫く我々が借りるぞ」


 ゲオルギウスはそう告げると、私を背負ってワイバーンを離陸させた。


 セリニアンが地上で何かを叫んでいるのが分かる。だが、今は我慢してくれ。私は君を殺させるわけにはいかないんだ。


…………………

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